夢
「でさぁ、すっごい変な夢見たんだけど思い出せないんだよね」
「へぇー、そんなに印象に残ってるのに思い出せないなんて不思議だねぇ」
今日見た夢の話をすると、幼なじみの
「……この事も書くの?」
「だって、夢の話でしょ? 夢と精神状態は密に関係してるって何かの本で読んだもの。メモメモ」
まもは、事あるごとにこちらの行動、喋った事などをメモしてくる。それは、こちらのある悩みを解決するために善意で行ってくれているのだが、少々恥ずかしいのだ。
「まも、いいんだよ。ほっとっきゃ治るんだから。それに困るのこいつだけだし」
この口の悪いガキが、まもの双子の妹、ささ。何故か嫌われているので、こちらも嫌うことにしている。じゃないと、精神がやられる。
「こーら。持ちつ持たれつ、でしょ? それに幼い頃からの仲なんだから、サポ─トしないと」
聖母である。家が隣、そして、幼い頃からの付き合いというだけでここまで親身になってくれる人などこの世にこの方以外にいるのだろうか。
否、存在しない。
もう一度言うと、彼女は聖母なのである。
「なーんで介護しなきゃならんの?」
「介護言うな」
ささと自分は、元々いじめっ子といじめられっ子の関係であった。それがいつの間にか、軽口を叩ける関係まで修復できたのだから、不思議なものである。
「今日は何回入れ替わったの?」
入れ替わった。少々特殊な質問だが、三人の間では聞き馴染んだ言葉だ。
「んー……記憶がないのが朝に顔を洗った時からで、戻って来たのが学校のトイレだったかな?」
「ふむふむ、確かに朝のりっくんと今のりっくんは性格違うね。ということは、自分の認識と他者からの認識も合致すると。……うん! 今日もいつも通りだね!」
まもの分析にささは、ため息を吐いた。
「まも、あんまり頭良くないのにこういう時だけ頭良さげだよねー」
「うぐっ」
痛いところを突かれて動揺したのか、まもはメモに使っていた鉛筆を折ってしまった。
「ごめん、言い過ぎたかも」
ささは、手を合わせて謝った。
こちらにも、そういう風に素直になって欲しいものだ。
「だ、大丈夫。鉛筆折っちゃうなんていつもの事でしょ? ちょっとびっくりしただけだから」
まもはリュックから、大量の鉛筆が入ったジップロックを取り出して、その中から一本取り出した。
彼女はその強過ぎる握力で、シャーペンを何個も墓地送りにしたため、今は安価な鉛筆でノートをとっている。
「よ、よし。気を取り直して、メモメモ」
まもは、ジップロックを机に置き、文字がずれた箇所を消しゴムで消すと、またノートにメモを書き始めた。
「……でも、これは意地悪で言うんじゃなくて心配だから言うんだけど、本当に頑張って勉強した方がいいよ?」
「うぅっ!?」
まもは、また鉛筆を折ってしまった。そして、何事もなかったかのようにジップロックから鉛筆を取り出す。
「……してるんだけどなぁ」
「大学は医学部に入りたいんでしょ?」
「ぐはぁっ」
まもは、また鉛筆を(以下略)。
「……な、何でそんなにいじめるのぉ」
「ご、ごめん。こいつの事ばっか気にしてたら自分が危ういって事を言いたくて……な、泣かないでよ」
まもは、大粒の涙をポロポロと零して、鼻を啜った。
ちなみに、ささが言った「こいつ」とは、もちろん、こちらの事である。
「ほ、ほら。あんたも何か言ってやれよ。元はといえばあんたが元凶なんだから」
とんだ責任転嫁では?
まぁ、でも確かにまもはあまりにもこちらを気遣い過ぎている。それで勉強が疎かになっているのやもしれん。
好きな人にここまで気にかけてもらえるのはとても嬉しいが、そのせいで自分の事を後回しにさせるのは忍びない。
ここは、やんわりと勉学に集中するように促そう。
「ち、ちなみに、まもは毎日勉強何時間やってるの?」
まもの学力であれば、おそらく「やってないor十分くらい?」の返答が来るはず。
「……二時間」
おい、結構やってるな。
今まで敢えて聞いてこなかったけど、そんなに勉強してその学力なのか。
「す、すごいじゃん! 俺なんて家帰ったらスマホにゲームだよ! 勉強できて偉い!」
作戦変更。
褒めて伸ばす。
「そんなりっくんよりも頭が悪いの?」
作戦失敗。
「いや、そういう意味じゃなくて」
どうしよう。
何を言っても悪い方に転ぶ気がする。
「あんた、ほんとダメね。他を当たるわ」
他を当たると言うささだが、いきなり慰めてくれる人などいるだろうか。
「何言っ……ハッ!!」
ささが、手鏡をこちらに向けて……。
……どういう状況ですか?
