第24話 望みの代償
僕は倒れているポールの元に近づいた。近くで見ると顔にくっきりとアリスが放った飛び蹴りの後が付いている。
「うわぁ」
僕は思わずそう言った。僕も散々痛めつけられたけど、これは相当痛そうだ。対してアリスは上機嫌になっていっる。
「スッキリした!」
アリスは楽しそうに笑っている。よほどこの追跡者に対してフラストレーションが溜まっていたんだろうな。たしかに思い返してみれば、この世界に来てからずっと追われてるし、僕が聖剣の使い手になると言ったときもアリスは反対していたし、今日、僕がここに来ることもよく思っていなかった。つまりこの世界に来て一度も彼女の思い通りに事は運んでいなかったという見方もできる。その不満がここに来て跳び蹴りという形でポールの顔面に炸裂したのかもしれない。
「あの・・・アリス・・・」
僕は恐る恐るアリスの事を呼んだ。
「なに?」
彼女は笑顔で振り向いた。人に飛び蹴りした後だと考えるとその幸せそうな笑顔は正直怖かった。
「す、すみれ姉を安全な場所に移動させたい」
「そうね。そうしましょう」
お互いの同意が取れたところで、僕はすみれ姉のところへ向かって歩き出した。その時、何かが僕らのいる個人ビル屋上に投げ込まれた。
――――ガシャン!
「きゃ!何!?」
アリスは驚いてそういった。僕は叫び声は上げなかったものの驚愕して飛んできた物を確認する。
「痛たぁい。酷いことしますねぇ」
飛んできたのはデッラルテだった。
「デッラルテ!?」
アリスは驚いてデッラルテの名前を叫んだ。
「はぁい。デッラルテですぅ。すみませぇんアリス様ぁ。やられてしまいましたぁ」
デッラルテはニヤニヤしながらそう言った。そして次の瞬間、僕たちとは別の声がこの個人ビル屋上に響く。
「弱いなぁ。陽気なデッラルテ。宮廷魔術師というのはその程度なのか?」
イザックがこの屋上に飛び移ってきた。
「イザック・・・」
アリスは険しい顔を浮かべてイザックを睨む。イザックはそこで僕とアリスの存在に気がついた。
「ん?お前は聖剣?なんでお前がまだ自由の身なんだ?ポールは?」
そう言ってイザックは辺りを見回す。
「あそこにいるのは人質の女か?ということはあっちで伸びてるのがポールか?」
そう言うとイザックは目の前から突然いなくなった。
「!?」
僕は慌てて辺りを見回しイザックを探す。するとイザックは寝ているポールの傍らに佇んでいた。
「おい。起きろポール。・・・ああ駄目だなこりゃ」
そういってイザックは軽くポールの体を蹴った。それに対しポールはなんの反応も示さない。
「完全に伸びてる。人質を使ったのにこの体たらくとは・・・。まぁ相手が聖剣使いならしょうがないかもしれんが・・・」
そこまで言うと、イザックは僕の方をギロリと睨む。
「どうやらお前は正式な聖剣の使い手になったようだな。しかし、それだけでポールを倒せるとは思えないが・・・」
イザックの疑問を呈し、デッラルテが口を開く。
「タケル様ならぁ倒せて当然ですぅ!私の目に狂いはなかったですねぇ!」
笑顔でそう言うデッラルテにを見たイザックは頷いて口を開く。
「なるほど。これはお前の
「ここまでぇ素早く片付けてくれるとは思わなかったですがぁ、必ず倒してくれると信じておりましたぁ」
デッラルテは僕の方をみて嬉しそうにそういった。
「ポールがやられるのは不測の事態だな。だが、デッラルテが弱いのは嬉しい誤算だ。俺が聖剣の使い手を倒せば、ポールと聖剣を引きずって元の世界に戻れる」
イザックはそう言ってファイティングポーズを取る。
「アリス!」
僕はそう叫んだ。またアリスに聖剣となってもらい、イザックと戦おうと思った。だが、アリスが聖剣になるよりも早く、イザックは僕の僕の目の前に移動していた。
「!」
驚愕する僕にイザックは右ストレートを放つ。僕はなんとかその動きを見て左手でガードしようとする。しかし、イザックの右ストレートはフェイントで、本命は僕の脇腹に蹴り。
「がはっ!」
予想外の攻撃をくらい胃酸が逆流した。一瞬何が起きたか分からず、僕の体は硬直している。その僕に対してイザックは素早くジャブを2回放ち、痛みでガードが空いた僕の顔に右ストレートが突き刺さる。
「がっ!」
イザックの素早い攻撃に僕は反応することもできない。僕はイザックに殴られ無様に後ろに転がった。その僕に対してイザックは口を開く。
「ポールを撃退したのには驚いた。だが、それも聖剣ありきの話だ。聖剣を握られる前にお前を殺せばほぼ仕事は成功だ」
