第13話 不吉な轟音
「何が!?」
爆音が鳴り響いた後、僕は慌てて立ち上がり、音の方向へ走り出した。
「待って!一人でいっちゃダメ!敵襲かもしれない!」
アリスが僕の袖を掴んで僕を止める。そのおかげで僕は冷静さを取り戻す。そうか。その可能性もある。
「じゃあまた聖剣になって!」
「それではまた全身筋肉痛で動けなくなるわよ。ここは私とデッラルテにまかせて」
そう言ってアリスはデッラルテを連れて部屋の外に出ていく。僕はダイニングにポツンと取り残された。
爆音の方向から察するに問題の場所はこの家の玄関口付近。玄関の近くにはすみれ姉が現在いるであろうトイレがある。僕はすみれ姉が安否も気になるがアリスに付いていったところで足手まといになるだろうと思い、ここはアリスとデッラルテに任せることにした。
「すみれ姉は心配だけど、追跡者の一番の狙いはアリス。そのアリスにはデッラルテが付いてるし、とりあえずは大丈夫かな」
僕がそう独り言を呟いた。部屋には誰もいなくなった後なので誰も聞いていないと思ってそう言った。
「い、いや、そうとも限らない」
僕の独り言に返事をする声が僕の背後からする。
「誰!?」
僕は慌てて後ろを振り向いた。するとそこには深紅のローブを羽織った黒髪天然パーマの青年が立っている。
「ぼ、僕の名前はポール。はじめまして・・・。ぼ、僕のことは聞いているかな?」
消え入りそうな声で自己紹介をするこの青年について思い出す。
「あっ!ポールって!アリスを追ってきた2人のうちの一人!」
僕が思い出して、青年に指を指して大声を出す。
「ああ!ごめん!大声出さないで!びっくりするから!」
ポールは驚いたように耳をふさいで僕に抗議した。
「あ、すみません・・・」
「あっ・・・こっちこそごめんね・・・」
「い、いえ・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
そして僕らは無言になった。いやなんだよこれ。
「あの・・・ポールさん?貴方は異世界からアリスを追ってきたんですよね?」
「あ、アリス?ああ聖剣のことか。うん。そうだよ」
デッラルテの話に出てきたポールで間違いないようだ。
「えっと・・・。なんでここに?」
僕が恐る恐るポールに質問すると、ポールも恐る恐る返答をしてくる。
「あ、ああ。それは当然、聖剣を奪うためだよ」
「えっと・・・ここに聖剣はありませんよ?」
「う、うん。今この家の別のところにいるね」
「だったらなんでこんなところに?」
「そ、それはね・・・」
そう言ってポールはパチンと指を鳴らして魔術を発動する。すると、昨日のように二足歩行の影達が次々と現れ、僕を取り囲む。
「なっ!」
僕は驚きと恐怖のあまり絶句してしまう。
「せ、聖剣の使い手が死なないと、僕たちに勝ち目がないから・・・ごめんね」
そう言うとポールは自信の右腕を僕の方へまっすぐ差し出した。
「あっ・・・やめ・・・」
僕は驚きと恐怖のあまり声は上ずり、言い切ることもできない。汗が一気に吹き出し、全身の鳥肌が立った。
この影達は昨日、繁華街にいる大の大人をまるで紙切れのように切り裂いていた。影達の腕が振り下ろされるたびに、犠牲者と悲鳴が増え続ける。人々は狂ったように逃げ回っていた。そんな凶悪な影達が今は僕の方を取り囲んで、すべて僕の方を見ている。
やばい。今はアリスもデッラルテもいない。こんな状態では僕は確実にみじん切りにされる。
「やれ」
そう短く言うと影達がゆっくりと僕に迫ってくる。僕は必死で考える。
どうしようどうすべきかどうしなければならないか。囲まれているので逃げ場はないしアリスもいないため聖剣もない。昨日はデッラルテがいたから影達を蹴散らしてアリスの元へ行けたけどそのデッラルテはここにはいない。他にできることと言ったらカンフー映画のように、机や椅子を使ってこの場から脱出するとか?いやいや運動は得意じゃないのにあんな事出来るわけがない。だったら命乞いをして助けてもらうか?いやいやこの男は僕を殺すことが目的である以上僕がいくら無様に命乞いをしたところで見逃してはくれないだろう。じゃあ何かしらの取引でこの場は退いてもらうか?いや駄目だ。取引材料がない。たとえば僕が聖剣を二度と使わないと約束したことろで、そんなの殺したほうが確実と判断されるだろう。というか殺したほうが良いと思ったから、陽動作戦まで使って僕を孤立させ、殺そうとしたのだろう。
