第25話 猟犬イザック
イザックは一瞬で僕の目の前に移動し、自慢の拳を放つ。とんでもないスピードだったので、前回は全くついていけなかったが、今回は聖剣で自身を強化しているのでついていくだけなら出来る。
イザックの拳を剣の平で受け止め、剣の影に隠れながらかがんで足払いを放つ。イザックはそれにすぐさま反応して数歩後退する。
「面倒だな・・・」
聖剣の力は、使用すれば魔王に成れるほど協力な力を秘めていると言われた。だが、そんな力を持ってしてもイザックを倒すことができない。使い手である僕が未熟であることももちろんだが、それ以上にイザックがものすごい実力者という証だと思う。事実、デッラルテでさえ一方的にやられているようだし、移動速度は聖剣無しじゃ追えないのも事実だ。
僕はイザックに斬りかかる。その攻撃をイザックはスルリと交わして僕の右側に移動し顔面にジャブを放つ。僕はその攻撃を受けながらも、怯むことなく剣を振る。
「チッ!」
イザックは舌打ちをして、繰り出しかけた右ストレートの動きを止めて僕の剣を避ける。
「お前・・・剣の扱いや体の使い方はお粗末なものだが、痛みに対しては耐性があるな」
イザックは意外そうな声でそういった。
そりゃそうだよ。僕は聖剣の試練で何百回も殺されているし、ポールにも何度も殺されてるし、イザックからは僕の顔面をグランドキャニオンかってぐらいボコボコされたんだから。ちょっとやそっと殴られるぐらい、覚悟してれば耐えられるよ。
いや、それ以前に僕は多少の暴力に慣れている。中学時代は良く殴られてたしなぁ。思い出したくもないけど、こんなところでそんなことが役に立つなんて。だからってありがたいとは一ミリも思わないけど。
「あなたこそ聖剣を警戒して人質まで使ったのに、素人が聖剣を持ったぐらいじゃどうしようもないほどの実力者じゃないですか」
僕は魔術という物を全く知らないが、イザックが使う魔術を察するならば、それはおそらく今の僕と同じで身体強化系なのだろう。ゲームで言ったらバフのような魔術で、自身の攻撃力や速度を上げることができる。僕は聖剣という外部電力に頼ってるのに対し、イザックに関しては完全に自家発電という違いはあるが根本は同じ。
しかしそれでも僕とイザックでは出力も使い方も別次元と言っていいほど差がある。体は鍛えられており、洗練された拳闘術を使い、術の熟練度も高いイザックに、僕はついていくのがやっとだ。
正直、今の状況で戦いを続けたとして、反撃は全部避けられるかカウンターを受ける絵しか浮かばない。正面からやりやったら負けるのは目に見えている。しかし、経験の少ない僕はイザックの攻撃をすり抜けて反撃すると言ったような劇的な手を思いつけるわけではない。
ポールの時と違って、殺された瞬間に聖剣で復活して反撃する通称ゾンビアタックは通用しないだろう。とはいえ他に出来ることは思いつかない。僕は唸りながら自分の手にする聖剣を見た。”自分の持っているものを使え"か。
「アリス。どうしたら良いと思う?」
僕はアリスにそう尋ねた。自分は経験が少ないのでいっそのこと詳しそうな人に聞いてみようと思った。ちょっと情けないような気もするが、知らないものを悩んでいたってしょうがない。
「え?私?」
アリスは意外そうな声を上げた。
「私は戦闘に関しては素人だから・・・」
「でも、今まで握ってきたのは達人ばかりなんよね?なにかヒントになるような記憶はない?」
「うーん。今までの聖剣使いはみんなもともと強い人ばかりだったから・・・」
確かにその点は大きい。もともと鍛えている人とずぶの素人で戦いのスタートラインが違う。それによって取れる手段も全く違ったものになるだろう。
「あ、でも今までの聖剣使いに共通する事があるわ!」
「そ、それは?」
「みんな苦境に陥っても諦めなかったわ!」
ここに来て根性論が来るとは思わなかった。いや確かに最終的には根性が左右する局面もあるだろうけど、今この段階でそんな話をされても・・・。しかもアリスの声はとってもハツラツとしていて、とても良いことを言ったという自信に溢れている。そんなアリスにいやいや根性論かよ!とツッコむ度胸は僕にはない。
「そ、そうだね。根性は大事だね」
「でしょ!」
アリスは嬉しそうにそういった。そんなアリスは可愛いけど、実際問題として作戦と言える提案ではない。どうすれば・・・。
「諦めて降参しろ。聖剣さえ返してもらえば命は取らないぞ」
イザックはそう言いながら超スピードで僕を翻弄し、何度も何度も拳を僕に叩き込む。イザックの動きを目では追えるものの、体はついていかず、僕のガードは何度も破られる。
冷静に考えてこんなイケイケのイザックに対して僕が出来ることなんてたかがしれている。それに聖剣がとても強いものだとしても、攻撃を当てることすらできていない以上、どう考えても宝の持ち腐れだ。だからといっていきなりパワーアップして敵を倒すような少年漫画的な展開に期待しようにも、僕の隠された力が覚醒する兆候はない。
つまり今は万事休すだ。このまま諦めずに戦っていけば反撃の糸口ぐらいは掴めると期待したいが、それすらも願望に過ぎない。今までの聖剣使いが苦境に陥っても心底諦めなかったというのは素晴らしい話だが、これは諦めなかったからってどうにかなる問題じゃない。
「タケル!諦めないで!絶対なにか方法があるわ!」
アリスは僕のことを鼓舞してくれる。その事自体は嬉しいが諦めないでと言われても・・・。
