第13話 「涙」
「……ヒカル……」
「はぁーっ、はぁーっ……本当に……キツかった……です……」
「ああ、余程緊張してたんだろう」
「はい……呼吸がっ……苦しくて……体も……言うこと、聞かないです……」
「これで分かっただろう?」
「……はい……もっと体力……つけないとダメですね……」
「そうだ、ブレイキンはただでさえ動きの激しい技が多いから生半可な体力じゃ最後までまともに立つことさえできないだろう」
俺は更に続けた。
「動きの緩急、方向転換、場所移動や立ったりしゃがんだり……持ち時間一杯に全力で踊り続ければ、いくらセシルでもすぐにガス欠になってしまう。だから今後も、体力補強に励んでいくぞ」
「わかり、ました……」
だが衝撃的なことに昨年のブレイキン1vs1の世界大会では、体力が無尽蔵かよって思えるほどに全ラウンドを基本アクセル全開で踊り、最後の決勝戦まで勢いあるムーブを披露し続けた天才パワースタイラーの日本人大学生がいる。
残念ながら決勝戦で相手に負けてしまったようだけど、それでも衝撃的なのに変わりはない。あれは最早規格外の化け物じみたスタミナと言いたいところだが……今はともかく。
「ここからが大事だが、俺と戦った感想はどうだ?ヒカル」
恐らく俺の執拗で過激なアップロックや、訴えかけられた様々なバーンズを思い出してるんだろう、また少し呼吸ががげしくなってきた。
「……本当に怖かった、です……良く皆、あんな風に、やり合えるものですね……」
「ワンムーブ目のは意図的に激しく煽りを入れまくった例の一つだ」
「はい……その時、本気で逃げ帰りたくなりました……それで……」
もはやバトルにすらなっていなく、自分の不甲斐なさを改めて突きつけられたからこそ何も言えなくなったんだろう。そう、それで良いんだ……。
「今後取り組むべき課題、自分で見つけられたか?」
「……先ずはバーンズや煽りに、強くなることですね……あそこから全ての歯車が狂ってしまったんですから……」
「ああ、そうだな。今後のためにも覚えておくと良い……今後ああいうことされたら両手で顔の前でバッテンを作ることで、相手に煽りにくくさせたり。手を相手に向けてかざしながら、物理的に横に歩き出すのも手だ」
俺は更に続けた。
「大事なのは自分の自信や冷静さを奪われてないと、皆に知らしめることだからな。どっしり構えておくのがコツだ」
「はい、わかりました……それから体力ですね……幾ら何でもスタミナが少な過ぎました……」
「そうだな、初心者だから技術面だと経験者には勝てないが、ダンスである以上他にいくらでも勝つための戦術が存在する」
俺は更に続けた。
「けどそれを実行する体力すら残せなかったら意味がないからな、そこはまたこれから鍛えていくと良いさ。今自分が治すべきところを意識して取り掛かれ。今のところは以上だ。今からゆっくり休憩を取ると良い」
「……わかり、ました……」
『……っ……流石に幾ら何でも、アレは……やり過ぎただろうか……』
「ヒカル」
「……」
1人だけ壁の方を向きながら、床を見て無視を決め込むヒカル。
「……今日は初めてのバトルだし、あんなことは普段通り過ごしていると、余程の出来事でも起こらない限り、経験しないものだ」
「………」
「今はまだ全然何もできなかった、弱いままの自分だ。けどお前はダンスにおいて完全な初心者だから、最初はボロボロに打ち負かされても、仕方ないことだ」
「…………」
拳を握りながらワナワナと震えだすヒカル。
「けど練習と訓練を積み重ねていけば、ダンスも上手くなるし精神的にも強くなるはずだ。どうすれば効率良く技や踊りそのものを上達できるのか、これからも俺が教えてやる」
俺は更に続けた。
「いや俺だけじゃなくても良い。パワーならセシルがおすすめだし、フットワークなら……アニメ好きじゃないと態度がアレになるがリオが上手いから頼ると良い」
「……ッ……」
