第27話 もう一つの聖剣

 僕は土煙の奥から聞こえる声に耳を疑った。


「イザックさん。大丈夫?」

「ああ、助かったよ。リクト」


 リクト!やっぱりこの声はリクト!


「アリス。この土煙を払いたい。できる?」

「もちろん。私を軽く振って」


 僕はアリスの言葉通り剣を振ると途端に強い風が起き、土煙を押し流す。その先にイザックとリクトが立っている光景が目に入る。


「リクト・・・」


 僕がそう問いかけると、リクトは驚いたように目を見開いて口を開く。


「タケル!なんでここに!?」


 心底意外そうな声でそう言った。


「それはこっちのセリフだよ!なんでリクトがこんなところに!」


 僕が動揺したような口調でそう質問した。


「僕はイザックさんに頼まれて・・・」


 リクトはそう言うと目の前に剣をかざした。


「この剣を持っていてくれって」


 その剣を見た瞬間、アリスが声を上げる。


「それは聖剣!なぜここに?」


 アリスの質問に、リクトの登場によって拘束を解除されたイザックが答えた。


「だから俺が持ってきたんだ。話聞いてたか?」

「そんなに簡単に聖剣が持ち出せるわけないじゃない!」

「持ち出せちゃうんだなそれが。聖剣伝説なんてもう殆ど忘れられている。お前が特別なだけだ」

「私が?」

「自立して行動し、会話もできる聖剣。その上お前はずいぶん取り入るのがうまいようだな」

「ッ!」


 アリスが険しい顔をした。


「取り入るのがうまい?」

「ああ。だって見た目が美しい少女。しかも年も取らない上に、聖剣であるがゆえの力。その聖剣以上に侍らせといて気持ちのいい存在はいない」

「そんなことを・・・考える人ではないわ・・・」


 アリスは苦々しくそう言った。


「まぁ俺にはどうでもいいことだがな。お前の人格には興味はないし。だが聖剣の力は魅力的だな。戦いを全く知らない素人のガキが俺を追い詰めるとはな」

「貴方には聖剣は扱えないわ」

「そうか。残念だな。まぁそれもどちらでも良いことだ。まぁいい。聖剣がここに2振り揃ったわけだからな」


 イザックはそう言って僕の事を見据える。僕はイザックの圧力に押され剣を構えた。


「揃ったから・・・どうする?」

「ああ、さっきの約束を守ってくれ」

「約束?」

「その聖剣を諦めたら無事に返してくれるんだろ?もう俺とポールは帰るから、2振りの聖剣で俺たちを元の世界に返してくれ」

「は?」


 僕は肩透かしを食らった気分になる。イザックの陣営に聖剣使いがいる以上、聖剣使い同士を戦わせてせて、ゴタゴタのうちにアリスを奪ってしまう算段なのかと邪推していた。


「聖剣は諦めると?」

「ああ。聖剣使いが敵にいる以上、今の状況での勝利は見込めない。だから撤退することにする。幸いお前は話も通じるしな。今回はそのことに感謝して逃げさせてもらおう」


 潔いというかなんというか。無理だと思ったら撤退するし、臆面もなく逃げるなんて言う辺り、本当にイザックは変わっている人間だと思う。それとも異世界はこれが普通なのか?


「ただ逃げるなんて信じられない!なにか魂胆があるんじゃないの!?」


 アリスがそう叫んだ。その言葉を聞く限りイザックの判断は異世界でも普通じゃないらしい。


「しない。というかできない。今の俺は見た目以上にボロボロだしな。今の状態ではまともに戦えない」

「それを信じろと?」

「そうだ。信じてくれ。俺はまだ死にたくないんでね」

「じゃあこうしましょう!利き腕を切り落とさせて。そうすれば抵抗はできないでしょう?」


 アリスの提案にイザックは渋い顔をする。


「猟奇的だな。正気を疑うぞ?」

「うるさい!私だってこんな事は言いたくない。けど貴方は警戒に値する魔術師だとは思ってる」

「評価してくれるのはありがたいが正直迷惑だな。片手を失ったら元の世界での仕事に差し障りがある。勘弁してほしいが」

「この場で死にたくないでしょ?腕を落とすか命を落とすか選ぶだけよ。簡単な話でしょ?」

「発想が陽気なデッラルテと同じだぞ?お前、あいつと行動をともにするうちに悪影響を受けたんじゃないか?」

「一緒にしないで。私だって人の命は奪いたくない。だけどそれ以上に私のマスターの命は守りたいの。わかるでしょう?」


 デッラルテさんも偉い言われようだなぁ。まぁ確かに狂人と言われるだけあって言うことに人情を感じない。陽気だと言っているのは表面上だけで、内面は陽気とはかけ離れた形なんだろうとは思う。


