第12話「ハルトVSヒカル①」




「……28……29……はーっ、30!……」

「良くやったなヒカル!」

「はぁ、はぁ、出来ました……!」


 2日後の水曜日。皆で柔軟、音取り、倒立などのアップを終えた俺たちブレイクダンサー部員は、部活終わりのサイファーまではこれから基本、どのようにして練習しようと自由なのだ。


 俺は端でヒカルのフィジカルを改善させようと、一緒に筋トレのメニューをこなしていたところだ。入部仕立ての頃にリクさんとやったメニューだ。


「ヒカル、最近は心持ち少し痩せてきたんじゃないか?……初見の印象よりはお腹の膨らみが抑えられてきたと思うぞ、家では筋トレもし始めたのか?」

「有難うございます!筋トレと言いますか、壁倒立とチェアーやってるくらいですが」


「偉いな、けどその2つだけじゃここまでの成果は出ないだろう。食生活を見直しでもしたのか?」

「良く分かりましたね!はい、最近は不必要なお菓子を食べるのを辞めて、果物や野菜も積極的に食べるよウニなりました」


 今更比べるのは虚しいが、やはり初期の頃の俺と成長の伸びが桁違いだな……。クルミが居なければ肉体改造にもっと手間取ってたどころか、ダンスの上達が大幅に遅れていたことだろう。


 ……だと言うのにこのヒカルは変わると決めて、しっかり有言実行するまでが早い。おまけに執拗に粘るから成長が止まることもない。ふっ……。


「眩しいな……お前は必ずすぐに上達するよ」

「ハルトさんに褒められて光栄です」


 その証拠に最近はフットワークでも積極的にビートを刻めるようになってきたし、練習中に独自の技を思いついてるのか、新しいフットワークなどを披露するようにもなってきた。


 チェアーも少し安定してきて、6歩から足を大きく振ってチェアーに刺す成功率が上がってきている。ダンス初めて約1週間でこの進捗なのが凄まじい。


「……さて、水分補給を終えたらバトルの練習をしようか。その間にバトルについての基本要素を教えていくぞ」

「よろしく御願いします!」


 ヒカルも水筒の水を飲みながら俺の話に耳を傾け始める。


「昨日のリクさんと池谷さんのバトルを見て、なんとなくダンスバトルの流れを掴めたか?ブレイキン文化の要素を除外した上ので、だ」


「そうですね……例えば1人何ムーブはお互いの踊れる回数ですよね。あと、ワンムーブ最大45秒と部長が言ってましたけど、お互いワンムーブ目はどちらも早く踊り終わってたから、あくまでも1回のムーブにおける最大持ち時間ってことですよね?」


 ……よし、過去の俺のことはもう思い出さないでおこうか。そう、俺はもう過去を振り返らない主義になるのだ。いつでもこの瞬間に生きて、ヒカルの素晴らしい成長の伸び代についてだけ、考えてれば良いのだ。


 ……それにしてもやはり優秀だ。状況の把握と判断が早い……何かの戦争ゲームでもして訓練してたんだろうか?


「ああ全部正解だよ。MCが言う『1人〜ムーブ』はお互いの攻撃ターンだし、『ワンムーブ最大〜秒』もヒカルの解釈で正解だ。様子見の段階なのか、これだけの出力投入で勝てると余程自信でもない限り、すぐに踊り終えるのはオススメしないけどな。長めにトップロックできる分だけ相手にバーンズを飛ばせる確率も上がる訳だし」


「そうですね、必然的に時間を沢山使うのが一番良いわけですね」


「他にもルールを説明するよ。例えばダンスしてる間は相手と会話するのはタブーだ。相手のダンサーと会話する手段なら他にいくらでもあるからな。次に自分の持ち時間が切れそうになると、優しいことにMCマイク越しに数えてくれる事が多いんだ。その時は後退の意思を快く見せられるように、直前までありったけの踊りを注いで行けば良い」


