第33話 喧嘩

「リクト!もう動くかないで!これ以上やったら死ぬ!」


 僕はリクトに対してそう叫んだ。


「うるさい・・・うるさい!うるさい!うるさい!僕がどうなったってどうでもいいだろ!君には関係ない!」


 リクトは血走った目で僕を見る。


「僕はタケルの事を友達だと思ってた。でも違ったんだね・・・。タケルも他の人間と同じで僕を馬鹿にしてるんだ!」

「違う!」

「違うなら何で聖剣を携えて僕に向かってくるの?なんであいつらを殺したことを咎めるの?僕よりあいつらのほうが大事なんでしょう?だってこの世はそういう仕組だから!」

「違う!僕はリクトのやったことを咎めたりしない!咎められない!だって僕も同じだから!」


 僕はそう叫んだが、リクトは僕の声を無視して呟く。


「たった一人の友だちだったんだ・・・。君だけは・・・。でも、それも上辺だけだとわかってしまった」


 聖剣から黒いモヤのようなものが立ちこもり、そのモヤはタケルの体を包んでいく。


「じゃあもう良いよね!僕はもう我慢の限界だ!この世界を壊す!」


 リクトは叫んで件を勢いよく振り上げる。そうすると斬撃が発生し、デッラルテが作り出した亜空間を切り裂き、さらに元いた廃ビルの天井を両断した。


「あはははは!」


 リクトは嗤った。


「じゃあね!タケル!今度会う時はもうちょっとマシな世界になっていることを願うよ!」


 僕にそう言ってジャンプするために膝を曲げる。やばい。リクトはここから飛び立ち、街を破壊しに行く気だ。止めなければリクトが多くの人間を殺してしまう。犯罪者になってしまう。


 僕は考える。どうすればリクトを引き止められるかを。リクトは僕のことをもう友達じゃないと言った。"もう"友達じゃないと。つまり今までは友達だと思っていてくれたんだ。だからどうにかしたい。リクトが人を殺して、後ろ指さされるような事態になってほしくない。なんとかしなければ・・・なんとかしなければ・・・。


「あはは!」


 僕は笑った。全然面白いことは無かったが僕がリクトを引き止める為にあえて笑う。


「はっ?」


 リクトの動きが止まる。


「あはは!世界を変える力?笑えるね!ただ単純に力を持ってイキってるだけじゃん!」


 僕はできるだけ嘲笑しているような笑い方を意識した。


「世の中がどうこうだとか、仕組みがどうこうだとか、大げさなこと言っていたけど用は自分の思い通りにならないのが面白くないんだろ!」

「違う!」


 リクトは強い口調で僕の言葉を否定した。


「誰だって幸せになれるのは一部だけだってぇ?その知ったふうな事を恥ずかしげもなく言う姿は笑えるんだけど!」

「あ?」


 リクトは顔を真っ赤にして忌々しそうに僕を睨む。リクトの持っている聖剣は更に黒いモヤを吹き出した。


「友達だったからリクトは殺さないでいこうと思っていたけど、やっぱり殺そう。ここで!」

「えぇ?リクトに殺せるの?無理無理!出来もしないこと言わないほうが良いよ!」


 僕が言い終わると同時に、リクトが聖剣で切りかかってきた。僕はその剣を何とかガードした。


「この程度でしょう?リクトに世界を変えるなんて無理だよ」


 僕はあざ笑うようにそういった。もちろん強がりだ。今のリクトの移動スピードも剣速も僕より早い。僕は聖剣の試練で何度も殺された経験を活かしかろうじてガードしているだけに過ぎない。


「うっさい!黙れよ!」


 だが激高しているリクトにとっては、僕は余裕で剣を躱しているようにしかみえないだろう。だから、リクトは力任せに何度も僕に斬りかかる。


「何も知らないくせに!何も知らないくせに!何も知らないくせに!」


 今はリクトが冷静さを失っているので、攻撃が直線的でいくら斬りかかられてもガードできる。だけど冷静さを取り戻したら一瞬でやられる。そうしたらリクトは街に行って無差別殺人を起こしてしまう。それだけは止めたい。僕がどうなろうとも。