私の人格が変わったのは理解できますが、何でまもさんが泣いてるんですか?
「あのー、どうして泣いてらっしゃるんでしょうか?」
素朴な疑問をガキにぶつけてみると。
「んだよ、あんたかよ」
どうやら、ガキは私をお呼びでない様子。
「あんたとは、心外ですね。あなたが持っている手鏡を見るにあなたが私を呼びだし」
「交代」
……状況がまるで変わっていない。
手鏡を見せられた事と一部の記憶が無い事から、入れ替わりがあったのは間違いないのだが、結局何があったのだろうか。
「あのー、何回入れ替わりました?」
「げ、またあんたかよ。インテリもどきはうざいし、あんた使いもんにならんし。はい交代」
……何これ。何で泣いてんの?
「お前、またささに泣かされたのか」
まもは首を縦に何回も振った。
「やっときた。何とか慰めてんだけどさ、他のあんたはうざいし、使えないしで、もうてんやわんやなんだわ」
ささは、落ち着きはらってるが、心の中では相当に焦ってるんだろうな。周りがざわついてる事に気づいてない。
周りが見えなくなるほど、自分のした事に、罪悪感を感じているらしい。
こいつ、そういうところあるからなぁ。
やっちゃって後悔するパターンの人間だ。
ここは、周りの事を教えると、状況がもっと悪化するな。
「んー、で? お前は謝ったの?」
「そりゃ当たり前でしょ!」
謝ったら泣き止むほど、まもも、単純ではないか。
しゃあなしだな。
「まも、よく聞きな」
まもは下に向けていた顔を上げた。
「何で泣いてるかは分からねぇけど、とりあえず、ほら、いつもの質問をしてくれよ。あれがなきゃ、俺自分の事もさっぱりだからよ」
まもは、俯いた顔を上げる。
「……ほんと?」
「あぁ。ほんとさ」
「私が必要?」
「必要だ」
「じゃ、じゃあこれからも頑張るから! 私、りっくんのために頑張る!」
「おう!」
「よーし! 私は、りっくんのために頑張るっと。メモメモ」
ちょろい、ちょろい。
誰かに尽くさせる。これが、まもを手っ取り早くご機嫌にさせる方法だ。
ったく、まもは、母性の塊みたいな性格のくせに、打たれ弱いんだもんなぁ。こりゃ、将来の夫は苦労するぞ? まったく。
「そうだったわ。あんたに任せると、違う意味で状況が悪化するんだった……」
「あ? 何の話だ?」
「でも、まぁ。あんたは馬鹿だけど勘が良いから助かるわ」
「死にてぇのかチビ」
小学生みたいな貧相な体しやがって。ムラムラもできねえわ。
それに比べてまもは……まもは少しデカすぎるな。うん。
こいつがちょうど良く見えるわ。
「は? チビはあんただろ」
こいつ、言わせておけば……!
しかし、今のパンチは効いたな。
「……俺は平均的なだけだ」
「何ちょっと傷ついてんのよ」
「表出るか?」
「はい、ストーップ!」
まもが俺とささの頭の上にぽんと手を置いた。
デカすぎる手は、高校生の俺の頭でさえ、すっぽりと包めるほどだ。
「……まも。恥ずいから手どけてくれ」
「何照れてんの? プププ、だっさ」
「埋めるぞ」
「こらこら二人とも? 喧嘩はダメだよ? 子供じゃないんだから」
さっきまで、子供みたいに泣きじゃくってたのは、どこのどいつでしょうか。
「まだ喧嘩するなら、このまま潰しちゃうぞぉ?」
どこかで俺たち以外の小さな悲鳴が聞こえた気がする。
「あ、姐さん。そいつはちょっと仕置きが過ぎるでぇ」
「わ、分かったから、そろそろ手、離して……」
「もー二人とも、怖がりすぎだよ! 冗談冗談! 潰せるわけないでしょ?」
身長二メートル十六センチ(自己申告)。体重四十キロ(自己申告)。
個体としてのレベルが違う……!
「む? りっくん、今失礼な事考えた?」
「脳波も検知出来るってか」
「考えたの? もう、お仕置き!」
あ、死んだ。
「いだいいだいいだい!」
「ちょっど! まもぉ、あたしも握られてるぅぅう」
「もー大袈裟だなぁ」
すっかり調子を取りもどしたまもは、笑いながら俺たちでトマトジュースを作ろうとしている。
「誰かどめてぇぇぇぇぇぇ」
しかし、この怪物に立ち向かえる勇者など、この教室にはいなかったのだった。
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