そう言ってイザックは倒れている僕の元へと歩き、脇腹を蹴って僕を仰向けにする。そして、馬乗りになって僕の顔を殴り始める。
「うっ!ぐっ!」
僕は何度もイザックに殴られる。何度も何度も何度も殴られる。顔面は骨折して歪み、顔は腫れ上がり、歯は何本も折れててもイザックは殴り続ける。
「・・・・・・・」
僕は最初こそは痛みで声を上げていたが、途中から何も言葉を発することができなくなりただただ殴られるだけになった。
「やめなさい!」
アリスが僕を殴り続けるイザックに殴りかかる。だが、そんな攻撃は軽くいなされ、代わりにアリスの腹部に拳が刺さる。
「ぐっ!」
アリスは痛みで膝をついた。
「大人しくしていろ」
イザックにそう言われて、アリスはイザック睨む。だが、痛みに悶ているため再び殴りかかることはできない。僕はそんなイザックとアリスの様子を見ていた。
痛いなぁ。聖剣の加護がないから傷は治らないし、その上さらに殴ってくるから顔はもうぐちゃぐちゃだ。頬骨も、顎も、鼻も、頭蓋骨もバキバキに折れて皮膚の中でごっちゃになっていそうだ。それにもうイザックの拳が右目にあたってから、右目の視力も失っている。僕は今、空っぽの頭でイザックから殴られるのを待つだけのサンドバックになっている。
"ここまでかぁ"と僕は思った。聖剣の試練を乗り越え、ポールを倒したのに、最後の最後でイザックにすべて持っていかれる。僕の努力も感情もすべてイザックに奪われる。なんて僕らしい終わり方だ。助けたい人も助けられず、いくら自分が犠牲になろうとしても、それは所詮無駄な犠牲。どこまで行っても無力な自分。どうあがいても無力な自分。
そんな自分を変えたかった。そのために聖剣の力にすがったのに結局自分は何もできない。まぁいい。どうせ僕は死ぬ。そう思った時、僕の耳に声が聞こえた気がした。
"お前・・・。本当の望みがあったじゃないか・・・"
それはあの聖剣の試練で出てきた男の子の声。
”情けない自分を変えたい。まぁチンケな望みだがまぁ良いだろう”
そのチンケな望みすら僕は叶えられなかった。
”はぁ・・・。ちゃんと自分が持っているものを使え。自分を変える第一歩はそこだぞ”
僕はその声が言っている意味がよくわからなかった。自分が持っているもの?
"ほら、その右手に持っているものだよ"
僕はそう言われた自分の右手に意識を持っていく。すると僕の手の中には固いものがあった。僕はそれを強く握ると、これが何なのか理解した。
これは柄。聖剣の柄か。
"そうだ。あとは分かるだろう?さっさと立て。こいつを倒さないとお前の望む現状維持は叶わないだろ?"
次の瞬間、僕は左目を開く。
「痛っ!」
殴られた顔面が激しく痛む。先程まで不思議と痛みを感じなかったのに・・・。
というか今日の僕は本当にボコボコだなとちょっと感傷的になるが、今はそんな事言っている場合じゃない。目の前には僕に馬乗りになっているイザックが拳を振り上げている。
僕は慌てて右手の聖剣を掴む。そうすると聖剣から僕の体に力が流れだし、顔の傷が一瞬で治る。その直後、イザックが僕の顔を殴る。当然僕の顔面は骨折したが、骨折した直後に聖剣は僕の怪我を治す。
「なっ!」
イザックは僕の顔が治ったことに驚愕した。そして僕の体を確認し、すぐさま僕の右腕に握られている聖剣を見つける。
「お前!いつの間に!」
僕はそういうイザックに向かって聖剣を振る。寝そべりながら振った剣なので当然力は無いがそれでもイザックはその剣を避けて飛び退く。
飛び退いた直後は片膝を付いていたイザックだったが、すぐさま立ち上がって叫んだ。
「何故お前が聖剣を握っている⁉聖剣は先程、殴って黙らせたのに!」
驚愕しているイザックの疑問に、デッラルテが答える。
「これが聖剣の使い手ですぅ!聖剣が使い手から逃げられないように、使い手も聖剣から逃げられませぇん!自然死するまでぇどんな状況に陥っても、聖剣は使い手を生かし続けますぅ!これが聖剣を使う代償ですぅ!」
イザックと僕はデッラルテの言葉に驚愕した。
「え!そんな代償聞いてない!」
僕はデッラルテに抗議した。
「あれぇ?言ってませんでしたっけぇ?でも、普通に考えて大きな力になんの代償もないなんてありえないことぐらいぃ想像がつきそうなものですけどぉ?」
「ぐっ!」
まるで悪徳商法のような言い草だ。
「くっ!まさかそんなルールが有ったとはな!」
イザックはデッラルテの言葉を聞いて険しい顔を浮かべている。
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