第34話 別れの言葉

 僕はリクトが落下したであろう地点にたどり着いた。そして辺りを見回すが、雑木林のため視界が悪い。


「リクト!」


 僕は大声でリクトの名前を呼ぶ。高所からの落下なので死んでいる可能性も高い。だが、奇跡が起きてまだ生きている可能性もゼロじゃない。リクトは聖剣を持っていたからだ。


「リクト!」


 僕は再び大声でリクトの名前を呼ぶ。しかし返事がない。


「くそっ!」


 僕は悪態をつく。リクトは大怪我をしている。もし命が助かっているなら早く探し出して治療しなければ・・・。そんな僕に見かねてアリスが言葉を放つ。


「タケル。今の貴方の正面から右に20度の方向に進んでみて」


 僕はアリスが言った方向へ走った。そうするとすぐに横たわっているリクトを発見した。


「うっ!ぐっ!」


 リクトはまだ生きていた。息を乱し、痛みに耐えながらもまだ死んでいなかった。


「リクト!しっかりして!すぐに病院に・・・」


 僕がそう言うとリクトは僕の目を見て口を開く。


「はぁ・・・はぁ・・・いい・・・病院に・・は・・・いか・・・ない・・・」

「は!?なんで!?病院にいかないと死んじゃうよ!」

「ぼく・・・は・・・もう・・・死ぬ・・・から」

「そんな事を言わないで!」


 僕がそういった直後、アリスは聖剣から人型に戻る。


「ごめんなさい」


 そして僕に謝罪の言葉を口にした。


「・・・どうして。どうしてあんな事したんだ。リクトは街を攻撃するつもりはなかった!きっと止めてほしかっただけなんだ!斬る必要なんてなかった!」


 僕はアリスに対して怒鳴りつけた。


「そうね」


 それに対してアリスは同意の言葉を短く口にしただけだった。それが僕の感情をより燃え上がらせた。


「もう少しで説得できたのに!アリスが余計なことをしなければ!」

「そうね。そう思うわ」

「だったらなんで!?」

「私の早とちりよ。その少年はタケルを攻撃するつもりはなかった。ごめんなさい」


 僕は拳を握った。そしてまたアリスに罵声を浴びせようと口を開いた瞬間、リクトの声が聞こえる。


「タケ・・・ル・・・。その人を・・・責めないで・・・。その・・・人は・・・僕の・・・望みを叶えて・・・くれただけだから・・・」

「望み?」 

「うん・・・。僕は・・・この世界に・・・少しでも・・・傷跡を・・・残したかった・・・。けど・・・そうすると・・・僕の・・・家族や・・・タケ・・ルも巻き込んでしまうから・・・」

「何を言ってるんだ!」

「ごめんね・・・・」


 リクトは謝罪の言葉を口にした直後、目から光が消えた。


「リクト!リクト!」


 僕はリクトの名前を呼んで体を揺らしたが、もう二度と返事をすることはない。


「タケル・・・」


 アリスは僕の名前を呼んで、僕の肩に手を載せた。僕は反射的に彼女の手を払った。


「あっ・・・」


 アリスは驚いた顔をして、そしてすぐに悲しそうな顔に戻る。


「ごめんなさい」


 そして彼女は僕に謝った。僕は口を開いて彼女に何か言おうとしたが、結局何を言えば良いのか分からず、開いた口から言葉は出なかった。


 僕はリクトの顔を見る。開いた目は瞳孔が開き、光を失っている。僕はリクトに何もできなかった。なんの助けにもなれなかった。友達だと言ったのに、友達らしいことは何も・・・。


「タケル・・・」


 アリスが僕の名前を呼んだ。


「何・・・?」


 僕は彼女に目を合わせずに返事をした。


「最後にお礼を言いたいの。私を追跡者から助けてくれてありがとう。それと、聖剣は持っていくわね」


 そう言うと彼女は雑木林の地面をシャリシャリと踏みしめながら離れていく。


「・・・・・・・・・アリス」


 僕は離れていくアリスの名前を呼んだ。


「何?」


 アリスは足を止めて僕の言葉を待つ。


「これからどこに行くの?」

「さぁ。考えてないわ。でも大丈夫。私は一人でも生きていけるから。なんたって聖剣だもの。だから心配はいらないわ」

「・・・・・・・・」


 僕はアリスの言葉に何も返答できなかった。そんな僕のことをアリスは察した。


「じゃあ行くね。本当にありがとう。そして・・・ごめんなさい」


 またアリスは歩き出し、僕から離れていく。聖剣が2振とも居なくなってしまえば、僕も元の日常に戻る。リクトは居なくなってしまったが、僕はそれでも学校に通い、卒業までの時間を耐え忍びながら生きていくだろう。アリスが歩き去ってしまえばこれで今回の事件は終わりだ。


 そう思うと急に胸が苦しくなった。そして立ち上がってアリスに向かって叫んだ。


「アリス!」


 僕がアリスの名前を呼ぶとアリスは驚いて僕の方を振り向いた。


「アリス!行く宛がないならしばらく僕の家に居てくれないか!?」


 アリスは僕の言葉を聞いて驚いている。そんなアリスの表情に構わず僕は言葉を続ける。


「ごめん!自分勝手なのはわかってる!さっきだって僕を助けてくれたんだよね!」

「いいえ。あれは自分のためよ。貴方が責任を感じる必要はない」

「でも君は僕を助けてくれた!リクトと戦いに行くと言ったら迷わず付いてきてくれた!」

「それは恩を返しただけよ。借りたまんまじゃ後味が悪いじゃない」

「でも僕は君が居てくれて助かった!君は僕のことなんてどうでもいいかもしれないけど、もしどうしても行く宛がないんだったらうちに来てくれないか!?」

「・・・・・・・・・」


 アリスは数秒無言になり、そして口を開く。


「いいの?」


 アリスは恐る恐るそう聞いてきた。


「僕のそばにいて欲しい」


 その言葉を聞いてアリスは頷いた。


「わかりました。我がマスター」


 アリスは仰々しくそう呟いた。僕は頷いて、横たわっているリクトを見下ろす。


「リクト・・・」


 僕がそう呟いて無言になると、アリスが僕の隣に来る。


「このままじゃ駄目だよね」


 僕はアリスにそういった。


「駄目って何が?」

「県内の連続殺人。犯人はリクトだけど、その事を誰にもバレたくない」

「つまり・・・どうするの?」

「リクトの体を切り刻んでリクトも一連の殺人に巻き込まれたようにしておかないと」

「被害者のフリをして、目をつけられないようにするのね?でもそんな工作、効果があるの?」

「わからない。けどしないよりはマシだと思う。アリスは反対?」

「いいえ。貴方に従うわ」

「ありがとう」


 僕はアリスに礼を言うと、リクトが使っていた聖剣を受け取った。そして死んでいるリクトの体を何回か切り裂いてズタズタにした。


「リクト。君の死は僕がもらっていくよ」


 僕がリクトに向かってそう呟いた。


「もうこれ。すごい恨みがあるって感じに仕上がったわね」

「そう見えれば成功かな。じゃあ僕たちがここにいるのは不味いから逃げよう」


 僕はアリスの手を握ると、アリスはすぐに聖剣の形を取る。そして僕は聖剣の力で超特急で現場から離れる。願わくば一秒でも早く、リクトの遺体が見つかりますようにと思いながら。

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