「バトル中の駆け引きならミキコさん、音取りならリョウスケさん、スレッドやダンススタイルの確立の手助けならユウカも頼りになるし、フリーズならリクさんが圧倒的だからな」
俺は更に続けた。
「……いつでも好きなだけ俺たちを頼ると良い。俺たちは共にブレイキンを踊る仲間だからな。これからも一緒に頑張っていこう、ヒカル」
「……んーっ……はっ、……はいっ……!」
限界を迎えたか。
ヒカルの涙腺が決壊したようだ。
恐らく俺が初めて過激なアップロックで迫ってきてた時から、我慢してたんだろう。情報は頭に入れたから、いざ煽りが来ても大丈夫やろっていう慢心……サイファーで30秒踊れてたから、多少ワンムーブの制限時間が伸びても踊れるでしょっていう油断
……それから混乱した状態で踊る難しさと、そんな自分の情けない踊りを見つめてくる、周りの人の視線という視線……。
「一旦外に出るぞ、ヒカル」
「……うっ、くー、はっ……」
周りの人達が心配するように寄越してくる視線が痛いんだろう。公の場で男が涙を流す姿はあまり見られて嬉しいものじゃないからな。……俺はヒカルの腕を肩に回して外へ向かって行った。
途中で心配そうにクルミが駆けつけたが、お礼だけ言って、自動販売機が並んでいる休憩所まで連れて行った。
「……はっ……ありがとう、ございます……ハルト、さん……」
「今はゆっくり休め……もし帰りたければ全然構わんぞ、すぐ荷物取ってくるから」
「……すびません……そうぢてくれると、助かります……」
「っ……ああ、分かった。少し待ってろ……」
踊り場に戻ると、リクさんと向井堂さんに事情を説明してからヒカルの荷物を取ってきた道を引き返してきた。それを持ち主に渡すと、ヒカルはチャリを引きながら校門まで共に歩いて行った。
「……今日は、有難うございました、ハルトさん……また明日来ますので……」
「……お礼を言いたいのは俺の方だよ。気をつけて帰れよ、ヒカル」
「はい、お疲れ様でした」
「また明日な」
校門で別れると、俺は踊り場に戻る気にはなれずしばらくの間の気分転換を行った。さっきの休憩所でバナナ&ミルクジュースを買うとガブ飲みした。
「ぷはっ。……はーっ……」
ベンチの背もたれに体重をかけながら空を仰いで、改めて今日の俺の行動を思い返す。リクさんの入部試験を即突破して、初めてのサイファーで過去の俺の初ムーブと比べられない程に良いムーブを披露した。
フットワークコンテストでも早速オリジナルのフットワークを編み出すほどの発想力に、辛抱強く訓練に取り組める忍耐力。
『どれもダンス始めたての俺にはなかった、努力熱心で素晴らしい根性だ』
そんなヒカルを咽び泣かせる程に追い詰めたのは、この俺だ。本人が俺との本気のブレイキンバトルを望んでいたから、手を一切抜く事なく真剣に向き合った。けど明らかに度を越した真似だったな。
あんなことを初っ端からやられたら泣くって、去年のリクさんとのバトルで学んだはずだろ……。本当に申し訳無いことをしたな。
「……最低だな……」
はっ……「そのために許容範囲内の線を踏み越えないことが大事なのさ」なんてほざいてた奴が、過激な行動をモロに食わせてやって、あっさりと弟子を泣かせておいて……師匠が聞いて呆れるな。
俺は目を閉じながらもう一つため息を吐くと、バッコーンと両肩に結構な衝撃が走って反射的に叫んでしまった。
「イッテェ!!」
「よっす、ハルっちじゃんっ。なになに、部活サボっときながらこんなところで脳内彼女と脳内デート?」
失敬な、いくらアニオタでもそこまで酷くないわ……って、んっ!?
首を斜めに傾けるとそんな俺の小物臭い思考を吹き飛ばすようにして、両手を思いっきり俺の両肩に振り落としてきて、そのまま掴みながら、からから笑っていたのはユウカだった。
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