第17話 本当の試練

《ルビあり》

「これで47回目!もうすぐ切り良く50回死ねるぞ!」


 男の子はそう叫びながら切り込んでくる。


「いや死にたくないんだけど!」


 僕はそう抗議しながら剣を受ける。そのやり取りがもう何十分も続いている。


「集中力を切らすな!剣先は常に意識していろ!」


 男の子はそう言って僕の剣を払っては、僕に剣を突きつける。


「これで48回目。後2回だ頑張れ」

「後2回死んだら何かあるの?」

「あるわけ無いだろうが」


 そりゃそうですよね。だって今の状況、完全にこの男の子に稽古をつけてもらってる状態だ。試練と自分で行っていたのになんでわざわざそんな事をしているのがよくわからない。もしかしたら、後から多額の稽古料を請求されたりするんだろうか?アリスはこの世界のお金持ってなさそうだし。


 僕がそんなふうに考えた直後、男の子は僕の剣を弾いて懐に飛び込んでいた。


「おいおい。集中力を切らすなと言っただろ?」

「ん。ごめん」


 僕は素直に謝った。今のはほんとにごめん。余計な事を考えていた。ともあれ、これで49回目の死亡。もう一回打ち込まれると晴れて死亡回数は50回を数える。といっても男の子の攻撃は全部寸止めなので僕は未だ無傷の状態ではあるが。


「お前、想像以上に筋が悪いな。やる気あるのか?この試練をクリアしないとお前の姉貴を助けに行けないんだぞ」


 男の子は呆れたようにそういった。


「あるよ!」

「本当か?にわかには信じられないな」

「・・・・・・・・」


 デッラルテといいこの男の子といい、僕が本気かどうかをやけに気にするな。そんなに僕はやる気が無いようにみえるのかな。


「なぁ、別にお前がいかなくても良いんだぞ?だって、今回の件はアリスのせいじゃないか」

「でも、すみれ姉が連れ去られたから助けに行かないと」

「それだってアリスが行けば解決する話だぞ?わざわざお前が行く必要はない」

「アリスはともかくデッラルテはすみれ姉を見捨てることにためらいがないはず。だから僕もいかないと」

「よく考えろ。デッラルテは常にアリスの意向を優先させてきたじゃないか。今回もアリスを優先させてお前の姉貴の無事を優先させるはずだぞ」

「でも、今回もそうとは限らない」

「そもそもの話、なんでお前の姉をお前が助けに行く必要がある?」

「それはすみれ姉が家族だから・・・」

「家族なら助けに行くのは当然と言っていたな。なにが当然なんだ?」

「それは・・・・」


 助けに行くのは当然だと思っている。それが義務だとも。


「まぁ別に助けに行くのが当然だという事に文句を言うつもりはない。家族は大切にすることは素晴らしいことだし、尊いことだ。だが、お前は違うだろう?」

「違うって・・・?」

「別に家族を助けるのが当然だと思っているわけじゃないだろう?"お前は自分の両親を見限って家を出た"んだからな」

「見限ってなんかいない」

「そうか?じゃあ恨んでいたんだな。自分が苦しかった時に助けてくれなかったことを」

「恨んでない。昔はそういう感情が全く無かったとは言えないけど、少なくとも今は恨んでない。だって誰も解決できないどうしようもない話じゃないか」

「そうだな。どうしようもない話だ。でもだからってお前は誰からも助けてくれなかったのに、お前は誰かを助けるってのはフェアじゃないよな。この世は困った時はお互い様というすばらしいお言葉があるが・・・」

「両親だってすみれ姉だって助けてくれたよ。じゃないと僕はこの家にいなかった」

「それはそうだ。だがそれはお前がそういう状況に追い込まれたからじゃないのか?」

「追い込まれたのは自業自得だよ。僕が愚かで傲慢な振る舞いだったから・・・」

「本当にそう思っているか?」

「・・・・・・思ってるよ」


 僕が歯切れの悪い返事を言うと、男の子はうんうんと頷いた。


「そうか。それなら良いんだ。じゃあ続きをやるぞ」

「・・・・・うん」


 僕は釈然としないながらも剣を構える。次の瞬間、男の子は間合いを一気に詰め、剣を振り上げて僕を切ろうとする。もう何度も行われたやり取りなので、筋の悪い僕でもその剣を防御することは容易かった。だが、剣が振り下ろされることはなかった。代わりに僕の横腹に蹴りが入れられる。