「まてよ?」
僕は思わずそう呟いた。
「どうしたの?」
アリスは不思議そうな声で僕にそう質問した。僕はアリスの質問にあえて答えず考え込む。諦めなければ活路がある。一見根性論のような論法に見える。実際、アリスもそういう気持ちでいったのかもしれない。だが、これは悪くないかもしれない。僕はそう思うと剣を強く握った。
「うおおおお!」
そして僕は叫びながらイザックに斬りかかる。そんな大ぶりの攻撃を躱す事はイザックにとって難しいことではない。結果、僕の攻撃を避けてイザックは僕に拳を捻りこむ。
「そんな攻撃当たらないぞ」
冷静なイザックは僕にそう告げた。しかし僕はそんな言葉を気にもとめず、イザックに斬りかかる。
「アホが」
イザックはそう吐き捨てて僕に攻撃を行う。
「くっ!まだまだ!」
僕は殴られて、時に倒れながらもすぐさま起き上がり、イザックに立ち向かう。
「ふん!」
イザックは僕の攻撃を避けて僕を殴る。そして僕は攻撃をくらい、すぐさま回復しながらイザックに突っ込みまた避けられて殴られる。ずっとその繰り返しが行われる。僕はどんなにダメージを受けても回復し、イザックは僕の攻撃をすべて避けて、カウンターで僕に拳を叩き込む。
切りかかっては避けられ、殴られても立ち上がり、立ち上がったら切りかかって、避けられては殴られる。その繰り返しが延々と続いた。
「ぐわぁ!」
僕は痛みで叫び声を挙げずにはいられない。聖剣が僕の体をすぐさま回復させるということは、毎回新しい痛みが僕の体に叩き込まれるということ。それは想像していたより遥かに辛い作業だった。だが、諦めなければなんとかなるというアリスの言葉で、僕は自分自身を奮い立たせていた。
そして、僕がサンドバックになって数十分が経過した。
「はぁはぁはぁはぁ」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
イザックと僕は呼吸を見出しながら向かい合う。
「お前・・・いい加減諦めて聖剣を渡せ」
イザックは乱れた息のまま、余裕なくそういった。
「当然嫌ですね」
僕はイザックにそう答えた。諦めるなんてとんでもない。やっとここまで持ってこれたのに。
そうこれこそが僕の考えた”諦めなければなんとかなる”方法。つまりイザックは自分で練った魔力を使用しているからこそあの超スピードを実現しているため、エネルギー源となるのは自分の魔力だけだ。対して僕は聖剣から力をもらっているため術の精度はイザックに劣るが、その代わりエネルギー源は膨大だ。つまり僕が諦めない時間が長いほど・・・正確に言えば持久戦に持ち込みさえすれば僕のほうが有利になっていく。
実際、イザックの動きも最初の頃ほど俊敏ではなく、攻撃も鋭さを失っている。魔力切れ、体力の限界を誘発するために僕は自分が殴られることを覚悟して持久戦を仕掛けたのだ。
「いつまでも付き合いますよ」
僕はイザックを見ながらそう言った。その言葉でイザックは僕の狙いに気づいたようだ。
「お前・・・わざとやられるふりをして持久戦に持ち込んだな?」
いや、やられる振りじゃなくて普通にやられてたんですけど・・・。とはいえ、いくら持久戦に持ち込んでも途中でイザックが逃げて建て直されたら、僕はどうしようもなかった。それをしないためにわざと大声を出して切りかかり、余裕がなくやけっぱちになっているような演技をしながら戦っていた。
とは言えイザックが仕切り直そうとしなかった理由は僕の演技はあんまり関係なく、イザックが僕のことを舐めていたからだろう。この世界の平和ボケしたガキなんて痛め目を見せてやれば簡単に音を上げるだろうと見込んでいたのだろう。
だが、残念なことに僕はやられることには慣れてるんだ!聖剣の試練で何回死んだと思ってるんだ!と勝ち誇りたかったが、正直単に負け続けただけなので自慢にはならないなと思う。
「くっ!」
イザックは僕から離れるために大ジャンプをして隣のビルの屋上に飛び移った。
「アリス!もっと力を貸して」
「わかったわ!」
僕は聖剣から更に力を引き出し、イザックの後を追う。戦い始めた当初の元気なイザックなら絶対逃げ切られていただろうが、今のイザックは疲労困憊のため僕でも追いつくことが出来る。僕はイザックに追いつき剣の平でぶん殴る。
「ぐっ!」
イザックは叫び声を上げて吹き飛ばされ、屋上の床に倒れ込む。
「くっ・・・」
イザックはなんとか立ち上がろうとしつつも、ダメージのために体がうまく動かない様子だ。
「くっ・・・。まさかお前みたいなガキにしてやられるとは」
イザックが僕にそう言うと、僕は倒れているイザックに剣を向けて口を開く。
「貴方は僕に負けたんじゃありません。貴方自身の油断に・・・」
僕がカッコつけてそう言っている最中に、僕の言葉を遮ってデッラルテが叫ぶ。
「捕まえましたぁ!さすがタケル様ぁ!お見事ですぅ!」
デッラルテは倒れているイザックの上に乗り、魔術を使ってイザックを拘束した。
「くっ!」
光の縄に縛られたイザックは体を激しく揺らして拘束から抜け出そうとする。
「無駄ですよぉ!この拘束魔術は抜けられませぇん!」
デッラルテが笑いながらイザックにそう言った。いや、いいんだけどデッラルテは派手に負けてたのに、この光景だけ見るとデッラルテがやっつけたみたいな感じになってない?いやいいんだけども!
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