第23話 影の魔術
「なにこれ?」
ポールが新しい魔術を展開した直後、僕はいったい何が起こっているのかわからなかった。今まで嫌というほど周りに存在していた影たち、自分が持っていた聖剣、そして自分自身。それらの存在が視界から一気に消え去り、文字通り目の前が真っ暗になる。
また、聖剣のあの空間かと勘繰ったが、ここにはあの男の子もいない。ただ無限に続きそうな暗闇の空間が広がっていた。
「?」
僕がわけもわからず立ち尽くしていると、突然頭に殴られたような衝撃が走る。
「ガッ!」
僕はあまりにも突然の事で、何も言葉を発することができず倒れ込む。倒れ込んだ次の瞬間、次は腹部に衝撃は走る。
「ウッ!」
あまりの衝撃に胃酸が逆流し、口から吐き出す。僕は何が起こっているのか理解できていないが、このままでは駄目だと思い、体を起こす。その瞬間、僕の左肩から右わき腹までを爪で抉られたように皮膚が裂けた。
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
僕は叫び声をあげた。頭の攻撃、腹部の攻撃、そして鋭利な刃物で引っ搔くような攻撃。どれも突然の事だった。なんだ⁉なにが起ったんだ?
僕の怪我は聖剣の力によってすぐさま癒えるが、突然された衝撃は未だに僕の頭を混乱させている。するとまた次の攻撃、次は鋭い刃物で首元を抉られた。僕は自身の体から血が飛び出るのを感じながら思った。
これじゃあ声を出すこともできない。
次の瞬間、僕の意識は途切れる。だがその傷もすぐさま聖剣が癒す。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
僕は呼吸を乱しながら何が起きているかを考える。この攻撃はなんだ?なぜさっきから見えない攻撃をされているんだ?もしかしてとんでもない速さの攻撃をされているのか?
そう思った僕は、手に持っている聖剣をギュッと握りしめる。そうすることにより聖剣から力を引き出し、次の攻撃に備える。目はしっかり見開いてどのような攻撃をされてもすぐさま反応してやると構えた。
だが、次の攻撃が突然、僕の右頬に打ち込まれた。僕は顔と顔の骨がぐちゃぐちゃになりながら吹き飛ばされる。次の瞬間には聖剣は僕の体を癒やす。聖剣の力を引き出しても見えなかった攻撃。この暗闇空間と打撃、斬撃、爪傷などの複数の攻撃手段。そしてポールの術が発動する直前の光景。それをそれらを考慮し、一番有り得そうな可能性は・・・。
僕がそこまで考えた直後、頭の天辺に打撃が加えられる。僕は突然のことに衝撃を受けながら、打撃により頭を潰され、体は地面に打ち付けられた。意識は当然飛ぶがすぐさま復帰する。
こんなに多彩に殺されてもすぐに復活するなんて、聖剣ってすごいと内心では感心していた。それに、僕は聖剣の試練で何度も殺されているので、死んで、すぐに復活するというのには慣れている。そのおかげで僕は今、戦意を失わずに立てていると考えると、あの男の子にも感謝しなければならないなと思った。
「まぁそれはともかく・・・」
この攻撃について考えなければいけない。一番有り得そうな可能性はおそらく、ポールの魔術によって視界を奪われたと考えていいだろう。その考えが本当に合っているのかは確かめようがないが、そう考えると攻撃が見えなかったことと攻撃手段が複数あるのは納得できる。
「うわぁぁぁぁぁ!」
僕は叫び声を上げながら剣を適当に振るう。だが、剣は当然ながら空振り。そして代わりに僕の横腹に穴が空いた。
「ぐあああぁぁぁぁ!」
鋭い痛みが走る。おそらくは銃弾か・・・もしくは槍の突きかなにかなのだろう。だが、当然のように防御することも避けることも出来ない。攻撃が見えていないのならどんなに身体能力を上げても、動体視力を上げても絶対避けられない。
「くっ!」
僕は両膝を付いて項垂れる。まるで首を切られて処刑される直前の死刑囚のような格好だ。見えない攻撃をどうすれば避けられる?どうすれば反撃できる?そのことを考えていた。そんな僕の首裏を、鋭い刃がスルリと入って、首を一刀両断にした。僕は落下する首から、首が切り離された自分の体を見て、ああ、首を切られて死ぬってこういうことなんだと思った。
だが次の瞬間には意識が戻る。今回はあまりの致命傷のため痛みすら感じることはなかった。死に方にもよるけど、即死なら痛くないものもあるなぁと、思いも寄らない発見があった。だが、それを理解したところで問題が解決するわけじゃない。どうにかしなければ・・・。このまま死に続ければ、いつか本当に死んでしまう。
戦闘が始まってしまえば手持ちのカードで戦わなければいけない。僕の手に持っているカードはなんだ?聖剣と男の子と行った実践訓練、あとは聖剣から与えられた力。・・・くそっ。今まで切った張ったどころか喧嘩すらしたことがないに、こんな状況を打開するような考えは思いつかない。どうする?どうする?どうする?
