第32話 対話
たどり着いた場所は、昼間なのに日も入らないような寂れたビル。打ちっぱなしのコンクリートが放置されている。僕はその中にリクトの姿を見つけた。
「到着しましたぁ!」
デッラルテがそう叫ぶと、前方にいるリクトが身構える。
「誰!?」
リクトは今起こっている事が理解できず、僕らの方をじっと見ていた。
「リクト」
僕がそう言うとリクトはハッとした仕草をして口を開く。
「タケルなの?」
リクトは恐る恐るそう質問してきた。僕は頷いて返事をする。
「そうだよ。君を止めに来た」
そう言うとリクトは聖剣を抱きかかえて僕を睨む。
「渡さない」
その光景を見た僕は、一体リクトに何という言葉をかければ良いのか考える。なんとなくは考えていたつもりだが、リクトの顔を見た瞬間そんなことはすべて消し飛んだ。
「おおっと!早速交渉決裂ですねぇ!じゃあ行きますよぉ!」
「えっ!急ぎ過ぎじゃない⁉」
デッラルテはアリスのツッコミを無視して魔術を使う。するとコンクリートのビルは消え去り、代わりにどこか見たこともない平原になる。
「こ、ここは何!?」
リクトは驚いて周りを見回している。
「デッラルテ!あなたねぇ・・・。デッラルテ?」
アリスはデッラルテに抗議しようとデッラルテが先程立っていた場所に視線をやる。だが、そこにはもうデッラルテ居なかった。もう魔力が尽きて消えてしまったのだろう。
「タケル。デッラルテが居ない。外にいるのかな?」
アリスは僕にそう聞いてきた。僕はその質問に答えられなかった。デッラルテはアリスに何も言ってないようだ。
「デッラルテだけこの亜空間の外でサボろうなんて。後で文句言わなきゃ」
「・・・・・・」
僕は無言でリクトの事を睨む。デッラルテが自分の分身を消してまで作ったこの空間。本当はまだこの世界に滞在したかっただろうが、その望みを断って作ったこの時間。それを無駄にしたくはなかった。
「アリス。聖剣になって」
「う、うん・・・」
アリスは困惑しながらも聖剣の形を取る。そして僕はリクトに叫んだ。
「リクト!その聖剣を渡して!渡してくれなきゃ奪い取るから!」
今の僕にリクトを説得できないことはわかっている。逆の立場なら絶対に僕は聖剣を渡さない。だから僕は力ずくで奪い取る覚悟でここに来た。
「なんで?リクトも僕の邪魔をするの!?」
「・・・・・・・・」
僕は答えなかった。リクトの邪魔をしたくないという気持ちと、リクトを止めたいという気持ちで僕の心は2つに割れていた。
僕は聖剣を持ってリクトに近づく。
「来ないで!来ないで!来るな!」
リクトはそう叫びながら柄を握り剣を振り上げた。
「来るなよぉ!」
そして叫びながら剣を振り下ろす。すると巨大な光の剣が現れ、僕らに叩きつけられた。爆音とともに一面砂埃が舞う。
「あ、ああ・・・」
リクトの口から声が漏れる。僕はリクトの攻撃を避けていたが、リクトは土煙のせいで僕がどうなったか確認できないでいる。殺してしまったと思ったのだろう。
「近づいてくるから・・・!」
リクトはそう言って歯噛みをする。
「何で来たんだよぉ!タケル!なんで!」
リクトはそう叫んだ。
「言っただろ。僕はリクトを止めに来たって」
僕の声を聞いたリクトはパッと視線を上げて僕の方を見る。そして土煙が薄くなった場所に僕の顔を確認すると一瞬嬉しそうに笑って、そして慌てて険しい顔に戻る。
「止めに来たってなんで・・・?タケルもあいつら等のことをッ!」
リクトは憎しみのこもった表情で僕を睨む。
「・・・・・・・・・」
僕はその質問に答えられなかった。たしかに僕はリクトが殺した人間のことは知らないし、知る気もない。興味もない。だが僕がリクトを事を止めるということは、リクトに取っては僕が彼奴等に加担することと同じに見えるはずだ。
僕はリクトに嘘を付きたくない。落胆させたくない。だって僕らは友達だからだ。
「ッ!」
そんな僕を見て、リクトは歯噛みをした。そして聖剣を持っている柄に力を込め、再び僕に切りかかってくる。
