第30話 戦いの願い
ご飯と味噌汁を胃に流し込んだすみれ姉は、テレビの電源を入れた。
「"昨晩〇〇市にてビルが爆発する事件が発生し28名の負傷者が・・・"」
テレビからはニュースが流れる。しかもトピックスは昨晩、僕たちがいた繁華街についてだ。そのニュースを見ながらすみれ姉が口を開く。
「なんか昨日ここにいた気がするんだけどなぁ・・・。こんなところで呑んだりはしないんだけどなぁ」
どうやらすみれ姉は昨日のことを覚えていないらしい。そのことに僕は胸をなでおろした。
「"ビルの爆発に不審な点が多く、警察は事件と事故両方から操作を続けています"」
ニュースはそう言って素早く次の話題に切り替わる。それを見ていたデッラルテが口を開く。
「このテレビという箱はすごいですねぇ」
感心しているデッラルテに対してアリスが口を開く。
「いや、そこじゃないでしょ。昨日のことがこの世界の人間に知られてしまったのよ」
「そうですねぇ。一昨日の件はイザックが誤魔化していたようですがぁ、そのイザックも死んでしまいましたからねぇ!」
デッラルテは愉快そうにそう言った。
「あなたのせいでね。笑い事じゃないわよ」
「殺したのはあの少年ですよぉ」
デッラルテの言葉が僕の心を重くする。リクトは昨日、人を殺してしまったんだ。僕はそれを目撃してしまった。僕がうつむいているとテレビから別のトピックスが読み上げるアナウンサーの声が聞こえる。
「"続いてのニュースです。昨日、〇〇県にて異なる場所にいる複数の男子高校生が殺害される事件が発生しました。その少年たちは皆、鋭い刃物のようなもので切り裂かれており、死因は大量出血と見られます。しかし、殺害方法は同じであるものの、殺害された場所に一貫性がなく、組織的な犯罪を視野に入れて警察は捜査を続けています"」
そのニュースを見たすみれ姉は驚いて声を上げる。
「〇〇県ってここじゃねーか!頭のおかしい奴が出歩いてるみてーだな!怖くて出歩けねぇぜ」
これはリクトが殺ったんだと僕は直感した。確証はないが大きな刃物と男子高校生と考えると、リクトはありえないと否定することはできないし、リクト自身も匂わせるようなことを言っていた。おそらくこの直感はあたっていると思う。
僕は拳をギュッと握った。どうしてそんなことをしたんだリクト。いやどうしてかは決まっている。リクトは聖剣の力を手に入れて、イザックから彼らの居場所を聞き出して復讐をしたんだ。
本人の口から聞いたことはないが、リクトは昔酷いいじめにあっていたらしい。内容は知らないし、僕もそこに踏み込むことはしたくなかったので詳細はわからないが、リクトは辛い学生生活を送っていたことは確かだ。そもそも僕とリクトが仲が良かったのも、言ってしまえば孤立していればいじめの対象になりえるので、そうならないための防御策を講じていただけに過ぎない。僕らはおんなじだと思っていた。同じように周囲の人間を憎んでいると思っていた。だけど、その憎しみは僕よりリクトのほうが深かったようだ。
僕はなんとも言えないような感情が湧いてくる。殺された男子高校生達になにか思うようなところがあるかと問われたら全く無いと答える。別に生きてようが死んでようが興味ないし、リクトがわざわざ居場所を聞き出して殺すような相手なら、それほどの事をリクトにしていたのだろう。殺されたのはきっと死んで当然の奴らだったのだろうと僕は思う。いや思いたい。
「これはぁこれはぁ!もしかしたらあの少年がやったことですかねぇ!おとなしそうな顔をしていたのに、なかなかどうしてぇ。酷いことをするものですぅ」
「・・・・・・・・・」
僕はデッラルテの言葉に反論しようと思ったが言葉が出なかった。リクトのやったことは酷いことだろうか。確かに殺人は法律で禁止されているが、それと比べていじめは禁止されていない。いじめは罪ではないというのだろうか。
「まだあの少年がやったとは決まっていないでしょう?」
アリスはデッラルテにそういった。
「そうですねぇ。確かめなければハッキリとはしませぇん」
「確かめると言ったってどうやって・・・」
僕は思わずデッラルテにそういった。
「本人に聞けば良いんですよ」
「いや、今どこにいるのかも・・・」
「私が知っています」
「は?」
僕はデッラルテの言葉に驚いた。
「知ってる?」
思わず僕がデッラルテの言葉を復唱すると、デッラルテは頷いた。
「ええ。知っています。なにせあの騒ぎの後はリクト様の後を追ったのですからぁ」
「一度はあの少年を追ったのに、今はなんでここにいるの?」
アリスは眉をひそめてデッラルテにそう質問した。
「それはぁ私がタケル様のお役に立ちたかったんですぅ。だから居場所を突き止めて報告したいとぉ思ったからですぅ」
その言葉を聞いたアリスは嫌そうな顔を浮かべる。