僕は相手の攻撃に怯えながら頭を動かす。
痛いのは嫌だ!もう殴れたくないし、切られたくない!いつ死ぬかもわからない恐怖に震えるのは嫌だ!でもどうする?どうすればいい?僕の手持ちのスキルではこんなのどうしようもない!
「手持ちの・・・?」
僕がそう呟くと腹部に複数箇所穴が開く。さっきはわからなかったがこれはおそらく槍で突かれる攻撃を受けたんだ。傷口に穂先の残留を感じる。
そうか。槍か。そうかそうか。
「ふふっ」
僕はつい笑ってしまった。真正面からの槍の攻撃か。なるほどだったら今攻撃してくる影は真正面にいるはずだ。そうか。考えついてみれば簡単な話だった。
僕はすぐさま立ち上がり、体を前進させる。槍が深く食い込もうと構いやしない。目の前に敵がいるんだ!僕は剣を振るう。何度か空を切ったが、3度目か4度目の攻撃でついに何かに当たる。その触感を手で感じて僕は嬉しくなる。
相手の位置が確実にわかる瞬間がある。それは僕に攻撃をした瞬間だ。晴れ晴れとした気持ちになった僕は、槍を剣で切り裂いた。深く突き刺さった槍を普通に抜いていたら痛いし時間もかかるので、どこかで切ってそこから脱出した方が早いと感じた。だから僕はそうした。
次の瞬間、僕はまた頭の天辺に打撃を受ける。前回はそのまま地面に叩きつけられて、地面のシミになりかけたが、今回は倒れない。
「それは一回受けてるんだよね」
僕は頭から流れる血をペロッと舐めて、目の前にいるであろう前方に深く踏み込んで剣を真横に振るった。
「手応えあり」
僕はそう呟いた。
”さぁこい。僕を殺しに来い。”
僕は内心でそう思った直後、次の攻撃は左肩から右脇腹までの一直線、爪のような攻撃をされた。おそらく鉤爪か野獣のような相手だろう。僕は振り切られた敵の手を掴むべく前進し、おそらく腕があるであろう場所に左手を伸ばす。すると何かを掴んだ。
よし!予想通り腕をつかめた!
僕は喜びながら剣を振るった。するとまた手応えあり、この敵も切る事ができた。よし、段々コツを掴めてきた!次は?次はなに?早く来い!もうちょっとで何か、戦いのコツみたいなものを掴めそうだ。
「!」
だが、次に来たのは攻撃ではなく、ポールがすみれ姉を捕まえている光景だった。ポールは魔術を解いたようだ。
「な、何だお前!」
ポールはすみれ姉の首元を腕でつかみ、すみれ姉の体を支える。それはまるでテレビでよく見る犯人が人質に銃を突きつけながら近寄るな!と叫んでいるようなポーズだった。
「こ、こんなイカれた奴を聖剣の持ち主にしていたとは・・・。デッラルテめ・・・」
ポールは焦りを湛えた声でそういった。
「随分な悪役っぷりだね!ポールさん!」
「だ、黙れ!こんな真似・・・は、恥だが仕方ない!け、剣を捨てろ!こ、この女性の身柄と交換だ!」
ポールは険しい顔で僕にそう言った。
「わかった」
ポールの要求に僕は短く返答した。その僕の言葉を聞いて剣から慌てた声が聞こえる。
「タケル!正気!?剣を手放したら聖剣による治癒もないのよ!」
アリスの言葉に僕は頷く。
「わかってる。だけど他にやりようがない。頼む」
「頼む・・・?」
アリスは怪訝な声色でそう呟いた。僕はポールを見て口を開く。
「ただし!聖剣と交代だ!聖剣を渡したらすみれ姉の安全は保証しろ!」
「も、もちろんだ。じょ、女性を傷つけるのは気が進まない」
ポールの言葉に僕は頷いた。
「わかった」
そうして僕は剣を持っている右腕を振り上げる。
「渡すからちゃんとキャッチしてね!」
「お、お前!」
僕は全力でポールに向かって聖剣を投げる。ポールは僕の行動に驚き、反射的にすみれ姉を放して剣を受け止めようとする。聖剣はポールに向かって飛んでいく途中で、剣からアリスの姿に戻る。
その直後、自体に驚きっぱなしのポールの顔面に人間化したアリスの飛び蹴りが繰り出される。
「くたばれ!人間!」
蹴りはきれいにポールの顔面に激突し、ポールを突き飛ばした。ポールは蹴られた拍子に意識を失い、後ろに倒れ込んで頭を打った。
「うわっ。怖っ」
僕は思わずそう言ってしまった。アリスを投げるのは自分でしたことだが、ここまでひどい絵になるとは思ってなかったし、ポールが地面に頭を打った音も痛そうだった。
「無関係な人を巻き込んだことを少しは反省しなさい!この人間がっ!」
アリスは倒れたポールにそう吐き捨てた。だが、その言葉はポールさんにおそらく聞こえていないだろう。
「しかし、これでともあれ・・・」
僕が口を開くと、周りにいた影達が霧散していく。
「これで勝利だ!」
ポールの打倒、すみれ姉の救出はこれで達成。よかった。聖剣の試練で頑張った事が早速報われた。
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