「わかった」


 僕はアリスとイザックの討論が平行線になってしまったので、その仲裁をするために口を開いた。


「イザックさんとポールさんは異世界に返す。そしてもう二度とアリスを追わない。それともう一つ条件を追加させてもらいたい」

「なんだ?」

「僕が隙だらけになっていても攻撃はしない」

「まぁ当然だな。もともとする気もないがそう言ってくれて助かるよ」

「僕だって貴方を殺したくないし、腕を切り落としたくもない」

「了解した。元の世界に返してくれるならば、現時点からお前に対する攻撃行為一切を行わない」

「偶然を装って、"これは攻撃じゃない"とか主張しないでくださいよ」

「そんな面倒な真似はしない。お前結構疑り深いんだな」

「命がかかってるんだから当然でしょう?」

「それもそうか」


 イザックは頷いた。僕はそれを確認するとリクトの方を見る。


「僕はそれでいいけど、リクトもそれでいい?」

「えっと?よくわからないけどどうすればいいの?」

「僕の持っている聖剣とリクトが持っている聖剣の力を合わせて異世界のゲートを開く。そのゲートにイザックさんともうひとりを投げ込むだけ。やり方はきっとイザックさんが知ってる」

「うん。わかった」


 リクトが頷くと僕は再びイザックの方向を見る。


「じゃあやり方を押しててください」

「わかった。あ、あとお前の持っている聖剣はいいが、リクトの聖剣は回収したい。ゲートに投げ込んでくれ」

「え?この期に及んでそんな要求するぐらいなら、なんでリクトに聖剣を渡したの?」

「命を守るためだ。実際、俺は今、リクトに助けられて生きてるだろ?」


 なんだか適当だなぁ。作戦というにはあまりにもお粗末な計画のように見える。アリスはあんなにこの世界の人間を巻き込みたくないって言っていたのに対して、イザック達は巻き込みまくりじゃないか・・・。


「まぁ僕はそれでいいです。リクトはそれでいい?」


 僕がリクトにそう質問するとリクトは俯いて口を開く。


「嫌だ。手放したくない・・・」


 その言葉にイザックは驚く。


「聖剣は"貸す"と言っただろう。返してくれないと困る」

「でも・・・」

「お前をいじめていた奴らの居場所を教えてやっただろう?お前は返すことに同意してくれたじゃないか。約束を守ってくれよ」


 リクトをいじめた奴らの居場所を教えた?イザックが聖剣を持っているリクトに?なんだか嫌な予感がする言葉。


「でもこの力があれば・・・」

「なんだ?もうやり返してスッキリしただろ?俺はお前の願いを叶えたんだ。お前も俺の願いを叶えてくれよ。それがフェアってもんだろ?」

「・・・・・・・・」


 リクトは黙ってしまった。代わりの僕が口を開く。


「ちょっと待ってイザックさん。リクトをいじめていたやつの居場所を教えたって?」

「ああ。それが協力する条件だったからな」


 恨みのある人間とその人間をどうにでも出来る力。その図式から導き出される予想はとても悲惨なものだ。


「リクト。君はまさか・・・」

「・・・・・・・・・・」


 リクトは黙ってしまう。そんなリクトを僕が問い詰める。


「リクト!答えて!」

「・・・・・・・・・・」

「リクト!」

「・・・・・だってあいつらが悪いんだ」

「リクト?」

「そうだよ。タケルの想像通りだと思う」


 僕の想像通りなら、聖剣の力を得たリクトが憎き相手に仕返しに行っているということ。命までは奪ってないと思いたいが・・・。


「なんてことを!」

「なんてこと!?あいつらは悪いやつなんだよ!普段やられていることを仕返しに行っただけ!それが何が悪いの!?」

「それは・・・」

「あいつ等は好きなように生きてるのに、こっちは仕返ししてはいけないの?そんなのフェアじゃない」

「ッ!」


 正直、気持ちはわかる。わかってしまう。そんなに理不尽だろうと、弱い僕らは我慢しなければならないし、我慢したところで助けてくれる人なんて現れない。


「その通りですぅ!リクト様は何もぉ悪くありません!」


 僕が返答に窮していると、突然デッラルテがそう叫ぶ。その直後、何かがデッラルテの声がする方向から飛んできて、イザックにぶつかる。


「うぐっ!」


 突然のことでイザックはその飛翔物に直撃して倒れる。


「くっ・・・なにを飛ばしてきた?」


 イザックが飛んできたものを確認すると顔をしかめる。


「こ、これはポール!しかも死んでる?」


 その言葉に僕は絶句した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る