第15話 聖剣の試練
僕たちは庭に出た。
「"聖剣の試練"と言っても聖剣を握って戦うとかぁそういう内容ではありませぇん。それはぁ別の試練ですぅ」
「やっぱりあるんだ!そういうタイプの試練!」
デッラルテは相変わらず笑っている。
「本当にやるの?」
アリスは僕に近づきそう問うてきた。
「うん」
僕はアリスの質問にそう答えた。するとアリスが口を開く。
「正直言って貴方が助けに行く必要はないのよ。これは私の責任だもの。私が必ず貴方のお姉さんを連れて返ってくる」
「だけど、その代わりにアリスが元の世界に連れて行かれる。それは僕にとっても嫌だし、アリスも帰りたくないだろ?」
「そうだけど・・・」
「これしか方法がないとデッラルテも言っていた。だからやってみようと思う」
「うん・・・わかった」
そう言うとアリスは口を噤んだ。代わりにデッラルテが口を開く。
「さぁご覚悟はよろしいですかぁ?」
デッラルテは僕にそう問うた。僕は頷く。
「よろしいぃ!ではぁアリスさん!お願いしますぅ!」
デッラルテがそう言うとアリスが頷いて僕の前に立つ。僕は緊張と共に、当然のように仕切っているデッラルテに対してお前は何もしないんかいと心の中で思ったが、それは口に出さないでおく。そういう雰囲気じゃないし。
「じゃあタケル。行くわよ。目をつぶって」
「わかった」
そう言って目をつぶった。その直後、僕は耳はなんの音も拾わなくなる。
「!?」
驚いて目を開けると僕は暗闇の中に居た。辺りを見回しても、目に映るのは無限のように続く暗闇だけ。
「アリス!デッラルテさん!」
僕は2人の名前を呼んだが返事はない。それどころかなんの音も聞こえない。無音の暗闇の世界だった。これは一体どういうことだ?
何もわからない状況だが、ぱっと思いついたのは宇宙飛行士の訓練。宇宙飛行士は宇宙という極限状態を耐え抜くために、暗闇で何日も過ごすという訓練があるそうだ。内容は暗闇の中で過ごすだけだが、その訓練はとても過酷らしく、慣れていないものなら精神を病む可能性があるという。確かにそんな訓練ならば、デッラルテが言うように廃人になる可能性はあるだろうが、"聖剣の試練"という名前には合致しないように思える。どちらかと言えば"宇宙飛行士の試練"と言ったほうが良いだろう。まぁ"宇宙飛行士の試練"ならこの何十倍も厳しいと思うが。
「とはいえ、ここで過ごすだけなのか?それともここで何かをしなければいけないのか?」
暗闇の脱出ゲームなのかもしれない。この状況でヒントを見つけ出しこの空間を脱出する。いやないな。無音で暗闇の空間にどんなヒントがあるって言うんだ。
そう考えていると足元が光る。いや正確には僕の立っている場所のさらに下から光が刺すといったほうが正しいか。僕が見下ろすと、そこには均等に並んだ机と黒板のある大きな部屋があった。
「これは・・・学校の教室?」
僕はその部屋を上からその部屋を覗き込む。
「ここは見覚えがある。僕が通っていた・・・小学校の・・・・教室だ・・・・」
僕の心はチクリと痛む。すると突然、声が聞こえた。
「懐かしいな」
僕はその声の方向を見る。するとそこには見覚えのある高校生の男の子が立っていた。
「あれ?こんなところに鏡が?」
その男の子の見た目は僕と瓜二つだった。男の子は僕の言った言葉にすこし笑って口を開く。
「こんな状況で冗談を言えるなんて余裕だな。それとも余裕がないから冗談を言ったのか?」
男の子はそう言った。
「君は・・・?」
僕はその男の子に話しかける。
「僕はおまえだよ?まぁそんなことはどうでもいいだろ?それより昔話をしないか?」
男の子はそういった。
「・・・・・・・・」
僕はなんと言えばいいか分からず無言でいると、それを見た男の子は面白そうに笑い、黙るなよと言った。
「ただの思い出話だよ。良いだろ?」
笑いながら言う男の子に僕は嫌な予感を感じる。
「正直気が進まないよ。過去なんて話しても時間の無駄だよ」
「そうでもないさ。過去を振り返ることでなにか発見があるかもしれないだろ」
「発見すればいいってもんじゃないよ」
「細かいことは気にするなよ」
気が進まないのは本心だ。だが、そんな僕を差し置いて、男の子は話し始める。
「ここは小学3年生の教室だったか。覚えているか?」
「覚えてないよ」
「嘘つくなよ。小学3年生頃の君には親友が居たよな?名前は・・・仮にA君としよう。A君は幼稚園からの知り合いで、1年~2年は別のクラスだったけど、3年生になった時初めて同じクラスになったんだよな。懐かしいな。覚えてるだろ?」
「・・・・・・・」
「A君は物知りで物静かで我慢強い子だったなぁ。いつもテストの点数は僕より良くて、頭の悪いおまえはいつも尊敬してたっけ?でも、物静かってのはあんまり良くないよな。特に子供の頃は・・・」
