手紙

「じゃあ、りっくん。また明日」

「あ、うん。また明日ね」


 まもとささの家の前で彼女たちとお別れする。

 ちなみに、ささは先に家に入って行ってしまった。挨拶をしてくれるのは、聖母だけである。

 まもを見送り、隣の自分の家に向かうと、玄関前に黒猫が座っていた。

 ペットのニャンダースである。


「ただいま、ニャス」


 ニャンダースは、とても賢い猫だ。

 二度、三度程、家から出てしまったことがあるが、必ず家に帰ってきた。

 しかも、その時に外に出たら足を洗ってもらうという事を覚えたのか、それ以来ニャンダースは外に出て帰ってくる度に、こうして家の前で律儀に待っているのだ。


「よーし、今洗ってやるからな」


 ニャンダースを抱いて、玄関のドアを開けようとした時。


「ん? 何だこれ」


 黒色の封筒が、ドアの郵便受けに挟まってるのに気がついた。

 ニャンダースを一度降ろし、封筒を手に取る。


「三森理吸様」


 三森理吸とは、自分の名前だが。

 何だろうか。進学の資料請求みたいなやつだろうか。

 まぁ、詳細は中に入ってから見る事にする。

 

「ただいまー」


 ニャンダースを抱っこしたまま、お風呂場へ直行する。

 浴室にニャンダースを置いて、リビングへ行き、例の封筒をテーブルに置いた。


「理吸、ニャスは? ニャスは?」


 妹の理収りおさが、ニャンダースの居場所を聞いてきた。


「風呂場だよ」


 すると、ドタドタと理収は風呂場へ向かって行った。


「かわいいなぁ」


 理収はまだ三歳。めちゃくちゃかわいい時期である。決して、シスコンではないが、あまりにも自分の妹はかわいい。

 とか、考えているうちに理収が自分でニャンダースを洗い始めるとまずいため、さっさと浴室へ向かった。

 

「きえいきえいしよーねー」


 が、時すでに遅し。理収は服ごとびしょびしょになりながら猫と泡まみれになっていた。我が妹ながら、恐ろしい程の早さ。

 使っていたのが猫用シャンプーだったのが、不幸中の幸いである。

 

「理吸、理収きえいきえいした!」

「あらそなの! えらいね! じゃあ今度は自分がきれいきれいしよっか!」

「わあった」

 

 とりあえず、理収はこのままにしておいて、急いで自分の部屋に戻る。そして、制服を脱ぎ捨て、部屋着を持って浴室へ戻った。

 ニャンダースを拭いて、風呂場の外に出す。

 そして、ようやく一息ついた。







 風呂から上がり、テーブルの上に置いておいた封筒を確認しようと、リビングへ向かうと、なぜか封筒が消えていた。


「あら?」


 確かにここに置いたはずなのに。

 理収か? いや、一緒にお風呂に入っていたはず。

 じゃあ、ニャンダース? 賢いニャンダースがそんな猫みたいな事するはずない。

 ここは、今現在一番リビングを行き来する母に聞く以外あるまい。

 ちょうど、料理をテーブルの上に置きに母が来た。


「あ、ちょうど、ご飯できたわよ」

「そっか。ところで、ここにあった封筒知らない? 黒いやつ」


 配膳していた母の手がピタリと止まった。


「……封筒?」


 何だろうか。触れてはいけないものに触れてしまった感じがする。

 一気に部屋の空気が張り詰めた。


「い、いや、黒い封筒があったと思うんだけど……」

「黒い封筒?」


 明らかに様子が変わった。それに何故か視線を合わしてくれない。

 沈黙が続く。

 ここまであからさまにおかしくなった母を見るのは初めてだ。


「……母さん?」


 何も喋られない空気に耐えきれなくなり、ようやっと言葉が漏れた。


「……あー! そうね! 黒い封筒ね! どうせ宗教の勧誘でしょ! 捨てておいた!」

「そ、そっか」

「あ、食べる前に仏壇に手合わせてきなさいね!」

「分かった」

 

 母は普段通りを装っているが、明らかにテンションが振り切っている。頑張って元気を出しているみたいだ。


 ……何かある。


 母の急変ぶりにそんな考えが頭をよぎった。

 そして、家族全員が寝静まった頃。

 リビング周辺のゴミ箱の中を探して、ようやく見つけた二つに破かれた黒い封筒。

 こっそりと部屋に持ち帰り、机の電気を点け、中身を取り出した。

 母がバラバラに破かなくてよかった。そうなっていたら修復不可能とまではいかないが、途中で諦めていただろう。

 中に入っていたのは、手紙であった。

 まぁ、これは当たり前というか、分かりきっていた事である。

 早速、目を通してみる。


『三森理吸様へ

 まずは、この手紙を読んで頂き誠に有難うございます。

 私達は「貴女継」と名乗る一族で御座います。私達の家の出の者が、色々と事業をさせて頂いておりますので、もしかしたら名前だけはどこかで聞いた事があるかもしれません。なかった場合はここで覚えて頂ければ幸いで御座います。

 さて、この度このような形で手紙を送らせて頂いたのは、理吸様の悩みを解決する協力をさせて頂きたいと存じたためで御座います。

 理吸様の悩み。それは高校生でおられますから私達には想像も出来ない程のお悩みがあると存じます。

 しかし、その中でも一番のお悩みはやはり「人格が代わってしまう事」では 御座いませんか。私達貴女継は、何故理吸様がそのような体質なのか、原因を存じております。

 理吸様が生きてこられた約十五年。その間に、その特異体質によって様々な弊害があった事でしょう。

 私達ならば理吸様のお悩みの解決、それに向かうサポートが出来ると存じます。

 少しでもこの事ついてお考えになられたのであれば、是非私達の拙宅へおいで下さい。

 住所は裏面に記載しております。

                           貴女継家一同より』


 思わず、一気に読んでしまった。

 最初こそ、ただの宗教勧誘かと思ったが、そうではないらしい。

 ヤバい宗教勧誘だった。

 僕の秘密が何故か漏れている。

 人格が代わる事を知っているのは家族と幼馴染の二人、それくらいしか思いつかない。

 仮に人前で人格が代わっても、大抵の人は「ヤバいやつ」で片付けるから、こちらが本当に人格が代わっているなんて思わないだろう。

 だから、誰かが漏洩でもしない限り、知り得ない情報なのだ。

 そして、家族やあの二人(ささの方は可能性があるが、流石に人を裏切る事はしないはず)が、漏らすはずもない。これは願望だが。

 それ以外で漏れたとすると……小さい頃に行った精神病院?

 ありえるっちゃありえる話だけど、信じたくない。それに、小さい頃の話を今持ち出してくるのは、賭けが過ぎないか?

 ……とにかく、母がこの手紙をこちらに見せたくなかった理由が分かった。

 やば過ぎる。何だか怪しさよりも異常さが伝わってくる。

 母も初めて読んだ時は、同じ感情だっただろう。

 その前に、人の手紙を勝手に読むなという話だが。

 しかし、この「貴女継」という文字列、どこかで見た気がする。

 手紙に書いてあったどこかの会社とかじゃなくて、もっと身近な、どこかで。

 読み方が分からないのに、字面だけ記憶にある。


「どこだ……どこで見たんだ……?」


 ストレスが溜まると、それを和らげようとするのか、小さい頃の記憶が蘇ってくる。

 

──この写真はおばあちゃんが生まれた……。

──これはね、そのお家からもらった……。


「あ」


 思い出した。


「おばあちゃんの実家じゃん」

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