第16話 歪んだ心

 中学生になるといじめは一旦落ち着いた。だが、いじめっ子というのはいじめられっ子気質を持っている人間を目ざとく見つける。


 はじめの数カ月は平穏に過ごしたが、半年過ぎた頃にはもう僕は孤立していた。中学にもなるといじめの内容もより過激になる。憚ることのない悪口で仲間内と笑いあったり、校舎の影で殴る蹴るなんて当たり前。無意味に土下座させられたり、その画像を撮られたり。とにかく自己肯定心はズタズタだった。


 ただ、中学生になると人数も増えるため、僕と似たような境遇のグループで集まって孤立を避けたり、いじめっ子に遭遇しないように逃げ回ったり、物が壊されてもいつものことかと諦めたりする自己防衛の手段をいくつかの対策を行い、小学生の頃より幾分マシな生活を遅れた。


 そんな苦しい日々が3年続いてやっと中学を卒業する直前まで来る。正直、学業はほとんど手につかなかったので、良い学校には行けなかったが、とにかく地元を離れたかったのでその事を両親に相談することにした。


 僕はいじめの件に関していまさら両親に期待はしないが、対して学力の大して変わらない他の街の学校に行く事に対しての理由は必要だったので、いじめの件を話しに上げ、どうしても他の場所の学校に行って再スタートしたいという旨の言葉を伝えた。半分ぐらいはどうせ却下されるんだろうな期待していなかったが、返ってきた返事は僕の思いも寄らない言葉だった。


「辛かったね。気づいてやれなくてごめんね」


 僕は面食らって、今両親が何を言ったか理解できなかった。気づいてなかった?小学の頃に相談しただろ?辛かったね?ごめんね?は?


 僕はその言葉を聞いた時は怒りがこみ上げてきた。今までどんなに辛いと言っても"お前が弱きだから"で済ませていたにいまさらか?学校に行きたくなくても、体が思うように動かなくてもとりあえず学校に行けとか言っていたのにいまさら僕を憐れむのか?しかもそんな心底悲しそうな顔をして?いまさら?いまさら?


 いまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらいまさらなに言われたってもう遅せぇよ!ふざけんなよ!今まで見て見ぬ振りしてきたくせに今更善人ズラかよ!こんなタイミングでそんな事言われるなんてそれこそ困るわ!嫌がらせかよ!もういっそテメェらが死ぬまで気づかないままのほうが良かったわ!優しい言葉なんて一ミリも期待していなかったんだからせめてそんな自己満足のセリフを言わないぐらいの協力をしてくれよ!


 と内心は思っていたが、僕は怒りを顔に出さないように努力した。


「ううん。大丈夫」


 それが僕の精一杯の言葉だった。


「ああわかる。憎んでる相手がいきなり優しくなると混乱するよな。相手のことをどう思えばいいかわらか無くなってすげぇストレス溜まる」


 僕と瓜二つの少年は僕の気持ちを解説してきた。そう言われて僕はその時の自分の心情を理解する。なんで苛立ったか自分でも解ってなかったけどそういうことだったのかぁ。


 ともかく、その時両親が手を回してくれた結果、すみれ姉の家に厄介になることが決まり、地元とは違う街の学校に通うようになる。その結果再スタートを切れたという意味では両親やすみれ姉には感謝している。


 今までの教訓を活かして、高校では上っ面の表情も出来るようになったし、友だちもできたし、いじめられるような境遇にはなっていない。めでたしめでたし。


「だったら良かったけどなぁ」


 僕と瓜二つの少年はそう言ってニヤリと笑う。


「だったら良かったって、この話はこれでハッピーエンドだよ。ありきたりな絵本のくだらないハッピーエンドみたいでいいじゃん?」


 僕は口をとがらせてそう抗議した。対する男の子は笑顔を崩さず口を開く。


「一度歪んだ心って一生戻らないんだぞ。高校生活始まって数ヶ月しか経ってないならなおさらだ」

「そうだとしても、そんな事を気にして生きてたってしょうがないじゃないか。僕は一生本心を隠して、取るに足らないくだらない人生を歩んでいくんだよ」

「まぁそれでもいいがな。とにかくこれで"聖剣の試練"準備段階は終了した」

「え?これが準備段階なの?結構辛かったけど」

「いや、これごときは試練とは言わないだろ。ただの思い出話さ」

「今までが準備段階なら、いまからはどうするの?」

「まぁ焦るなって。今から説明するから」


 そう言って男の子は手の平を上にして、両手を前方へ伸ばした。すると両手の平から青い炎が現れ、剣の形を作る。そしてその炎が燃え尽きるうと、そこから同じ形状の聖剣が2振り出現する。