「知るわけ無いだろ!誰も他人のことなん興味ないんだよ!親だって教員だってそうだろう!リクトのことなんてどうでもいいんだよ!」

「そんなの知ってる!」

「じゃあ何だよ!なんで何も知らないくせにって喚いてたんだよ!?話を聞いてやると言ってほしかったのか!?」

「うるさい!もうそんなの無意味だよ!僕は人を殺したんだ!」

「そんなこと知るか!僕にとって他の奴らのことなんてどうでも良いんだよ!」

「ならいいじゃないか!行かせてくれよ!」

「絶対行かせない!君が無差別殺人者になるのは我慢ならない!」

「なんでだよ!」

「友達だからだよ!」

「君はもう僕の友達じゃない!」


 リクトはそう言いながら振るった剣で僕の剣を弾き、ガラ空きになった懐に突きを放った。剣は僕の脇腹にぐさりと刺さる。


「ぐっ!」


 僕は痛みのあまり片膝を付いた。血は溢れ出し剣を伝って滴る。


「タケル。もう邪魔しないで。じゃないと殺すよ?」


 リクトは落ち着いた声でそう言った。僕を見下ろす目が、リクトの言葉がハッタリじゃないと告げる。僕は昨日から、斬られたり刺されたり殴られたり蹴られたりされながらも、その痛みに耐えてきた。だけどリクトのこの言葉が一番痛かった。もうリクトは僕の事を友だとだと思ってくれないのだろうと思った。それどころか全く興味のない人間に成り下がってしまったのだろう。


 そうなってはもう止めることができない。僕にリクトを止めることはできないのか・・・。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 僕は腹部の痛みを我慢しながら考える。僕は何でここに来たんだろう。なんでリクトを止めに来たんだろう。僕にはリクトの気持ちがなんとなくはわかるつもりだ。今まで弱音を吐けば"その程度も我慢できないのか"とか"お前だけが特別辛いと思うな"とかクソッタレなことを言われそうな事をずっと心の奥底に封印して生きてきた。誰にも相談できず、でも自分ではどうしようもなくて、そんな状況を生きるためにはじっとうずくまって我慢しているしか無い。


 リクトはその現状を変える力を得た。そしてその力を情動のままに使って、今までリクトのことをあざ笑ってきた奴らを殺した。そのなかで世界の仕組みがおかしいとかなんとか言う動機を自分の中で作り上げたのだろう。そして自分を正当化するために、これから破壊の限りを尽くすつもりなのだろう。本当は辛い自分の人生を変えたいというただそれだけの願いだったというのに。


「家族の事はどうするつもりなの・・・。もしリクトが大量殺人を行ったら誰かが君の家族に仕返しに来る」


 僕はリクトに向かってそう言った。


「僕を脅す気?」


 リクトは眉をひそめた。


「違う。これは予想できる未来の話。君は自分の復讐に家族を巻き込むんだよ?」

「・・・・・そんなの・・・」

「リクト。君は家族に対して一物持っていると思う。でもだからといって地獄で一生苦しんで欲しいとは思わないだろ?君がもし大量殺人の犯人になれば、この世が君の親にとっての地獄になる」

「・・・・・もう遅いよ」


 リクトは吐き出すようにそういった。


「もう遅い。僕はもう何人も殺している。それに昨日の繁華街の破壊も僕がやったことだ。そのことが露見すれば世の中の正義が僕たちを許さない」

「そうかもしれない。でも今ならまだ間に合うかもしれない」

「間に合う?」

「ああ、殺人も破壊も普通の学生ができる犯行じゃない。たとえ多少の証拠が残っていたとしても、シラを切り通せるかもしれない」

「・・・・・そんなことが?」

「出来る・・・とはっきりとは言えない。でも、こちらの世界に聖剣なんて素っ頓狂な存在に思い至る人なんて居ない。解体に丁度いい機械を持ってる人や、組織の犯罪だと予想する。それが普通の論理だ。個人でこの連続殺人はあまりにも常軌を逸している」


 リクトが僕の言葉に戸惑っている間に、僕は腹部に刺さった剣を抜く。聖剣の回復力で体が治って癒着していたので一度深く突き刺し、その後引き抜く。想像を絶する痛みだったが、なんとかやり遂げた。


