第28話 破壊
ポールの死体を確認したイザックは驚愕している。その様子を見たアリスが口を開く。
「デッラルテ!あなたなんてことを!」
「貴方がこれ以上追撃されないようにぃ、殺しておきましたぁ。貴方の為にね。おおっと、礼はいりませんよ?」
「誰がそんな事を頼んだというの!?」
「これが一番確実な方法ですぅ。アリス様だってぇ、まさかイザックのもう二度と追跡しないという言葉を信じたわけではないでしょうぅ?」
「それはそうだけど・・・」
アリスは言葉に詰まってしまった。代わりに僕が口を開く。
「僕は殺さないと約束したんです!いくら憎かろうがそれは守らないと」
「貴方が約束を守ってもぉ、イザック達が破らないとはぁ限らないじゃないですかぁ」
「イザックさん達が約束を破ってまたこの世界に来たとしたら、また撃退すればいいだけの話じゃないですか!」
「甘いですよぉ。今度来る時は完全に貴方を殺すつもりで準備してきますぅ。撃退は限りなく困難になるでしょうぅ」
「それでも必ず撃退しますよ!そのために聖剣の力を手に入れたんだ!」
「そうですねぇ。聖剣の力があれば何でもできますものねぇ!約束を破った相手を殺したりぃ!憎い相手に仕返ししたりぃ!」
デッラルテはリクトの顔をチラッと見る。すぐさま僕の顔を見て口を開く。
「もし、聖剣に世界を渡る力があるならぁ、一振りでも多くこの世界に有ったほうが追跡の可能性は減りますぅ。イザックが生きていたら聖剣は持っていかれてしまうんですよぉ!」
デッラルテの言葉にアリスが反論する。
「論理的に言えばそうかもしれないけど、こちらの世界に聖剣がたくさんあるのは危険だわ!」
「危険というのはぁ?」
「一部の人間が無秩序に聖剣の力を得てしまえば、その先にあるのは力による独占と迫害よ!」
「貴方がこの世界に来た時点でぇ、貴方がその問題にどうこういうのはぁ筋違いですねぇ」
デッラルテの言葉にアリスは顔を歪ませた。アリス自身もデッラルテの言葉が正しいと思ったのだろう。だが、それでもアリスは負けじと口を開く。
「筋違いでも、この世界に聖剣が存在しないほうがいいのは確かだわ!」
「だったら悪用しない人間が管理してしまえばいじゃないですかぁ。例えばタケル様とかぁリクト様とかぁ!」
「個人には過ぎた力よ!私達聖剣は!」
「でも、貴方はタケル様をマスターと認めてしまいましたぁ。つまり貴方はこの世界に残り続けるのですぅ。タケル様がその力を悪用しない保証はないでしょう?」
確かにアリスやデッラルテの言葉に一理あると思う。今の僕は悪用するつもりはこれっぽっちも無いけど、今後の一生、そんな気を絶対起こさないかと言われたら答えようがない。未来に何が起きるかわからないのだ。それに試練の間で男の子に"復讐しないのか"と問われた時、正直僕は心が少し揺れた。
「タケルが道を誤ったら私が正すわ!」
「おほほ!愛の告白みたいですねぇ。しかし、2人とも同時に道を間違えることだってありますぅ」
「それを言ったらこの世界にあろうが、元の世界にあろうが聖剣と使い手が道を踏み外すことはあるわ。でも、元の世界には魔術があり、聖剣に対しての対抗手段があるわ」
「対抗手段はあっても、実際対抗できる人間は少ないですよぉ!そこのイザックでさえ聖剣の使い手になったばかりのタケル様に破れたじゃないですかぁ」
「それはタケルが頑張ったからよ。というか貴方はなんでそんなにイザックたちの死にこだわるの?そして聖剣をこちらの世界に留めることに執着するの?」
「おほほ。それはアリス様がこの世界に留まるのに、そこの少年から聖剣を奪うのがフェアじゃないと思ったまでぇ」
「でもポールを殺すこと無いじゃない!イザックだって元の世界に送り返せばそうそうこちらの世界には・・・」
「でもイザックは世界を渡れるということを証明してしまいましたぁ。つまり送り返してもまたこの世界を訪れることが出来るんですよぉ?」
「それはイザック以外にも言えることでしょう?なんで貴方はイザックとポールの死にこだわるの?」
「・・・・・・・・・」
デッラルテは無言になり、右手で自身の顎を触りながら考えるポーズを取る。
「な、何を考えてるの?」
アリスは恐る恐るそう質問した。そうするとデッラルテが口を開く。
「いえぇ。なんかぁ面倒になってきましてぇ。別に誤解を解かなくてもいいかぁなぁと」
「どういう意味!?」
「いえいえぇ。ですが1つだけ確かなことがありますぅ」
デッラルテはそう言うと満面の笑みを浮かべた。