「うわぁぁぁぁ!」
見る人から見れば、リクトの動きは素人そのものなんだろう。だが、今のリクトは聖剣から力の供給を受けて超人になっている。加えて攻撃を受ける僕も素人そのもの。油断をすれば簡単に殺されてしまうだろう。
「アリス。力を貸して」
「言われるまでもないわ」
僕も聖剣から力を借りて、身体を強化する。そしてリクトの剣筋を見切り素早やく攻撃を交わした。
「ッ!」
リクトは僕が攻撃を躱したことに驚き、再び僕に剣を振り上げる。
「うわぁぁぁ!」
叫びながら振り下ろされるリクトの剣を、僕の剣で受け流す。それからリクトは叫びながらがむしゃらに僕に向かって剣を叩きつける。
「なんで!?なんで邪魔するの!?」
「ごめん。でも、今のリクトを見ていられない」
「見ていられない!?なんだそれ!上から目線だね!」
「そんなつもりは・・・」
「そうに決まってる。タケルも・・・タケルでさえ僕のことを下に見てたんだ!」
「違うッ!」
「違わない!僕のことを薄ら笑っていたんだ!このクソ野郎!」
「僕はリクトの事を!」
「うるさい!僕が苦しんでいても心のなかでは嗤っていたんだろう!自分より惨めな人間がいて嬉しいんだろ!」
「違う!リクト!」
「でもいい!そんな事はどうでもいい!僕は世界を変える力を得たんだ!僕はこの力で世界をぶっ壊せる!」
「リクト!」
「考えても見てよタケル!この世界はおかしい!辛い思いをしている人間は一生辛いままで、楽しい思いをしている人間は一生楽しいまま!この順列が変わることがない!」
そんなことはない。ずっと楽しい思いでいる人なんて居ないというありきたりな言葉が浮かんでくる。だがそんな上辺だけの言葉ではリクトには届かない。そもそもそんな言葉、僕自身だって信じちゃいない。
「辛い思いをしている人間は現実に対して無力だ!たた苦しい時間をじっと我慢してやり過ごすしか無い!」
リクトは激情のままに叫んでいる。
「・・・・・・・・」
「でも僕は聖剣の力を得てわかった!この力はこの世界を変えるためにある!その為に僕が聖剣を手にしたんだ!タケルはどうだ!?」
「僕は・・・」
僕が聖剣の試練を受けた時、聖剣の中で男の子から言われた。なんでも好きなことが出来る力だと。でも僕はその力を使って、自分の身内を助けることだけを望み、それ以外は保留のままにした。僕の中で答えが出なかったからだ。
だが、目の前にいるリクトはその問題と向き合い、自分なりの結論を出した。そんなリクトに対して僕が一体何を言える?
「この世界は弱い人間は一生報われないままだ!弱い人間は努力しても報われないどころか、そもそも努力する権利すら無い!なのに、努力して報われるなんて綺麗事を抜かして弱者を騙すんだ!努力が報われるなんて報われた人間しか言えない!恵まれた人間しか言えない言葉だ!なのに偉そうに!自分が搾取していることすら気づかないくせに、耳障りの良いことばかり良い並べて!」
リクトの言葉が激しくなる。それと同時に聖剣に込める力も次第に大きくなる。
「誰だって幸せになる権利があると言っておきながら!現実は幸せになれる人間は一部だ!」
そう言ってリクトは思いっきり、聖剣で僕をぶん殴った。あまりの勢いに僕は吹き飛ばされる。
「くっ!」
吹き飛ばされた僕は、何とか体勢を立て直し、足から着地する。そして、リクトの方向に目をやる。
「うっ。がはっ!・・・はぁ・・・はぁ・・・」
リクトは血を吐いてひざまずく。何故、リクトが血を吐いているのか僕にはわからない。
「聖剣の使いすぎね」
アリスがそう呟いた。
「使いすぎ?」
「ええ。正式な使い手にならない状態であんなに力を引き出したから、体には相当負担になっている。あのまま剣を振り続けたら、あの子は死ぬ」
アリスは無機質な口調で宣告した。
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