「それは?聖剣?」


 僕がそういうと男の子は首を横に振る。


「これは聖剣の形をしているが本物ではないから、アリスという人格は宿っていない。だがこの世界においては聖剣と同等の力を出すことが出来る」

「なるほど。それでどうするの?」

「ほれ。一本持て」


 男の子は抜き身の剣を投げてきた。僕は慌てて剣をキャッチする。


「うわわ!あぶなっ!」


取り乱している僕を見て男の子は笑った。


「大丈夫だよ。聖剣は使い手が切りたいと思ったものしか切れない。ただの業物とはわけが違うんだ」

「だからって刃物を投げられたらビックリするよ・・・」


 そう言いながら僕は柄を握る。


「それで?これで何をするの?」

「いやいや。ここまで来たら分かれよ。これで切り合うんだよ」

「え?」


 デッラルテは聖剣を握って戦うことないって断言していたのに!あのおっさんまた謀ったな!


「早い話が聖剣を使いこなせることを証明しろってこった」

「いやいやいや・・・」


 僕が男の子の発言に反論しようとした瞬間、男の子は突然僕の目の前に移動していた。


「え?」


 僕はあっけにとられて棒立ちになっていた。男の子は聖剣で僕の肩をポンと軽く叩いた。


「はい。これで一回死んだ」


 男の子はいたずらっぽく笑ったと思うと、再び僕から距離を取る。


「おいおい。力を示せって言っただろ?そんなんじゃ試練に合格できないぞ」

「あっ・・・うっ」


 男の子の非難に反論の言葉は見つからない。今、男の子が殺す気で僕を剣を振るっていたら今ので死んでいた。


「まぁ今のはいきなりだったし仕方ないか。だが今からは注意しろよ。今、お前の前でお前の姿を取っている僕は今まで聖剣を握ってきた人間の記憶を持っている。つまり、今まで聖剣を作ってきた人間の技や動きを習得している」


 なるほど。聖剣を握った人間の記憶を・・・。だから僕の記憶を見ているとき、この男の子は自分の記憶のように語っていたのか。


 僕がそう考えていると、再び男の子が一瞬で間合いを詰める。そして剣を振り上げてゆっくりと振り下ろす。僕は慌ててその攻撃を剣で受ける。


「そうそう。初めて攻撃を防げたな。その調子だ」


 男の子は嬉しそうに笑う。極めてゆっくりな攻撃だったので"そりゃ今のは誰で防げるでしょ。馬鹿にして"と思ったが口に出せなかった。良く考えたら馬鹿にされるほどの実力差がこの男の子の僕の間にはあるのだ。


「次も行くぞ」


 そう言って男の子はステップを踏んで僕の右側に移動する。そして僕の顔に向かって突きを放つ。これもゆっくりとした攻撃だったので僕は何とか剣で防ぐことができた。


「いいぞいいぞ!次はもっと早くするぞ!」


 男の子はそう言って素早く僕に対して袈裟斬りを放つ。先程よりは速い攻撃だったがこれも防ぐ。続いては男の子の左下からの切り上げ。僕はこれを躱す。


「打ち込んできてもいいぞ!これは真剣勝負なんだからな!」


 男の子は笑いながらそう言った。なにが真剣勝負だ。真面目じゃないのはそっちのほうだろと僕は思ったが、真面目にされたら一瞬で八つ裂きにされているのは容易に想像出来たので反論できない。

 

「この!」


 僕は自棄になって男の子の剣を払い、男の子に向かって袈裟斬りを行う。が、男の子は僕の剣を受け流し、その動きで左足を僕の又に踏み込ませ、そして次は剣先を僕の首元へ突きつける。


「これで2回死亡」

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