第26話 聖剣の使い手

「これで・・・終わり?」


 僕がそう言うとデッラルテは頷いた。


「ええぇ!異世界からの追跡者は2人とも撃退しましたぁ!後はゲートを開いて元の世界に送り返すだけですぅ!」


 僕はその言葉を聞いて思わずガッツポーズを握っていた。昨日、アリスとの出会いから端を発するこの一件は、肉体的にも精神的にも追い詰められて辛かった。痛めつけられるわ何度も殺されるわ。だが、この2人を撃退することでようやくその苦労が報われる。


「どうやって送り返すの?」


 僕は意気揚々とデッラルテに質問した。物事は最後までやらないと思わぬ失敗をする可能性がある。帰るまでが遠足ということわざ(?)があるように、最後まで気を抜いてはならないと教えられてきた。

 僕の質問にデッラルテはにやりと笑って口を開く。


「それはぁこれから考えますぅ!」

「は?」


 僕はデッラルテの言葉に絶句した。これから考えるってどういうことだ?


「だってぇ。私たちはこの世界に住む予定だったんですよぉ?帰る方法なんて考えなくてもいいでしょうぅ?」


 確かに元の世界に帰るつもりがなく、ずっとこの世界に住み続けるというつもりなら帰る方法は考えてなくても良い。デッラルテの言葉はもっともらしくは聞こえる。


「でも、この戻るつもりがないとはいえ、念のため戻る方法を考えたりはしなかったんですか?」

「え?だってぇ必要ないでしょうぅ?」

「そうですが、何か問題が起きたときのためにとか・・・」

「そもそも世界渡りは私ごときの力が及ぶものではなりませぇん。それはつまり、たとえ問題が起きてもぉ自力では解決できないという意味ですぅ。一か八かぁ。それが異世界渡りですぅ」


 アリスとデッラルテはそんな危険を冒してこの世界に来たのか。よほどの覚悟がなければそんなことはできないだろう。途中でゲートが閉まって時空の中に閉じ込められるとかありそうだし。


「じゃあ、その2人はどうするの?」


 僕はデッラルテにそういうと、デッラルテは拘束されているイザックを見下ろす。


「現段階でできることは2つありますぅ。片方はお気に召さないかもしれませんがぁ・・・」

「それは?」

「一つ目はこの2人を直ちに処刑することですぅ。そうすれば返す必要がありませんのでぇ」


 デッラルテがそう言い切ると、突然僕の持っている聖剣が人型アリスに戻る。そしてアリスは口を開いてデッラルテに言う。


「私は人が死ぬところが見たくなくて逃げてきたのに、私のせいで人が死んでしまうなんて・・・」


 アリスは口惜しい顔をしている。この一件は自分の我儘が引き起こした結果だと思っている。自分がこの世界に来なければ、この世界の人が傷つくこともなく、イザックやポールにしても、撃退する事にはなりえなかった。その自省の念が今、アリスの心を苛んでいるようようだ。そのアリスに対してデッラルテは返答する。


「でも考えてみてくださいぃ。この2人を元の世界に帰したら、すぐさま私たちが生きていることが貴族達に伝わるでしょうぅ。しかし、この2人を殺してしまえば、私たちがイザックたちを撃退したという事実を認知するのが遅くなりますぅ。つまり、次の追っ手が来る期間を遅らせることができる可能性があるということですぅ。我々はこの逃亡してきた以上ぅ、一生追われる身ですぅ。ならばせめて追っ手が来るインターバルは長い方がぁ私たちにとっても、この世界の住人にとってもぉいいのではないでしょうかぁ?」

「そう・・・だけど・・・」


 アリスは険しい顔を浮かべている。デッラルテの言っていることもわかるが、アリスはできる限り殺したくないらしい。


「デッラルテさん。今できることの2つ目は?」


 悔しい表情を浮かべているアリスの事は一旦保留にして、僕はデッラルテに質問をした。


「ああぁ!そうですね!」


 デッラルテが忘れていたことを思い出すような明るい声でそう言った。そして、デッラルテは拘束されているイザックの腹部を蹴った。


「うぐぅ!」


 イザックは苦しそうな声を上げる。デッラルテはそれに構わず僕たちに向かって口を開く。


「イザック達の目的は聖剣を連れ戻す事。つまり、私たちとは違い、元の世界に帰る方法も考えているはずですぅ。そのことをこの2人に教えてもらうのですぅ」


 そして、デッラルテはまたイザックの腹部を蹴った。イザックの腹部を蹴るという動作は"教えてもらう"というより、無理やりにでも聞き出すという意思をイザックに伝えているのだろう。デッラルテは陰湿で狡猾な魔術師であることは、昨日から共にしているだけの僕でも理解できる。このデッラルテはなんのためらいもなくイザック達を拷問するだろう。