 今から模擬バトルをする訳だが、いきなり初バトルでバーンズ飛ばしまくってトラウマを覚えられたら可哀想だし、初心者に優しいバトルで行こうか……。


「はい、分かりました!」

「よしじゃあ早速リクさんに審判を頼んで俺とフレンドリーバトルをしていこうか。ヒカルの初バトルだし、バーンズなどの類は無しで行こうか」


「……あの、ハルトさん……」

「どうした?ヒカル」


「……大丈夫ですよ、バーンズ有りでも。……だって本当のバトルではお互いに煽りまくる訳ですよね?だったら遠慮なさらずに、全力で御願いします!」


 本気だろうか……?初バトルには刺激が強すぎると考慮してフレンドリーに行こうと思ってたんだが……本人がお望みなら構わないが……俺は目を細めて言った。


「……本当に良いんだなヒカル?今のうちに忠告しておくが、俺が本気でバトルモードにスイッチを入れ替えたら生優しい師匠じゃなくなる。……それでも?」


「っ……はい、最初から本気でお願いします!受けて立ちますので……」

「わかった」


 俺から発せられている空気が変貌したことを肌で感じたのか、緊張しながら返事するヒカルであった。俺はリクさんに審判を、クルミに音源を流すように頼んだ。流石に向井堂さんまで呼ぶわけにも行かなかったので、リクさんにMC役もお願いした。


『……だったら俺がお前にブレイキンバトルの厳しさを教えてやろうか。勿論全ダンサーが攻撃的にバトルする訳じゃないが……当然中にも態度がヤバい奴らも居るから、ヒカルに煽り耐性を培って貰うために俺が大きな壁として立ちはだかってやろう』


『サイファーで30秒間多少は踊れるようになったからって、本物のバトルでも何の問題もなく練習通りに実力を発揮できるとは思い上がるなよ、ヒカル……』




 --




「ルールは1人ツームーブ、ワンムーブ45秒間。以上だ、2人とも準備は良いか?」

「オッケーです」

「……はい……」

「よし、それじゃあバトル、スタート!」


 リクさんの掛け声を聞いたクルミが音楽をスピーカーから流し始める。踊り場には当然他のダンサーが各々練習中だから音の大きさは控えめだが、それなりにはこのバトルを観戦してる人たちも居るようだ。


 ……10秒間くらい俺の方からヒカルに『カモン』『出て来い』と床に人差し指を突っつくサインを送っても。バトルダンサーのスイッチに切り替えて、リクさんがボトルを持ってくる前に俺から先攻に行った。


「……ひっ!?……」


 俺に弱い者イジメの趣味は無いが、お望みとあらば全力で相手しよう。ステップを軽く踏みながら前進してヒカルのまで移動するとアップロックで肘、ハイキックやパンチを決して接触しないように盛ると、怯んで声が漏れちゃったようだ。


 ……顔面にを貼り付けてる影響もあって、怖く感じたんだろう。更に少しだけ下がるとヒカルの頭を掴んで、右腕の刃で斬り飛ばす動きをするとフットワークへ。


『……予想通りだったがやはり俺の煽りで恐怖心に支配されて、までし始めたか。俺も最初にリクさんにやられた時は似たような反応をしてたんだっけ……何にせよ、例え頭ではわかっていても脳味噌の動物的な本能はどうしても、生物として根源的に感じるものだ』


『寸止めされると分かっていても拳が近づいて来たら目を閉じてしまうようにな……それを良ぉく覚えておくんだな、ヒカル』


 俺は普段通り6歩から通常のCCをすると、音楽の男の歌声に合わせて立ち上がって、ヒカルの方角に狙いをつけて。華やかさを付加するために1回転も加えて、一度ヒカルを指差した。


 そこから男性歌手がロングトーンに入るのを聞いて、俺は普通にヘッドスピンに入ると、に繋げてフリーズを決めた。


「フォー!!」

「やばっ!」

「ファイブ……フォー……」


 そろそろ時間が切れそうだったので、俺はチェアーを解除して立ち上がると、思いっきり失礼だと知った上でヒカルの頬の真横で両手を叩いて、ビンタするニュアンスを披露して下がって行った。


 ……今の俺の煽りに対して思いっきり背中を向いたのは、やはりバトルにおいてはマイナスな印象を与えるぞ、ヒカル……。


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