第22話 待ち合わせ

 時間は夜の21時40分頃。僕は今、初めて聖剣を握った場所である繁華街を、個人ビルの屋上から見下ろしている。下では昨日の事件を忘れたように多くの人間が行き交っている。


「この世界はこの時間でもこんなにたくさんの人が出歩いているのね」


 アリスが目下の人々を見ながらそう呟いた。


「うん」


 こんな時間に繁華街を指定したのは、初めて交戦した思い出の地だったからだけじゃないだろう。ポール達は場合によってはこの人間たちを人質に僕の命を奪いに来る可能性があるとデッラルテは言っていた。


「この人達に危害を加えさせないためにも、早くイザック達を退けないとね」


 そうアリスが僕に向かってそういった。


「ほ、本当に君たちだけで来るなんて。な、舐められたものだね」


 だが、その言葉に反応したのは僕ではなかった。僕達はその声のする方へ振り返る。するとそこにはポールが立っていた。


「舐めてないわよ。心配しなくてもデッラルテは近くで控えさせてるわ」

「ふっ。まぁ当然か。し、しかしそれにしては中途半端じゃないか?ひ、1人で来いと伝えたのに2人で来るというルール破りをした割に、もうひとりは待機とは」

「そもそも私は人間じゃないから1人で来ているという文面に従ってるわ。それとも貴方は私のことを人間だと認めてくれるのかしら?」

「ぼ、僕は君が人間だろうがなんだろうか興味ないよ」

「あっそ」


 僕はポールとアリスの会話を遮る。


「ポールさん。すみれ姉はどこですか?」


 僕がそう言うとポールは僕の方を見る。


「あ、ああそうだったね。だ、大丈夫、彼女には何もしていないよ」


 そう言ってポールはパチンと指を鳴らす。するとポールの後方に大きな影が出現しその中に、影に両腕をガッチリ捕まれ、宙吊りになったすみれ姉がいた。


「すみれ姉ッ!」


 僕はすみれ姉の事を呼ぶが返事がない。顔色が悪く、息も荒くとても苦しそうだ。


「すみれ姉に何をした!」


 僕が声を荒立ててポールを問い詰める。


「な、何もしてないよ」

「嘘をつけ!そんなに苦しそうじゃないか!」

「ほ、本当に誘拐以外はなにもしていない。か、彼女は元から苦しそうだった」

「そんなわけ・・・・・・あっ」


 そこで僕は思い出す。すみれ姉が攫われる前、何をしていたのかを。たしか、朝から日本酒喰らって酔っ払ってトイレ行ってたな。


「うぅうう・・・」


 すみれ姉の口からうめき声が溢れる。


「すみれ姉!」

「頭いてー・・・呑みすぎたぁ・・・」

「・・・・・・・・」


 一同沈黙。


「なんかごめんなさい」


 僕は謝る。


「い、いや、僕の方こそ・・・。さ、攫うタイミングが悪かったね。ご、ごめん」


 ポールも謝る。あーあれは二日酔かな。朝っぱらから酒飲むから。しかもあの酔い方、空きっ腹に酒を呑んだな。


「と、とにかくすみれ姉を返してください」


 僕が気を取り直してポールにそう言う。


「せ、聖剣と引き換えだ。そういう条件だっただろ?」

「卑怯な・・・」

「な、なんとでも言え。ぼ、僕達は聖剣が取り戻せればそれでいい」


 ポールがすみれ姉の身柄を拘束している限り、立場的には僕が不利であることは変わらない。どうにかして、すみれ姉を助けなければ。僕がそう思った直後、アリスが僕にだけ聞こえる声で言葉を発する。


「どのみちここで倒さなきゃすみれ姉の安全は保証されないわよ」


 アリスのしずかで力強い声を聞き、僕は決意を決める。


「アリス!」


 僕がそう言うとアリスは聖剣の姿をになり、僕はその聖剣の柄を握る。その光景を見たポールは薄く笑って口を開く。


「や、やる気まんまんだね。でも、聖剣を扱いきれていない君じゃあ・・・」


 ポールの言葉は最後まで言い切られることはなかった。その前に聖剣で自身を強化した僕がポールに向かって斬りかかる。


「ッ!」


 ポールは驚愕の表情を浮かべて慌てて魔術を使用する。影の触手が十数本伸び、僕の体に巻き付こうとしている。僕はそれをさせないために、さらに体を加速させる。そして伸びている触手をすべて切り裂き、ポールを見据える。


