第15話 反省
「……してたか?」
「してたよ。ふとしたときにそんな顔してるよね」
なっ……そんなことまで見透かされていたのか。
「いや別に落ち込んでたわけじゃないぞ?ただ空を眺めて──」
「いーや落ち込んでたね?バトルの駆け引きするために相手の表情から感情や考えてることとか読み取るの得意だし」
確かにこと駆け引きにおいてはユウカが俺の一歩先を行ってると言えるだろう。
「はあ、全く……打ち明けるのが恥ずかしいんだけどな」
「良いから良いから、この砂っちに話してごらんなよ」
こいつ一度懐に潜り込まれたら気が済むまで離してくれないんだよな……。
猛烈に気がひけるんだが、素直に言う通りになった方が賢明か。
「……わかったよ……俺がヒカルの師匠を引き受けたのは知ってるだろ?」
「それであの日以来に付きっきりで教えるようになったんだね」
俺は頷いた。
「それでなんつーか……偉そうに説教とかしておきながら、あっさり踏み越えてはならない境界線を跨いでしまってな。俺のせいで、せっかく1度は人生で立ち上がることが出来たあいつをもう1回傷つけてしまった。模擬バトルで実際に追い詰めてしまったし、どう責任を取れば良いのか迷ってんだよ」
「それでさっきヒカルくんがボロ泣きしてたわけか……」
やはり弱音を吐くのは嫌いだ。
それが俺にとって大切な仲間であれば尚更だ。
「あいつを消しかけたのは俺なんだよ。だから結果を出してあげないといけないんだ」
「ハルっちってさ、なんて言ったらいいのかわからないんだけど……」
ほらまただ、こんな風にして同情を引き出してしまう。
俺は別に同情とか癒しなんて求めていない。理解を示されなくたって良い。
クソ……こうなるんだったらヘラヘラ笑って誤魔化すべきだったんだな。
あっさりと隣の女の子に乗せられちゃった俺恨むぞ……!
「あんたって賢いと思ってたのに意外とバカって言うか……誠実さ拗らせてるじゃん!」
──へ?
「あんたは自分のことを神様とでも思ってるの?私が想像してた以上にちっぽけな悩みよ。あんたが思ってるよりもこんなに小さな悩みなのよ、こ────んなにねっ!」
そう言いながら親指と人差し指の僅かな隙間を片目必死に覗き込みながらコミカルに俺のことを小馬鹿にするユウカだった。
「……なんだよ、俺は神様だぞ。ブレイキンの、知らなかったのか?」
そう戯けて見せたらむぎーっと俺の頬を摘んできた。
「この無駄にスベスベした頬っぺた、砂っちが噛みちぎってあげようかしら!?あのね、ハルっち。あんたはプレイヤーで、ヒカルくんは画面の中で動くキャラクターなの、わかる?」
「ざっぱりわがんだいでず、イダイイダイッ」
「だからプレイヤーがキャラクターにアクションコマンドを入力してもその通りに動いてくれなかったら、全責任はプレイヤーにあるの?そんなわけないよね?キャラクターのミスはキャラクターの責任よ?あなたに選ばれたことを受け入れて、画面外に吹っ飛ばされて負けてもそれはキャラクターの責任なの、わかる?」
例えが極端すぎて暴論に聞こえるかもしれないが、確かに一理あるかもしれない。
仮にも操作するのがこっち側で俺の言う通りに動いてくれるかは操作してるキャラクター次第だもんな。
相変わらず論理的に言語化して説明するのが少々苦手なユウカだが、励まそうとしてくるのは伝わってきて有難いからしゃーなしここはもう少し付き合ってあげるか。
「ヒカルくんは自分の意志であなたを師匠として受け入れて、ブレイキンの厳しさを教えて貰う決断もしたでしょ?だからそこにはヒカルくんなりの覚悟があったんだよ。だったら泣いても笑っても自分が出した結果に1番責任を持つべきはヒカルくん自身なのよ」
やっと俺の頬っぺたを離してくれたが、真っ赤っかで赤ん坊みたいになってるな。
「全責任は俺が負うべきだ、なんて考えはヒカルくんの頑張りを認めてないのと同じよ。じゃあ逆に聞くけど、あんたがバトル中に盛大にトーマスフレアをクラッシュしたときに、例えばあなたにダンスを教えた師匠のリクさんに『全責任は俺にある』なんて言われても、はいそうですねって頷ける?」
「……いやそれは無理だな。その言いようじゃ俺の勝ち負けも全てリクさんに委ねられてるようだ」
そう言うとユウカはにぱーっと笑った。
「やっとわかってくれたのね。私が追うべき責任まで勝手に横から掻っ攫わないでくれる?って思うじゃん。師匠の役割は、教えられることを教えたらあとは弟子を信じ切ってバトルに向かうときに背中を押すことなの。それでそのダンサーが打ちのめされそうになってるときに、もう一度立ち上がれるように手を差し伸べることでしょ?もしボロ負けしても、その反省を次に活かしてまた一緒に練習していけば良いんだよ」
