第31話 デッラルテの最後の魔術

 僕は朝食が終わると食器を洗った。自分の分とすみれ姉の分、お客様であるアリスとデッラルテの分の皿を洗剤のついたスポンジで洗い、泡を水で流す。途中でアリスが台所に顔を出し手伝うと申し出た。僕はお言葉に甘えて手伝いを頼んだ。

 いつもの食器を一人で片付けているが、アリスが手伝ってくれるとあっという間に洗い物が終わった。


「ありがとう。アリス」

「いえいえ。私こそお世話になってるんだからこのぐらいはさせてね」


 アリスはそう言って微笑んだ。その直後、すみれ姉が台所に入ってくる。


「おいタケル。てめぇ昨日学校行ってないんだろう?」


 僕はドキッとした。


「あ、そ、そうだね・・・」


 僕はしどろもどろになりながらもすみれ姉の言葉を肯定する。その様子をすみれ姉はギロリと睨んだまま舐めるように観察した。


「今日も休むのか?」


 すみれ姉の言葉に少し驚いた。てっきりなんで昨日学校に行かなかったのかを問いただされるものとばかり思っていた。


「今日も休む」


 僕はすみれ姉の質問に恐る恐る答えた。するとすみれ姉は頷いた。


「わかった。学校には私から連絡しとく」

「へ?」


 僕はその言葉に驚いた。問いただされなかった上に、学校に行かないことを容認された。


「何驚いてんだ?」

「いやだって、いつものすみれ姉なら、理由を聞き出すまで逃さないくらいやりそうだし」

「そんな事しねぇよ。でもお前の顔を見てるとなんだかな。今から大事なことをしなきゃいけないって顔してる」

「え?僕はそんな顔してる?」


 僕は思わず隣のアリスにそう質問した。アリスは首を横にふる。


「俺はこういう事に関しての山勘が当たるんだ。今から大事なことをしなきゃいけない。そしてそれは俺にも言えないことなんだろう?」


 僕は頷いた。


「わかった。じゃあ聞かねー。だが1つだけ約束しろ」

「何?」

「明日はちゃんと学校いけ」


 そう言ってすみれ姉は台所から出ていく。僕とアリスはすみれ姉を見送った後でほっと胸をなでおろす。


「貴方のお姉さん。すごい貫禄ね」


 アリスの言葉に僕は苦笑いをしてしまった。僕はその後アリスとデッラルテを連れて、自分の部屋へと行く。


「聞かせてもらいますよ。デッラルテさん。今リクトがどこにいるのかを」


 デッラルテは僕の質問に愉快そうに答える。


「はぁい!今、リクト様は町外れにある廃墟にいます」

「廃墟?廃墟で何を?」

「タケル様も知っているでしょうぅ?正式な聖剣使いになってない人間が聖剣を使うとどうなるかをぉ」


 そう言われて僕は思い出す。初めて聖剣を使った時、そしてポールに襲撃されたとき、僕は聖剣の力を使った。その後どうなったかと言えば、全身が筋肉痛で動けなくなった。ということはつまり今のリクトは・・・。


「そぉですぅ!リクト様は今、誰もいない場所で体を休めているところですぅ!」


 デッラルテは嬉しそうにそういった。その言葉を聞いて僕は納得する。なるほど。昨日リクトは繁華街を破壊したが、それ以上のことを何もしていないのはそれが理由か。激情を何かにぶつけたくても、何もできない状況にあるのか。


「だったら今が説得のチャンス。さっさとその場所に行きましょう。場所はどこですか?」


 僕はデッラルテにそう質問する。


「場所はぁ・・・うーん。どう説明すればいいですかねぇ。何分この街はあまり知らないのでぇ」

「じゃあ連れて行ってください」

「わかりましたぁ。じゃあ準備しますのでぇこの家の庭に出てぇ少々お待ち下さいぃ」

「庭?」


 僕はデッラルテが何をしようとしているのか分からなかったが、ひとまず言われた通りに靴を履いて庭に出る。そして僕が庭に出て数分後、デッラルテも庭に来た。


「ではぁ。今から転移魔術を使いますぅ」


 僕はデッラルテの言葉に驚愕した。


「転移魔術!?ワープってこと⁉」


 僕の言葉にデッラルテが頷いた。


「いまからぁ私が転移魔術を使ってリクト様のところへ飛ばしますぅ。その後は展開によって変わりますがぁもしぃ戦闘になった場合ぃ、周りの建物を壊すと目立ってしまいますので、亜空間を作り出しそこにタケル様とリクト様を落としますぅ」


 ワープに続いて亜空間。トンデモ魔術の見本市みたいな言葉が飛び交っている。魔術ってすごいなぁ。


「この亜空間はぁ、時間が経つと自然と消え、この世界に戻れますぅ。だから閉じ込められるようなことにはなりませんがぁ、逆に言えば時間内に決着を付けないとぉ2人とも元気な状態でこの世界に戻ってきてしまいますぅ。ここまではぁわかりますねぇ?」