「や、やるね!」


 ポールは数歩下がって、魔力を練っている。それを確認した僕はすぐさまポールに直進する。


「こ、来い!」


 ポールが向かい打ってやると構えた直後、僕は無理やり方向転換をして拘束されているすみれ姉の元へ走る。


「ね、狙いはそっちか!」


 口惜しげにポールは叫んだ時には僕はすでに僕はすみれ姉を宙吊りで拘束していた影を切り裂き、落下するすみれ姉の体を受け止めた。


「救出完了」


 僕はそう呟く。これで、すみれ姉の救出は完了したが、一刻も早く安全な場所に移動しなければならない。


「う・・・ううん・・・」


 僕がすみれ姉を逃がす方法を考えていると、すみれ姉は意識を取り戻す。


「すみれ姉!大丈夫!?」

「ここは・・・どこだ?私は一体・・・うっ!」

「大丈夫!?」


 僕が質問すると、すみれ姉は行動によって返答してくれた。


「XXXXXXXX(すみれの吐く音)」

「・・・・・・」


 一同絶句。


「あ、ああ・・・・」


 突然のことで僕は頭を抱えてしまった。これどうしよう・・・。


「あ、ああ、ま、また吐いてる・・・」


 嘔吐しているすみれを見たポールがなんの感情も込めず、ありのままの現状を口にする。またって事は捕まえられているときも何度か吐いたんだな・・・。なんかごめんよ・・・。


「あの・・・ポールさん」

「な、なんだ?」

「なんか・・・酷いことしたんじゃないかとか疑ってスミマセンでした・・・」

「い、いや、う、疑われてもしょうがないから・・・」


 ポールは目をそらし気味にそう言った。とりあえず僕は個人ビル屋上の隅にすみれ姉を移動させ、再びポールの事を睨みつける。そうするとポールはしばらく判然としない顔をしていたが、すぐさま腑に落ちて口を開く。


「あ、し、仕切り直すということか・・・。ゴホン。や、やるじゃないか。さすがは聖剣の使い手!」


 僕の意図を察してポールは僕に対してそういった。ポールは結構話の分かるやつだった。


「僕とポールさんで決着をつけよう」


 僕の提案にポールは頷いた。その事を確認すると僕は個人ビル屋上の中央に移動して剣を構える。


「じゃ、じゃあ行くぞ!」


 ポールはそう言ってきたので、僕も返事をする。


「いつでもどうぞ!」


 そう言うとポールは魔法陣を展開させ、たくさんの影を作り出す。そして次にポールは口を開いた。


「武装しろ!突撃しろ!無敵の千の古強者!目の前の敵を砕いて進め!」


 そう言うと影達それぞれに魔力が集まる。これは前回の僕が手も足も出ずに敗北した魔術。聖剣でも一撃では倒せないほどの魔力密度を持ち、その上人間のような精密な動きをするため一体一体がとても強い。


「行け!」


 ポールがそう言うと影達は僕に向かって殺到する。


「くっ!」


 僕は柄を強く握って迎え撃とうとする。

 一番最初にたどり着いた影の一体が腕を振り上げる。とても大きな腕なので、正直受け止めるよりは避けたいが、今は他の影達に囲まているので逃げ場がない。


「くそっ!」


 僕が悪態を付いた直後、影が腕を振り下ろしてくる。僕は剣でその攻撃を受け止める。そうするとカキンと金属音と共に聖剣が一瞬光り、影の腕が消え去る。


「!?」


 僕は何が置きたか分からず立ちすくんでいると聖剣から声が聞こえる。


「それで正解よ!タケル!」


 その言葉の直後に別の影が僕のところへ到着する。その影は大きな剣を振り下ろしてくる。僕はその剣を避けながら、影の足元に踏み込み、切り上げを放つ。

 すると影はスルリと切れて消え去る。


「影の魔術と聖剣ならば相性的に聖剣が有利!しかも正式な使い手になった貴方の敵じゃないわ!」


 アリスの叫び声を聞いたポールが忌々しそうに叫ぶ。


「く、イザックの読み通りになったな・・・」


 ポールはそう言うとさらに魔力を練る。するとぼくらの足元に巨大な魔方陣が出現する。


「こ、これは・・・!」


 僕は驚きで声上げる。


「ぼ、僕オリジナルの魔術空間だよ!」


 ポールはそう言って新しい魔術を展開した。

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