確かにその通りじゃないか……。
ユウカにここまで言われて少し恥ずかしくなってきた。
知らないうちに俺はヒカルのことを格下の人間だと決めつけていたんだろうか。
一挙手一投足までもを常に監視してないと動けない程に、弱い弟子だと。
……全く、本当に師匠が聞いてて呆れるなこりゃ。
するとユウカが俺の赤くなった頬を軽くペちっと叩いてきた。
「あまりつけあがるなよ、ハルっち」
森の奥で咲き誇る美しい一輪の花のような笑みが眩しくて、見惚れてしまった。
「……んま、師匠としての劣等感を抱えてるのはユウカも同じのようだが」
「んなっ!?」
フハハハハ、バカめ。
あの化け物みたいなダンサーが後輩で何とも思わないわけがないだろう。
「あちゃーバレてたのか。……もう、せっかくの雰囲気が台無しじゃない」
「俺に対して今更カッコつけたって仕方ないだろ」
「んがあああッ!!だってあんなのが弟子じゃ指導役の示しが付かないじゃないのッ!?」
晒された弱点は見つけ次第集中砲火したくなるのがゲーマーの性ってもんだ。
「内心では舐められてるかもなァ?」
「うわあ絶対そうかも、っつーかそうに決まってるじゃん。だってパワームーブでも
体力でも完全に砂っちが劣ってるも〜んッ!!」
そうやって頭を大げさに抱え込みながら阿鼻叫喚するユウカが面白くてつい腹筋崩壊してしまう。
「もうまたほらそうやってすぐに調子乗るんだからハルっちはっ!!」
「クククっ……まあアレは規格外だと思うから気にするだけ無駄だと思うぞ?身体能力だとうちの部で右に出る人は居ないだろ」
「流石リク先輩の妹って感じよね。ステータスをパワー系に全振りしたらあんな感じになるのか〜」
面白いことにあっさりと立場が逆転したようだな。
「まあでもブレイキンは技の完成度と難易度が全てじゃないってことはユウカも良くわかってるだろ?」
「まあそうなんだけど、何だか対抗心が抑えられなくってね」
「ライバル視できてるだけでも凄いことだと思うぞ?ミキコさんなんて初めて見た時からもう戦意喪失してたろ」
「あはは確かに。……けどどうしてもあの子の方がカッコいいって思ってしまうんだよね」
パワースタイラーのユウカだが、パワームーブにも重点を置いてるダンススタイルだからこそ思うところがあるのだろう。
「まあ俺からすればユウカもカッコいいけどな。サユリがパワーに特化してる分、多彩なフットワークも駆け引きが出来るユウカと勝負しちゃ、勝率はユウカがぐっと上がるだろ」
「確かにそうだけど、なんて言うか、それだけ1つの分野に打ち込めるのって尊敬できるし凄いじゃん?」
「確かにな。一体何万時間を費やせばあんな風になれるのやら」
男女差別の意図はないが身体的な特徴と来たらどうしても差が出てくるものだ。
あのセシルでさえ入部したてからの努力が徐々に報われ始めたのは冬になってからとつい最近の出来事なのだ。それが女の子となってくると、純粋にダンスのみに注ぎ込んできた時間も濃度も桁違いな量になるだろう。
正直に言うとあの鋼の忍耐力と継続力はもはや一種の化け物だ。
「だよね、それで憧れちゃうんだよね。指導役が教え子に憧れるなんて何だかカッコ悪いじゃん」
「いやそんなことないだろ。明らかにスタート地点がユウカと違うだろうし、経験の差もあるからそこんところの実力に大きな差が開いててもおかしくないけど、」
そもそも現在の自分と、長い時間をかけて取り組んだ努力がもう既に報われてる成功者と自分を比べても仕方がないと思うぞ。
「普段のダンスを見てるから俺はお前が十分カッコいいことをもう知ってるぞ。それを改めて自覚しろ」
「ぇあっ?……ぁ……う、うん……」
「それに仮に自分を比べるにしても、焦点を当てるべきは例えば自分と相手の1ヶ月分の成長とかだろ。そこんところを履き違えるなよ」
「……そうだよね。うん、確かにその通りだ。……えへへ、ありがとねハルっち」
今更ながらユウカをベタ褒めした自分のことも何だか恥ずかしくなってきた。
それだけ言うとユウカが「さてっと」と言ってベンチからポンと跳ね上がった。
「そろそろ部活に戻んないとね。ハルっち流石にサボり過ぎよ?」
「元はと言えばお前が俺をここに縛り付けたからだろうがっ!」
「あっはっは、もう知らないよ〜んだ!」
最後に悪戯を思いついた子供のような顔であっかんべーしてきたかと思うとすぐに体育館に向けて走り去ってしまった。
「やれやれ子供かよアイツは……」
そんなユウカに呆れながらも体育館を目指して彼女の背中を追いかける俺だった。
床の芸術家は物語る 知足湧生 @tomotari0919
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