第21話 招待状

状況を整理しよう。


 僕は今日、ポールという男性に殺されかけた。このポールという男性はアリスを追ってきた2人の1人で影の魔術を使う。そのポールはなんとか撃退したものの、すみれ姉が人質として連れて行かれてしまった。僕はすみれ姉を救出する力を得るために"聖剣の試練"を受け、そしてその試練を乗り越えた。


「で、肝心の話をしよう」


 僕がそう言うと、テーブルに付いてパンを食べているアリスとデッラルテは手を止めて僕の方を見る。

 僕が"聖剣の試練"を乗り越えたまでは良かったものの、よく考えてみればポールの居場所がわからないので、すぐに助けに行くということはできない。


「ポールは今どこにいるんですか?」


 僕はデッラルテの方向を見てそう言った。デッラルテは食べていたパンを皿の上に置き、僕の質問に答える。


「わかりませぇん。連絡待ちですぅ」

「連絡待ちって・・・。今すみれ姉がどんな目にあってるのかもわからないのに・・・」

「ポールとイザックは人質としてぇすみれ様を攫った以上、ある程度は身の安全は保証されていますぅ。少なくとも殺される可能性は低いかとぉ」

「殺されなくったって・・・」


 僕が言葉を詰まらせる。殺されなくても今の状況で悪い想像なんていくらでも出来る。


「まぁご懸念はごもっともですぅ。しかしぃ彼らの居場所を探すことは不可能ですぅ」

「そうなんですか?デッラルテさんはすごい魔術師なんでしょう?」

「無理言わないでくださいぃ。本気で隠れているイザックとポールをぉ探すなんてどんな魔術師でも不可能ですぅ。彼らはプロですからぁ」

「でもこのまま何もしないというわけには・・・」

「何を言っていますかぁ。することはありますよぉ」

「例えば?」

「魔術知識の学習と英気を養うことですぅ。敵の出方がわからない以上ぅいつ何が襲って来てもベストコンディションで撃退できるかどうかは重要ですぅ」

「それは・・・そうかもしれませんけど・・・」


 僕は言葉に詰まる。確かに魔術知識や休憩は必要かもしれない。だが今の僕はそんな落ち着いた気分になれない。そんな僕の様子を見てデッラルテは口を開く。


「まぁでも、今一番最初にすべきことは明白でしょうぅ」

「それは・・・?」

「玄関の修理ですぅ」

「あっ・・・」


 玄関はまだ壊れたままだった。


「例えすみれ様をぉ取り戻せたとしてもぉ、家が壊れていたらがっかりなさるのではないですかぁ?」

「たしかにそうですね」

「それに仮にポールの居場所を突き止めてぇ、攻勢に転じるとしてもぉ玄関があんな状態ではぁこの場を離れられないのではないですかぁ。鍵も掛けられないですからぁ」


 そういえばそうだ。玄関どうしよう。このままじゃ誰か留守番を頼むことになってしまう。でも玄関ってどうやって直せば良いんだろう?業者を呼べば良いのかな?でも家のことはすみれ姉が全部管理しているし、修理するためのお金も僕は持ち合わせていない。すみれ姉がいない今、一体どうすれば・・・。


 僕が悩んでいるとアリスが口を開く。


「デッラルテの魔術でどうにかなるんじゃない?」

「え?魔術で直せるの!?」


 突然のアリスの言葉に僕は身を乗り出した。


「直すのはぁ無理ですよぉ。魔術はそんなにぃ便利じゃありませぇん」

「そうですよね・・・」


 僕は落ちついて椅子に座る。


「とりあえず誰も入らないようにすればいいのよね?だったら、デッラルテが土壁でも作って玄関を塞いでおけばいいじゃない」

「まぁそれならできますがぁ」


 なるほど。塞いでしまえば玄関が壊れていても誰も入れない。一時的な対策としてはそれで十分なのかもしれない。もし、すみれ姉を連れ戻して、正式に玄関を修理するとなれその時はその壁を壊してしまえばいい。そのときはデッラルテやアリスの力を借りれば壊すのは簡単だろう。


「じゃあデッラルテさん。お願いします」

「わかりましたぁ。食べ終わったらやっておきますぅ」


 そういって僕達は昼食に戻る。しばらく黙々とパンを齧っていると玄関口からカーというカラスの鳴き声がした。そのカラスは僕らがご飯を食べているダイニングに飛んできてテーブルの上に止まった。


「おやぁ。玄関から入るとはこちらの世界のカラスは礼儀正しいですねぇ」


 とデッラルテは言った。そんなバカな。たまたま玄関が壊れてたからそこから迷い込んだだけじゃないかなと言おうとしたが、カラスが紙のようなものを咥えているのが目に入る。


 僕がその紙を掴むとカラスは紙を放して、また玄関に飛び去っていく。


「礼儀正しいと言うかぁよくしつけられてますねぇ」


 デッラルテは感心したようにそう呟くと、続いてアリスが口を開く。


「いやいや。馬鹿なこと言わないでよ。どう考えてもあれは使い魔でしょう?気づいているくせにわざとわからないふりしないでよ」

「おほほっ!ちょっとしたいたずら心ですよぉ!」


 誰に対するいたずらなのかはこの際聞かないようにするとして、僕はカラスが持ってきた紙を広げる。そうするとギリシャアルファベットによく似た文字のようなものが書いてある。


「えっと・・・?これは?」

「え?何?貸して?」


 僕が疑問を口にするとアリスが手を伸ばしてくる。僕はアリスに紙を手渡した。


「ああ、これ。私達の国の文字ね。ええと、この世界の言葉に訳すと・・・"今日の22時、最初に戦った明るい街に聖剣の使い手が1人で来い"」

「時間と場所の指定ぃですねぇ」

「そのようね。どうする?」


 アリスが僕にそう尋ねてきた。


「すみれ姉が人質になっている以上、従う他ないけど・・・。僕一人じゃあ・・・」


 僕一人がノコノコと指定の場所に行ったところでポールの目的が僕の殺害である以上、無力な僕は殺されてしまうのは確定だろう。そうなるとすみれ姉を助けることができなくなる。僕と引き換えにすみれ姉を開放してくれるような相手ならいいのだが、最悪利用価値が無くなったすみれ姉をその場で殺してしまうかもしれない。


「なるほどぉ1人でですかぁ」

「ええ。そうね」


 デッラルテとアリスは頷きながらそう言った。そして続けてデッラルテが口を開く。


「こうなるとやはり、聖剣の試練を受けて置いてよかったですねぇ」

「・・・・そうね」


 デッラルテはニヤリと笑い、アリスは顔をしかめている。


「どういうこと?」


 僕が2人に対してそう質問する。アリスと2人で行くならともかく、僕一人で指定の場所に行くならば聖剣が使えようが使えなかろうが関係ないのに・・・。


「いやぁ1人で来いということはぁ、つまりタケル様がアリス様をぉ持って来いってことでしょう?」

「え?ああそうか!アリスは人間じゃないんだっけ?」

「え?そこ?」


 アリスは驚いたような呆れたような顔をした。いやいやそんな顔されても僕はまだ物が人間の形を取って自律行動する現象に慣れてないよ。魔術だって存在しないものだと思ってたのに・・・。


「イザックとポールにしてみればぁ、私の存在が排除すればぁまだ可能性があるとぉ思っているのでしょうぅ」

「そうかもね」

「しかしぃ聖剣の正式な使い手になられたぁタケル様ならぁ2人を退けてすみれ様をぉお助けすることは十分可能ですぅ」

「そうだけど・・・」


 アリスは険しい顔を僕に向けた。


「タケル。何度も言うけど私とデッラルテが行ってもいいのよ?これは私の責任だもの。貴方が命をかける必要はないわ」

「でもそうなれば、高い確率でアリスが連れて行かれるんでしょう?」

「それはそうだけど、私は抵抗するつもりだから必ず連れて行かれるわけではないわ」

「元の世界に帰りたくない気持ちは分かる部分もあるし、今の僕は聖剣の正式な使い手だよ。つまりは君のペア。ペアが困ってたら助けるのは普通でしょ?」

「今回の件で言えばそんなことないわ」


 アリスがそう言うと、デッラルテが口を開く。


「アリス様ぁ。もしアリス様が連れて帰られる事になったらぁ、正式な使い手であるタケル様も排除される可能性はありますぅ。だからもうタケル様には行くしか選択肢はありませぇん。それを承知でタケル様は正式な柄手になることを望んだんですぅ」


 うーん。助けに行くことは望んだんだけど、どのみち排除される可能性があるところまで考えてはなかったのに、あたかも僕がそれを理解していたかのように言われるのはなんか釈然としない。いや、深く考えていなかった僕も悪いんだけど、なんか騙されて陥れられた感があるんだよなぁ。


「それは・・・そうかもしれないけど・・・」


 アリスはデッラルテに丸め込まれようとしている。


「良い方に考えてくださぁい。タケル様がポールを倒し、すみれ様を救出すれば形成は完全に逆転。私とタケル様でイザックを追い詰めることができますぅ。そうなればタケル様もすみれ様も無事にもとの生活に戻ることができぃ、さらにはアリス様もこの世界に留まることもできますぅ。そうすれば大団円でしょうぅ?」

「・・・・・そうね」


 アリスは苦虫を噛み潰すような表情をした。そして僕の方を向き口を開く。


「貴方を利用する形になってしまったけど、もしよければ私に力を貸してくれる?」


 アリスは僕にそういった。それに対する僕の答えは決っている。


 僕は現状を保留にしたいと男の子に言った。それは今の生活を守りつつも、知り合ってしまったアリスが辛い目に遭わなくても良い現状の保留。そのために僕はあの場所から戻ってきたんだ。とりあえす今はできることをやろう。


「こちらこそ。力を貸して」


 僕の返答を聞いたデッラルテは笑いながら頷いた。


「決まりですねぇ。時間まではあと7時間ほどぉ。とりあえず英気を養うために一睡しておきましょうぅ?」


 デッラルテはそう提案してきた。

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