男の子はそう言って笑った。
そう、子供の頃の物静かで我慢強いというのは、大人にとっては良いことだが、子供同士ではマイナスに働くこともある。粗暴なクラスメイトがいるようなクラスだと特に。
はじめはちょっかいのつもりで意地悪をしても、物静かで我慢強い子供は何も言わない。そうすると、そのクラスメイトはこれくらいなら平気なんだと勘違いをする。そうなると次第に意地悪はエスカレートし最終的には傷害や器物破損にまで発展することもある。
僕が小学3年生で体験したのはそんなありきたりな話だった。
物静かなA君と小学3年生でクラスメイトなった時、A君の性格は幼稚園の頃とは全く違う物になっていた。幼稚園時代のA君は物静かながらよく笑う子供で、いつも図鑑を持ち歩いていた。そして僕にいろいろなことを教えてくれたり、一緒に遊んだりする仲だった。
だが、小学3年生の彼は物音に怯えるような、物静かを通り越して寡黙になっていた。僕が挨拶しても返事もせず頭を下げるだけにとどまり、クラスでの会話は皆無。休憩時間中はいつもクラスから居なくなっていた。僕は不審に思いつつも、2年もあれば性格も変わるかと思っていたが、それはすぐに間違いだと思い知らされる。
端的に言えば、A君はクラスの粗暴者にいじめを受けていたのだ。だからクラスメイトの誰とも話をしなかったり、逆にクラスメイトも彼と話さなかった。誰だっていじめに巻き込まれたくない。
だが、当時の僕はその状況が許せなかった。とはいえ、僕は腕っぷしは弱いことは自覚していたので、教師にいじめの事実を告白しどうにかしてもらおうと働きかけた。
その試み自体はうまくいく。クラスのHRで教師がA君に対するいじめについて問題提起をした。その結果A君に対するいじめはなくなった。その事実に僕はホッとしていた。だが、すぐに僕の考えは浅はかで傲慢だったと思い知らされる。
A君に対するいじめは確かに無くなったが、それは単純に標的を変えただけだった。
「へへっ。いじめってのはどこにでもある話だよな。そりゃ当然か。あんな狭い場所に閉じ込められてりゃストレスも溜まる。だが、そのストレスは誰かに吐き出せばスッキリするし、自分より格下の人間がいるって思えば安心もする」
僕と瓜二つの男の子はそう言って笑う。僕はとても気分が悪い。
ここまで聞けばもうわかっていると思うが、次の標的は僕だ。最初は単純な悪口。臭いだのキモいだのを言われ続ける。やけにでかいコソコソ話で僕を馬鹿にしたり、その話題で仲間内と笑いあったり。僕はその事にとても傷ついていたが、直接文句を言える程の度胸はなく放置するしかなかった。
その次には知らない間に僕の筆箱の中身がすべて壊されていたり、上履きが隠されたりというような足がつきにくいいじめになる。その頃には僕はクラスメイト全員からの無視を複数回経験していたので、誰にも相談できなかった。そういういわゆる陰湿ないじめが続くと、いじめっ子は味をしめる。こいつには何をしても反撃されないと学習する。そうなると後は暴力。なにか苛立ったことがあれば殴られたり、蹴られたりする。僕はいつも体のどこかに青あざができていたが、その事を誰にも言えず我慢していた。
だが、そんな日が続くと僕は流石に我慢の限界が来る。僕は怖くて誰にも言えなかったけど、もういっそ誰かに相談してみようと思い立った。まず最初に言うのは家族。僕は家族に自分がいじめられていることを暴露した。
その時に親に言われた言葉は以下の通り。
勘違いかもしれない、気にし過ぎ、すぐに収まるかも、お前も相手になにかしたのかもしれない、お前が態度を改めれば解決するかも、というかお前がなよなよしてるからだ、気合が足りない、ガツンと行けばなんとかなる、いじめなんて気弱だから対象になるんだ。一部抜粋。
「懐かしいなぁ」
少年はそう言って笑う。いや僕にとっては懐かしいでは済まないんだから笑うのを止めてほしい。
ともあれ、僕はその時、教訓を得た。
「本当に困った時は誰も助けてくれない」
その教訓を胸に暗い小学時代を過ごした。もうそれからは地獄だった。学校では辛いことばかりだし、だからといって不登校は許されない。夜は眠れず、朝は起きれず、起きても体が動かないし立ち上がれない。すぐに気分が悪くなるし、その事を両親に相談しても、学校へ行って本当に駄目だったら返って来いというありがたいお言葉を頂いたし、学校は地獄だし。
それでもそんな状態で残りの小学時代をなんとかやり過ごし僕は中学生になる。
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