「イザックが生きている限りぃ!聖剣は元の世界に持ち帰られるということですよぉ!わかりますかぁリクト様ぁ!」
「!」
デッラルテの言葉にこの場にいる全員が驚いた。デッラルテはアリスと会話しているようで実はリクトに呼びかけ続けていたのだ。デッラルテにとってはイザックを殺すことが目標。そして聖剣を手放したくないリクトと利害が一致したため、リクトにイザックを殺させようとしている。
「リクト!」
僕がリクトの名前を呼んだ。
「止めないで。タケル」
リクトはゆっくりとイザックの方を見て剣を振り上げた。
「僕は疲れたんだ。怯えることに疲れた。でもこの剣があれば恐れずに生きていける。人生のスタートラインに立てる」
「ッ!」
僕はリクトに何も言えなかった。僕にもリクトに気持ちが少しわかる。復讐してやりたい気持ちも。
「リクト・・・やめてくれ・・・」
僕の力ない言葉はリクトの耳に届かなかった。
「チッ。ここで詰みか」
イザックがそう呟くと、リクトは迷いなく剣を振り下ろしイザックを斬る。そして前方に倒れ込むイザックの首を二の太刀で断つ。
「こうするしか無いんだ」
イザックの赤い血が吹き出す中、リクトはそう呟いた。その言葉にはなんの感情も乗っていない。
「おほほほほ!よくぞ殺ってくれましたぁ!リクト様ぁ!これで聖剣は貴方のものですぅ!」
デッラルテは嬉しそうにそう叫んだ。
「デッラルテ!あなた!」
アリスがデッラルテに対して叫ぶが、もうその言葉の意味はない。すでにリクトはイザックを殺してしまった。
「あ」
リクトは血にまみれた自分の手を見た。
「あ・・・・あは・・・・あはははは!あははははは!」
リクトは狂ったように笑い出す。
「ああ!やっぱり人を殺すことは本当に簡単なことだ!なんで今までやらなかったんだろう!僕は何を恐れていたんだろう!あははははは!」
リクトは天を仰ぎ見てそう叫んだ。その瞬間、空からポタポタと雨が降ってくる。
「リクト!」
雨はすぐに土砂降りとなり僕の声をかき消した。そして飛び散ったイザック後も洗い落とす。
「やっと!やっと!やっと!僕はスタートラインに立てたんだ!ここから僕の人生が始まるんだ!」
リクトはそう言うとジャンプをした。
「!」
リクトの移動スピードは極めて高く、一瞬で数メートル飛び上がり、そして繁華街の道上に落下する。そして、リクトは道から約五メートルの上空に着地した。
「なっ!空中に立っている⁉」
僕が驚愕してそう叫ぶ。
「あれは魔術で空中に立っているのよ!さすがにどんな魔術を使ったまではわからないけど!」
アリスがリクトの状況を説明してくれたが、その今はその説明を聞いている時間はない。僕は崩れかけの個人ビルの上から、リクトを見下ろす。
「あははは!」
リクトは笑いながら無作為に剣を振る。そうするとリクト周辺の建物がスルリと切り裂かれた。
「ビルに剣はあたってないのに⁉」
「斬撃を飛ばしているようね!貴方の友達はよく聖剣を使いこなしている!」
イザックの言葉から察するに、リクトが聖剣を握ったのは数時間前の筈だ。なのに僕より聖剣を使い熟しているなんて・・・。
「あはははは!こんなことも出来る!僕はもう怯える必要はない!怯えるのは僕以外の奴らだ!」
リクトは上機嫌に笑っている。
「きゃああああ!」
リクトが切り裂いた建物の一部は崩壊し、コンクリート片が地面に落下し始める。その光景をいち早く見つけた客引きの女性は叫び声を上げている。
「あれは!」
雨が降っているため道上には人影は少ないが、数名は雨の中を走っている。その人達に向かってコンクリート片は容赦なく落下する。
「危ない!」
僕はそう叫んで剣を握り、ビルから飛び降りた。少しでも落下スピードを上げるためにビルの壁を下方向に加速するように蹴った。次の瞬間、僕は鉄砲玉のように地面に落下し落ちているコンクリート片と地面の間に滑り込んだ。
「アリス!いくよ!」
「わかったわ!」
アリスが返事をした直後、僕は剣を振ってコンクリート片を切り裂く。そして叫んでいる女性を引き寄せて安全な場所に移動させる。その後も次々と落下するコンクリート片を切り裂き、下にいる人間を救助しつづけた。
そして数分間、落下するコンクリート片から繁華街にいる人々を助け続けた。だが、全員が全員無事というわけにはいかなかった。僕はビルの崩壊が終わると、先程リクトが立っていた場所を見上げる。もうそこにはリクトはいなかった。
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