「ぐっ!」


 リクトはその光景を見て、顔が真っ青になり聖剣を落とした。僕は自分の体から引き抜いた聖剣に目を落とす。こんな聖剣がこの世界に来たから、リクトに下手に偽物の希望なんて虚しいものを与えてしまい、あまつさえ犯行に及ばせてしまった。もちろん犯人であるリクトが一番悪い。だがこんなものがなければ起きなかった事件であることは事実だ。


 犯行に及んでも及ばなくてもリクトの心に宿る闇は同じ。誰が我慢するかの違いでしか無い。今までは僕やリクトが我慢する役割だった。


「もし、リクトが今から予定している凶行を中止し、静かに生きていくつもりなら僕は協力を惜しまない。嘘もつくし、証拠隠滅だってする」

「どうしてそこまで・・・?」

「リクトは僕の初めてにして唯一の友達だから」


 僕は立ち上がってリクトに向かって手を差し伸べた。


「もし、僕の提案を聞き入れてくれる?」


「・・・・・・・・・」


 リクトは口を開かず、僕の手をしばらく見つめた。何かを考えている様子だった。そして次は落ちている聖剣に目を向けた。その聖剣は刃には僕の血がべっとりとついている。


「1つ聞いていい?」


 リクトは口を開いた。そしてそう言いながら落ちている聖剣を拾い上げた。


「何?」


 僕が聞き返すとリクトは笑いながら言う。


「もし、その提案に乗らなかったらタケルはどうする?」

「リクト!」


 僕がリクトの名前を読んだ直後、リクトは僕の太ももを切りつけた。僕は再び床に膝をついた。そしてリクトはすぐさまジャンプして、先程切り裂いた廃ビルの天井から外へ飛び出した。


「リクト!」


 僕がすがるように叫ぶが返事はない。


「タケル!きっとあの少年は街まで行く気よ!」


 アリスの僕はその言葉に同意する。そしてすぐさまリクトに切り裂かれた足を魔術で治しジャンプした。リクトほどスムーズではなかったが、廃ビルの天井にジャンプし、屋上まで移動する。そしてあたりを見回した。


「リクトッ!やめてよッ!」


 僕は焦りながらリクトの影を探した。すると遠くにリクトが剣を振り上げている姿を目の端で捕らえた。リクトは空中に立って、目下の街を見下ろしている。


「リクト!」


 リクト自体は剣を振り上げて静止している。聖剣から黒いモヤがどんどんと溢れ出し、リクトの体を覆っている。


「いけない!あんなに聖剣から力を吸い出したら、あの子は死ぬわ!」


 アリスがそう叫んだ。僕は聖剣からありったけの力を引き出し身体を強化した。そして力いっぱいジャンプして一気にリクトに向かう。その間にもリクトの聖剣から黒いモヤはどんどん溢れ出す。


「リクト!やめて!」


 僕がそう叫びながら空中を蹴って、更にリクトに近づく。そしてもう少しでたどり着きそうになった瞬間。リクトは僕の方を振り向いた。そして街ではなく僕の方に向かって剣を構えている。


「不味い!あんな攻撃を喰らったら・・・!」


 なんで?と僕は思った。なんでこんな事をする必要がある?そんなに僕が憎いのか?だったらそう言えばいいのにッ!わざわざ僕を殺して罪を重ねることなんて無いのにッ!


 僕はそう思いながら、僕はリクトの剣をガードしようと構えた。だが、その直後にアリスの声が聞こえる。


「ごめんタケル!体を動かすわ!」

「えっ?」


 あっけにとられている僕の体は、聖剣のさらなる魔力供給によって加速し、リクトが振り下ろそうとしている剣の下に滑り込んだ。そしてアリスは僕の体を使って、すれ違いざまにリクトを切り裂いた。


「あっ・・・あああああ!」


 聖剣がリクトを切り裂いてしまった事実を目撃し、僕は叫び声を上げた。


「どうして!?どうしてこんなことに!?リクト!!」


 僕がそう叫んだ直後、リクトの声が聞こえた気がした。


「ごめんタケル。でも僕が罰は受けなきゃ君に迷惑を掛けるから・・・。友達って言ってくれてありがとう」


 僕がその声に驚いてリクトの方向を見ると、リクトは胴を切り裂かれて地面に落下している途中だった。先程リクトが立っていた場所の下にあった雑木林に落下した。


「リクト!」


 僕は叫びながらリクトの落ちた雑木林に向かった。

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