 僕は頷いた。一対一で時間制限ありなんてまるで格ゲーみたいだ。


「では準備はよろしいですかぁ?」

「もちろん」


 僕はデッラルテの質問に即答した。デッラルテは満足そうに頷きではぁと言って手を天にかざす。


「転移魔術ぅ!発動ぅ!」


 デッラルテがそう叫ぶと地面と上空に大きな魔法陣が出現する。そして次の瞬間、光が溢れて何も見えなくなる。


「!」


 僕は驚きのあまり声も出せない。これが転移魔術。ふわふわとした浮遊感と温かい大気、流れる水の音、そして目を開けていられないほどの光。隣りにいた筈のアリスの気配も感じなくなり、完全に孤独な空間だが、不思議と心安が安らぐ不思議な感覚。これが転移魔法なのかと思った。


「タケル様ぁ」


 不意に僕の耳に声が届く。僕は驚いて声のする方向に顔を向けたが、どうしても目が開けられない。


「無理に目を開けなくてもいいですよぉ。ちょっとお伝えしたいことがございましてぇ、アリス様には内緒でこの場所に招待いたしましたぁ」


 この場所?招待した?どういう意味かわからない。これは転移魔術ではなかったのだろうか。


「内緒話?」


 僕は何とか口を開いて、デッラルテにそう言った。


「はぁい。貴方にはお世話になりましたのでぇ、そのお礼ではありませんがぁ私に対する疑問をぉお答えしておこうかとぉ」

「デッラルテさんに対する疑問?」

「ええぇ。貴方は私にぃ不信感を抱いておいででしょう?」


 確かにデッラルテのことを信用しきれてはいない。何が目的でアリスに同行したのか、リクトをけしかけた理由などは誤魔化され続けてきた。


「まず誤解を解いておきたいのはぁ、アリス様のぉ逃亡を助けたのはぁ本当にアリス様をの事を思ってのことですぅ。ただぁアリス様ぁのためだけに動いたわけではないのはぁ事実ですぅ。私はぁ、元の世界で宮廷魔術師をぉしていましたがぁ、実は国家転覆を狙う悪人でもあったのですぅ。そのためにはぁ聖剣があの世界にあると不都合なのですぅ!つまり国家の力をぉ削ぐために彼らの力が及ばないぃこの世界にアリス様をぉ連れてきたのですぅ。まさかイザック達がぁもう1振持ってきてくれるとはぁ思っていませんでしたぁ。それは嬉しい誤算でぇ、結果的に2振の聖剣をこの世界にぃ持ってくることができましたぁ」


 デッラルテはとても嬉しそうな声でそういった。


「ただそれだけですぅ。私は本心からアリス様がこの世界ぇで幸せになればいいなと思っていますぅ」


 デッラルテはそう続けた。デッラルテのその言葉に嘘偽りがないかどうかはわからない。また僕を騙すために詭弁を弄しているだけかもしれない。しかし、僕はどうしてもデッラルテのことを嫌いになれないでいる。


「リクトを誑かしてイザックさんを殺した理由はなんですか?」

「それはぁ、私がこの世界にいるということがぁバレると不都合だったんですぅ。口封じのためにリクト様ぁに殺してもらいましたぁ」

「リクトを止めるために手助けをしてくれるのはなんでですか?」

「この世界で騒ぎが大きくなるとぉ、私達のぉ世界からまた刺客が来るでしょうぅ?私はこちらの世界にある聖剣はぁアリス様が管理してほしいと思っていますぅ」

「つまり、リクトから聖剣を取り上げるために僕に協力をすると?」

「そう取ってもらってもぉ構いませぇん。私はぁ何が何でもアリス様にはこの世界に居てほしいんですぅ。アリス様の人格を知ってなお、彼女を人間使いしてくれる人がいるこの世界にぃ」

「・・・・・・・・・・」


 僕は無言になる。


「おやおやぁ無言にならないでくださいぃ!私は陽気なデッラルテ。ただの道化ですぅ」

「デッラルテさんは何でアリスに内緒で僕にこんな話を?」

「実はぁ私はもうすぐ消えますぅ。魔力が切れて本体に戻りますぅ」

「魔力切れ?」


 ということはこのデッラルテは分身かなにかなのか。驚くべき話ではあるが、正直転移魔術、異空間の説明をされた後に分身とか言われても、驚けば良いのか納得すれば良いのかわからない。


「ええぇ。それだけは隠しておきたかったんですぅ。彼女は優しいのでぇ、私が消えるのを引き止めてくるかもしれませぇん。そうされると私はぁ・・・・」

「・・・・・・・・」


 再び僕は無言になってしまった。デッラルテがアリスの意向に逆らったことはあっても、結局はすべてアリスのために動いていたのかもしれない。この世界にアリスを連れてくるのはデッラルテの思惑があった事でも、この世界で聖剣の使い手を見繕ったり、追跡者を撃退したりはデッラルテの感傷によるものなのかもしれない。


「話しすぎましたねぇ。申し訳ありませんぅ。本当は何も言わずに消えるのが一番だと思っていたのですがぁ、どうしても言い残しておきたかったんですぅ。私も未熟ですねぇ」


 そう言うとデッラルテはフフっと笑った。僕は初めてデッラルテが笑っているところを見た気がする。といっても目は開けられないので、笑っているように感じるというだけだが。


「ではぁ!いよいよぉ!リクト様の元へ到着しますぅ!準備はいいですかぁ!?」

「はい」


 僕が返事をした直後、目を開けられない光は消え去り、温かい大気は冷たい気温へと変わる。その時、僕の耳に小さな声が聞こえた気がした。


「聖剣の使い手が貴方で本当に良かった。アリス様のことをよろしくおねがいします」


 僕は目を開けて、リクトを見据える。

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