「ガハッ!」


 僕は驚きと痛みで思わず剣を手放し、蹴られた部分を手で覆う。その行動を見た男の子は冷静な様子で口を開く。


「戦いの途中で剣を手離すなよ」


 そう言って痛みにのたうち回る僕に近づき、剣を振り下ろし僕の腹まで切り裂いた。


「ガァ・・・・」

「これで50回・・・いやこれじゃあ死なないな」


 僕の体から大量の血液が飛び散る。今まで感じたことのない痛みで僕は体を動かせず倒れ込む。


「ぐっ!・・・・はぁはぁはぁはぁはぁ!」


 呼吸をするだけでも激痛が体に走るため呼吸は浅くするが、それではちゃんと息を吸えないので何度も何度も素早く吸って素早く吐く。


「じゃあ記念すべき50回目のトドメ、行っとくか」


 男の子はそう言ってゆっくりと近づいてくる。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 なんだこれなんだこれなんだこれ!痛すぎてもう何も分からない!どこを切られたのかももうわからない痛い痛い痛い。


 男の子はゆっくりと剣を振り上げる。

 あれが振り下ろされたら死ぬ!死んでしまう!嘘だろ!なんで!?死ぬ死ぬ死ぬ!死ぬのは怖い!!なんで僕がこんな目に!なんで!?なんで!?


「ふぅ。お前に時間を掛けたのは無駄だったな。お前じゃあ聖剣は握れない」


 なんで自分がこんな目に合わなければならないのかを考える。ただ僕は姉の命を救いに行きたいと願っただけじゃないか。それなのになんでこんな仕打ちを受けている?こんな"試練"になんの意味がある?


 剣術が達者でなかろうと、僕がいくら弱かろうと聖剣が力を与えてくれる以上、この剣を握って奴らに戦いを挑めばそれでよかったじゃないか。この力さえあれば勝算は高いはずなのに。いやこの際、勝てるかどうかなんて関係ないか。聖剣という手段がある以上は、その剣を使ってでもすみれ姉を助けに行かなければ、僕は自分が卑怯な人間として・・・。


 それを避けるために僕はだとわかっていても聖剣を携えて追跡者に挑むことが必要だ。それは義務とも言いかえられる。そのためにこんなこの試練に自ら臨んだが、よくよく考えれば別に正式な聖剣を使い手になる必要なんてない。ただ、一回、敵に向かって特攻できればそれですべては解決するはずだ。その後の結果なんて死んだ後には関係ないんだから。大事になのは助けに行ったかどうかでしかない。


 だけど僕はここで死ぬ。すみれ姉を助けに行くこともできず、やる必要のあるか不明の聖剣を使いこなす試練を受けてしまったがゆえに僕は死んでしまう。


 完全なるバットエンド。ゲームで言うと一番最初の選択肢で間違えてそのまま死んでしまうというようなエンディング。物語の核心に触れることもなく終わってしまうようなしょうもない終わり方。

 でもそれでいいのかもしれない。所詮僕にはどうすることもできない事だったんだ。だって僕はヒーローになんてなれるような人間じゃない。せめて、助けに行くという格好だけでもしたかったがそれもできない。そうだ。仕方ない。僕にはできなかったんだから仕方ない。


 ヨカッタヤットシネルンダ・・・・。


 不意に、僕の頭の中でその言葉がよぎった。その言葉に僕は自問自答をする。やっと死ねる?いやいや僕は別に死にたくなんてないはずだ。そのために今、聖剣を使いこなすための試練を受ける。勝てるはずもない敵と戦うために。いくら生きていてもしょうがない人生だと思っていても、死にたいとは思っていない。だって、死んでしまったらみんなが悲しむじゃないか。ぼくを産んで育ててくれた両親や、住む場所をくれた親戚、そしてすみれ姉。それら全員に対する不義理になるじゃないか。


「"お前は自分の両親を見限って家を出た"」


 その時、男の子の言葉を思い出した。そうだ。そもそも僕は両親と一緒に暮らしたくなくて家を出た人間。だった今更不義理をしたって別に罪が重なるだけ。まぁ伯父さんや伯母さん、すみれ姉には申し訳ないと思うけどこれはしょうがないことだ。


 そうか、そういうことだったのか。僕がアリスを助けたのもすみれ姉を助けに行こうとするのも僕が死ぬためだったんだ。僕はこの世界に嫌気がさしていたけど、自分が死ねるほどの度胸がなかった。そんな中でアリスと出会い、僅かな時間でも行動をともにする内に僕は死に場所を見つけたような気になっていたんだ。すべて自分の為だったんだ。


 僕がそう思った直後、男の子は剣を振り下ろす。僕の心の内には不思議と喜びが広がっていた。そして僕の意識はそこで途切れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る