「私達の為?にわかには信じられないわね。また何かしらの魂胆があるんでしょう?」
「私に魂胆などありませぇん。ただ、あの少年を放っておくと騒ぎが大きくなるでしょうぅ?そうすると新しい追跡者がこの世界に訪れるかもしれませぇん」
「確かにそうなったら私は困るわ。でも貴方は別に困らないでしょう?」
「いえいえぇ。困るんですぅ。アリス様をこの世界に逃がすために私が苦労したんですからぁ。捕まってしまったら苦労が水の泡ですぅ」
確かに苦労したからそれを無にしたくないというのは分かる。だが、デッラルテは嘘をついているか、もしくは何かを隠しているという印象を受ける。そしてそれを明かす気はないようだ。とはいえ、嘘をついてようと、真実を隠していようとリクトの居場所を知っているデッラルテを今、放逐するわけにはいかない。
「デッラルテさん。リクトの居場所を教えて下さい」
僕はデッラルテにそう質問した。デッラルテは僕の方を見てニヤリと笑った。
「ええぇ。ええぇ。もちろんお教えいたしますぅ。ですがぁ会ってどうするんですかぁ?」
「一刻も早くリクトを止めないと」
「そうですねぇ。でもどうやって止める気ですかぁ?説得でもする気ですかぁ?」
「説得して止めてくれるならそれに越したことはないでしょう?」
「ええぇ。おっしゃるとおりですぅ。ですが問題は説得しても止まらなかった時ですぅ」
「・・・・・・・・」
僕は言葉に詰まってしまった。説得しても止まらなかったときは力ずくで止めるしか無い。それがどういう危険を孕むかをつい考えた。
「聖剣使いは極めて強い力を持っていますからぁ。もし戦闘ということになると、あなた達も周りの人間も無事では済まないかもしれませぇん」
「でもやらなきゃ」
「どうしてですかぁ?リクト様の復讐に口を出す権利はあなたにありませぇんよねぇ?それなのにどうしてぇ貴方はリクト様を止めようとぉ?」
"友達だから"と言おうとしたが、その言葉は口から出なかった。友達だからこそ、リクトのやりたいことを応援すべきかもしれない。ましてや、社会的に何の罰も受けない加害者に対する復讐なら、正直もっとやってほしいという気持ちさえある。
だけどそれは気持ちの半分で、残り半分は気持ちの悪さを感じていた。その気持の正体が僕にはわからない。どうしてリクトを止めたいと思うのだろう。偶然にも大きな力を得て、やり返すことが可能になって、いままでされてきたことの清算をする。それの何がいけないのだろう。復讐は無駄だから?やり返すなんて子供っぽい感情だから?そんなことにいちいち復讐してどうする?
そんな理屈は何も知らない奴らが知った風に言っただけだ。当事者はそんな綺麗事を口にする余裕も権利すら無い。追い詰められて、どうしようもなくて、助けを求めても誰も助けてくれない。そんな人間だっている。もういっそのこと、僕もリクトに加担してしまおうか!そうしよう!僕も恨みを抱いている人はいる。リクトと一緒にそいつらを殺して回ろう。そうだよ。ここでリクトを独りにしたら、僕も他の大人たちと一緒になってしまうじゃないか!
そこまで考えたところで僕の手の甲に温かみを感じた。僕は驚いて自分の手を見ると、アリスが僕の拳の上に手をそっとおいていた。僕は慣れない人肌の温度に恥ずかしくなってアリスの顔を見る。するとアリスと目が会い、アリスは僕の目を見据えながら口を開く。
「タケル。貴方は私のマスターよ。私は貴方の望むように力を貸す。たとえ貴方が大罪人になろうとも」
アリスは僕に向かってそう言った。そしてアリスは言葉を続ける。
「タケルは私の使い手となり、私の望みを叶えてくれた。この世界にやってきた追跡者を撃退してくれた。だから次は私の番。私が貴方の望みを手伝うわ。だから何でも言って。タケルはどうしたい?」
僕はどうしたいんだろう。リクトの事を止めたい?それともリクトに加担して僕も暴れまわりたい?
「・・・・・・僕は」
違う。どちらとも違う。ましてやこの問題の保留はない。
「僕はリクトを止めたい」
それを聞いたデッラルテは笑みを浮かべながら目を見開いて口を開く。
「どうしてですかぁ?友達の願いを邪魔するんですかぁ?友達を裏切るつもりですかぁ?」
僕はデッラルテのその言葉に頷いた。
「その通り。僕は今から友達の願いを踏みにじりにいく。僕はリクトにこれ以上罪を重ねて欲しくない」
「たとえそれが・・・友を殺すことになってもですか?」
デッラルテは静かにそういった。
「いいや。僕はリクトを殺すなんてしない。それこそ大罪人なったとしてもリクトを守る。僕が守りたいのはあくまでリクトなんだから」
その答えを聞いてデッラルテはニヤリと笑う。
「わかりましたぁ!お教えしますよぉ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます