第18話 本当の望み

「・・・・・・・はっ!」


 だがすぐに意識を取り戻す。


「なんで・・・?」


 僕は疑問をそのまま口にする。確実に僕は斬り殺されたはずだ。だが今の僕は死ぬどころか、先ほど斬られた怪我も消えている。すると男の子が僕の疑問に答える。


「そりゃあ、ここは聖剣の中とも言える場所。だから、聖剣がお前の体を治しちまう。良かったな死ななくて」

「・・・・・・・」

「ああ、死んだほうがよかったか?」


 この男の子はどこまで僕の心を見透かしているのだろうか。先程の問答も僕自身が気づいていない心の奥底を汲み取って言った言葉なのかもしれない。


「死んだほうがよかった・・・か・・・」


 一回死んでみて・・・正確には死ぬ想いを得て生還したことで、僕はすこし頭を冷やすことができた。僕はすみれ姉を助けたかったのはすべて自分の為。死ぬ理由を格好付けたいという気持ちがある。僕は体に力を入れて立ち上がる。


「死にたかったとしいても、やっぱり死に方は選びたいよね」


 僕は誰にともなくそう呟き、先程手放してしまった聖剣を拾いに行く。


 そう、死にたかったと言ってもどのような死に方でも良いわけじゃない。出来るなら自殺とかじゃなく、これで死んだなら仕方ないというような死に方で、その上誇らしい死に際だったなら言うことなし。自殺だと僕の死体を片付けさせる手間をかけてしまう。その点において異世界の人間に殺されるというのは他殺だし、運が良ければ僕の死体を片付けてくれるかもしれない。そういう計算が働いたのだ。


 まぁ、穴だらけの計算だけども・・・。


「そういうものか?僕はそもそも生きてないからな。死んでみた感じどうだった?」


 男の子はそう聞いてきた。


「いや、厳密に死んだわけじゃないからわかんないよ」

「そりゃそうだが・・・」

「でも君のお陰で少しわかった気がする」


 僕がすみれ姉を助けに行く理由も、あの時アリスを助けに行った理由も同じだったんだ。それにデッラルテや男の子が僕の動機に口を出す理由も。でも僕は気が付いた。それだけじゃなかった。


「何をだ?お前が死にたがりだってことか?」


 それもある。そのことを認めると僕の気持ちは綺麗に整理できる。だけどそれだけでなく、死にたいと思う先にある理由に気が付いた。


「死ぬのは手段だよ。これこそ当然の話だったんだ」


 僕は本心では死にたかった。だけどそれを家族が悲しむとか、後処理が面倒そうだとかなんやかんやの理由を付けて避けてきた。そして、今回はすみれ姉のためとか言って死んでも大丈夫な理由・・・・・・・・・・を見繕ったんだ。僕に対してデッラルテや男の子が僕の"助けに行くのは当然"という言葉に疑問を呈してた理由がこれだったのだろう。

 だけど死ぬのは手段。あくまで僕は・・・


「僕は死ぬことで現実から逃げたかった。そして救われたかったんだ」


 死ぬことでの逃避。辛い現実をリセットしたかった。それこそが僕が死を望む理由だ。僕がそう言うと男の子は口を開いた。


「え?そんな結論になるの?マジで?」


 男の子は驚いた顔をしている。僕も呆然として少年に質問する。


「え?いや。僕のこういった内面を読み取って色々問うてきたんじゃないの?」


 いやなんで驚いた顔してるんだよ。さっきはあんなに物知り顔だったじゃないか。


「いやいや。家族を助けるのが当然とか綺麗事言いやがって嘘くせぇなと思ってただけだけど」

「聖剣のくせに擦れたガキみたいなこと言ってる!」

「いや僕は聖剣じゃなくて今まで聖剣を握ってきた人間の心の欠片だから別に聖剣自体ではないんだ。だから擦れたガキでも問題ない!」

「さらに自分を正当化し始めた!君が聖剣じゃなかったら"聖剣の試練"ってなんだよ!」

「いや実はこれって僕が個人的な趣味でやってることで実は試練とは関係ないんだよ」

「これからが本当の"聖剣の試練"だとかドヤ顔で言ってたじゃん!」

「言ったっけ?」


 ついにとぼけ出した。


「うーん。実は持ち主を過去を聖剣に汲み取らせるってだけのビギナー向け"聖剣の試練"だったから実はあれで終わってたんだ。良かったな。もう合格だったぞ」


 ビギナー向けってなんだよ!ベテラン向けもあるのか?それがデッラルテが言っていたやつか!というかデッラルテに嘘つくなよあのおっさんとか内心で思ってたけど、デッラルテ自体は本当のこと言ってた。ごめん!デッラルテ!貴方は間違っていなかった!


「でもある意味じゃこれも必要な試練だろ?おまえに剣術の心得なんて無いから」

「そりゃそうだけど・・・」

「だからほら!持ち主に聖剣を持つに足る実力があるか確かめてたんだよ!ほら!試練っぽいだろ!」

「試練っぽい・・・」


 まあ、たしかに剣術とかも知らないし、斬られた痛みとかも知らなかったから、ある意味これから戦うという事を考えると必要な作業・・・なのか?


「まぁ聖剣を持ったら誰でも最強なんで、別に剣術の心得とかいらないと言えばいらないんだけど」

「前言撤回も早い!」


 僕がそう突っ込むと、男の子は剣を構える。


「まぁそれは置いといて、続きやろうぜ。どのみち必要だろ?今のお前には」

「うーん。まぁ」


 必要・・・かもしれないけど・・・。


「じゃあ構えろ。僕がおまえに追加で試練をくれてやる」

「正直、丁重にお断りしたい気持ちもある」


 僕がそう抗議する間に、男の子は僕に近づいてきて剣を振るう。僕はその剣を受け止めると、男の子は蹴りを放ってくる。二度目の攻撃なので僕はその蹴りをガードできた。


「いいぞ!剣先から意識を向けながら、相手の全身の動きを把握しろ!」

「そんな無茶苦茶な!」

「それができないと話しならない!対魔術師戦闘になったら、こちらの攻撃手段が両手両足だけとは限らないしな!」


 そう言いながら僕たちは剣を交わし合う。


 それから10回も20回も斬り裂かれながらも何度も僕は男の子に挑戦し続ける。僕を斬りつけるにつれて男の子のテンションはどんどん上がっていき、ずっと楽しそうに僕を殺し続ける。


「もう70回ぐらいは死んでるなぁ!」

「情けないんでもう数えないでくれる!?」


 男の子は上機嫌になって僕を斬り続ける。この世界にいるうちは怪我も治るし、体の疲れもないため永遠と殺され続けることになる。おそらく地獄というのはここのことを言うのだろうと僕は思っている。


 そんなとき、男の子は僕に質問してくる。


「お前は死にたいとか、死ぬ理由に丁度いいだとかそんな事を言っていたな!」

「え、ああ。うん」


 確かにそれは僕が望んだことだけど、人から聞くと結構痛いな僕。あんまり人にこういうことバレ無いようにして生きよう。


「だが、お前は間違ってるぞ!お前は考え過ぎなんだよ!聖剣だぞ!すべてを凌駕する力だぞ!そんなの楽しまないと損だろ!お前や今までの使い手だって、誰かを守るためだとか、正義の為だとか小癪なことを言いやがったが、詰まるところ聖剣を求める理由は一つしかない!大きな力を得るのが気持ちいいからだ!誰かを助けたいとかそんなもんは後付けに過ぎない!弱きを助けるなんて自分が認められたいからだろ!?死に場所を得たいだとか復讐したいなんて自己満足だろ!そんな後付け理由は何でもいいんだよ!ただ気持ち良くなりたいから人間は力を求める!」

「そ、それはそうとも限らないんじゃないかな」


 僕は反論しようとしたが、反論に足る持論は持ち合わせていない。


「いいや限るね!お前だってそうだ!死にたいと思うのは勝手だ!だがなんでお前は聖剣を求めた?力を求めた?ただ殺されたかったなら適当な棒でも持って戦いに行けばいいじゃないか!」

「確かにまぁそれは・・・考えたけども・・・」

「力を得るのは気持ちがいいぞ!お前をないがしろにしてきたやつを全員ぶっ殺せる!証拠も骨もの残さないでこの世から消せる!お前が手に入れようとしてる力はそういう力なんだよ!そういう風に聖剣を使ってみろ!」


 男の子は笑いながらそう叫んでいる。


「力があったってそんな使い方はしないよ」


 僕は声を荒げることなく反論した。本当は力強く反論したかったが、その提案をハッキリと拒絶できるほど僕は自分に自信がない。僕の中に確かに一泡吹かせてやりたいという気持ちはある。


「何故だ!自由に振舞えるぜ!うまく使えばこの世の王にだってなれる力だ!」

「王になって興味はない」

「王に興味なくったって力を得れば人生いくらでも楽しめるぜ。金も女もいくらでも手に入れられる!なんだったら調和だの世界平和だって叶えてチヤホヤされることだってできる!」

「・・・・・・・」

「願っていいんだぞ。人間は自分の欲を満たすことで生存してきたじゃないか!飯を食うために狩りをして、女を抱くために競い合って、生き残るために奪う!それのどこが悪い!生きるとはそういうことだろ!」

「それは・・・そうかもしれないけど・・・」


 確かに力があれば支配しようが仲良くしようが思いのままだ。一方、弱者は何も選べず損を押し付けられる。不当な扱いを受けたり、虐げられたりしていてもやり返す力がないから泣き寝入りしかない。


「自由に生きようとして何が悪い!意志ある生物はすべてそうやって生きてきているだろ!」

「でも、誰かを助けようと奮闘する人もいる」

「それだって力があるからそれを選べるんだ!弱者は所詮お互いを助け合うととも出来ない!他人に優しくすることも力あるものの特権だ!」

「それは・・・そう・・・かもしれないけど・・・」


 僕は自信なさげにそう言った。男の子は更に僕を問い詰める。


「というかお前はムカつかないのか!お前を虐げてきた全員に復讐できるぞ!とても簡単に、しかも苦しめて殺すことだってできる!お前が求めている力は、聖剣とは名ばかりのただの暴力だ!」

「・・・・・・・・」


 僕はついには全く反論できなくなる。それは違うとさえ言えなくなった。だってその通りだと思ってしまった。他人が優しくするのも、優しくするための余裕がないとできないはずだ。かつて僕がA君を庇ったときも、僕が虐げられていない幸運な子供だったから出来たことだ。


「望みを言え!全部叶えられるぞ!」


 僕の望み。僕の望みは救われること・・・。だけどそんな事を聞かれているわけじゃない。もっと具体的に、一体どうすれば僕は救われるのだろうかということを聞きたいのだろう。

 それは僕をいじめてきたやつに仕返しすること?それとも誰かを助けて尊敬されること?

 確かにそういう事が出来れば僕の人生はすこし生きやすくなるかもしれない。苦痛を忘れられるかもしれない。


「僕の望みは・・・・」


 僕が口を開くと男の子は興味津々でこちらを見ている。


「望みはなんだ・・・?」


 男の子の質問に対する僕の返答は・・・。


「わかんない」

「は?」


 男の子はキョトンとした顔を浮かべる。

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