「やめて。デッラルテ」


 イザックの腹部を蹴るデッラルテに対して、アリスはそう言った。


「いてぇな・・・」


 イザックがそう呟いた。そのイザックに対して僕は質問する。


「イザックさん。あなた達を異世界に帰す方法を教えてください」


 僕の質問を聞いたイザックは、ごほっごほっと咳した。


「ああ。だが交換条件でどうだ?」

「あなたが条件をぉ出せる立場だと思ってるんですかぁ?」

「うるせぇな。お前とは取引しない。お前は俺に負けただろうが。俺はそこの少年に向かって話してる」

「僕?」

「ああ、まぁ交換条件というと堅苦しい言い方をしたが要はただの命乞いだ。俺たちはお前をあきらめるから無事に元の世界に帰してほしい」

「元々そういうつもりだけど?」

「ああ、お前はそうだろうな。だがこのデッラルテが何するかわからんからな」


 なるほど。デッラルテが横槍を入れて殺してしまうことを警戒してるのか。それは確かにありそうだ。


「交換条件というならこっちの要求も聞いて欲しいです」


 僕はイザックにそう言った。


「当然だな。なんだ?」

「もう2度とアリスを追わないと約束してください」


 その言葉を聞いた直後、イザックはキョトンとした顔をした。


「約束するのは構わないが、必ずその守るという証明はできないぞ?いや、もう追う気はないが・・・」

「証明なんてしなくていいです。ただ、次この世界で見かけたときは覚悟してくださいという話です」


 つまり、次見かけたら殺すぞという意思表示。その言葉でイザックは腑に落ちたようにうなずいた。


「なるほど。そういうことか。わかった。その条件を呑もう。まぁどっちみち依頼失敗したからには依頼人からは逃げないといけないしな」


 イザックの言葉を聞いてデッラルテが口を開く。


「まぁ国政に関するぅ依頼ですからねぇ。口封じぐらいするくかもしれませんねぇ。そればかりはちょっと気の毒なきがしますがぁ」

「殺そうとしておいて何を言う。この狂人が」

「私でも情けぐらいはもってますよぉ」


 そう言ってデッラルテはけらけらと笑った。そんなデッラルテは置いておくとして、僕はイザックに質問する。


「イザックさんの要求はわかりました。移送の際はデッラルテに何もさせないように押さえておきます」

「わかった」


 イザックは頷いて言葉を続ける。


「俺が考えていた方法は聖剣を手に入れた後、その力を使って異世界に渡るためのゲートを作るというものだ」

「聖剣で?」


 僕は首をかしげる。聖剣の力を使えば異世界に飛ぶことが出来るの?デッラルテの言葉から察するにてっきりそれでは異世界に渡れないと思いこんでいたけど。


「ああ。だが、1振りでは駄目だ。最低でも2振り以上の聖剣が必要になる」


 イザックの言葉にデッラルテが異を唱える。


「アリス様を除きぃ、この世界に聖剣は無いはずですがぁ?」

「いやある。俺が持ってきたんだからな」


 イザックがそういった直後、ビルの下から高速飛び上がる影を、目の端で捉える。そしてその影は個人ビルのはるか上空まで上昇し、やがて重力に引っ張られて落下してくる。


「え?」


 僕が上空にいるその影を目で追うと、その影はアリスによく似た剣を持っていた。


「新手ですかぁ!?」


 デッラルテはそう叫んだ。その直後、聖剣を持っている影が個人ビルの屋上に落下する。


――――バンッ!


 影は落下とともに聖剣をビルに叩き込みビル屋上の床を破壊し、ビル全体に亀裂が入る。土煙が舞い上がり、僕らはお互いの存在を確認できない。


「アリス!」


 僕はアリスの名前を呼ぶ。


「タケル!」


 アリスも僕の名前を呼んだ。直後、僕の右手の中に聖剣の柄が現れる。僕はその聖剣を握り、どこから攻撃されても迎撃できるように、注意深く土煙の舞うこの空間を観察する。だが、いつまで経っても攻撃は来ない。代わりに大きな声がした。


「これで約束は完了だよね!」


 僕は驚愕した。その声に聞き覚えが有ったからだ。

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