そんな事をいろいろ考えた結果1つの結論に至る。
「あ、これ死んだわ」
僕はそう口にした瞬間、一気に体の力が抜けた。あとはできるだけ楽に殺してもらうように祈るだけだ。
「何やってるのよッ!」
僕が死の覚悟を決めた直後、アリスの大声が部屋の中に響く。そして次の瞬間、剣が数枚の影を突き刺しながら飛び、僕の足元に刺さる。
「も、もう戻ってきたか。さすがは陽気なデッラルテだ」
その様子を見たポールがそういった。それに対してデッラルテが返事をする。
「お褒めに預かり光栄ですぅ。だけど貴方がやっていることは褒められたことじゃありませんねぇ」
「こ、この世界の住人を極力巻き込まないというルールのことか?そ、その少年は聖剣の使い手になった以上、ぼ、僕たちの世界と無関係ではいられないぞ」
「いえいえぇ。それを非難したわけじゃありませんよぉ」
「じゃ、じゃあ何が言いたい」
「愚かと言いたいんですぅ。聖剣使いと元宮廷魔術師に対抗するのに1人で乗り込んでくるのはぁ」
デッラルテは口元こそ笑顔のままだが目が笑っていない。そのデッラルテの表情を見たポールは気圧されている。
「くっ。そ、そんなのはここを生き残ってから言ってみろ!影たち!こ、こいつらを八つ裂きにしろ!」
ポールがそう言うと影達が雄叫びを上げて僕に突っ込んでくる。
「タケル。無理しないでね」
僕が握った聖剣から、僕だけに聞こえるほどの小さい声でアリスはそう言ってくれた。
「大丈夫。昨日で要領は掴んだ」
僕はアリスにそう告げる。僕は体を床ギリギリまで下げて床を蹴る。そして蛇のように部屋中を駆け回り、影達をどんどん切り裂いていく。昨日観察して気づいたことだがこの影達は単純な動きしかできない。すこしでも予想外の行動をすれば対応することができず、ましてや床すれすれを這い回る僕を捉えることはできない。
その様子を見たデッラルテは驚いて口を開く。
「ほおぉ。いいですねぇ。さすがは聖剣。そして聖剣に選ばれた勇者ぁ」
ポールは僕が次々と影を倒す光景を見て歯噛みする。
「くっ!影達よ!立ち上がれ!」
そして更に魔術を使って影達を作り出す。続けてそれぞれの影達に魔力を注入する。
「武装しろ!突撃しろ!無敵の千の古強者!目の前の敵を砕いて進め!」
ポールがそう言うと影達の動きが早くなる。今まで緩慢で雑な動きしかできなかった影達が、急に僕の攻撃を避け始め、返す刀で反撃をし始める。
「!?」
僕は攻撃を防ぎながら、体を更に加速させ影を切り裂いていく。
「駄目!これ以上は貴方の体が持たない!」
アリスは叫んだ。
「だけどこのままではやられてしまう!」
「そうだけど・・・」
敵の出した影が多い。このままでは僕はやられて、アリスは連れていかれてしまう。くそっ!だったら!
僕は影達を倒すことを止め、術者であるポールに体を向ける。そして床を蹴りポールに向かって一直線に走り出す。途中、数体の影達が行く手を阻むが、聖剣の力で更に体を加速させ、切り裂きながらポールまでの最短距離を走り抜ける。
そして、ポールの元にたどり着き、剣を振り上げる。
「御免!」
僕はそう言って剣を振り下ろす。
「あ、あやまる必要はない。シャドウバインド」
ポールがそう言うと、影が僕の両手両足を固定して拘束した。
「うっ!」
僕はポールの真ん前で宙吊りにされる。その様子を見てポールが口を開く。
「じゅ、術が破れないなら術者を攻撃するのはそれは正解だけど、魔術師に一直線に突っ込んだらだめだよ。き、基本的には予め防御術式を使っておくのはセオリーだから」
そうそう言ってポールは僕を拘束している影に魔力を流し、締め付けを強くする。
「ぐわぁ!」
痛みのあまり僕は声を上げてしまう。それと同時に握っていた剣を手放してしまう。
「こ、これで回収完了」
ポールがそう言って落ちている剣を拾おうとした。
「それはぁできませんねぇ」
だが、ポールの後ろにいきなりデッラルテが出現した。ポールはそれに気づくと剣を拾わずその場から飛び退いた。
「それでは逃げれませぇん」
デッラルテの手からいきなり雷光が発せられて轟音とともにポールを刺し貫いた。
「ぐっ・・・」
雷に貫かれたポールは体が麻痺し、その場にうつ伏せに倒れ込む。
「さ、さすがはデッラルテ。一筋縄ではいかないね・・・」
ポールは動けない体を無理矢理にでも動かそうと体に力を入れて、なんとか首をこちらに向けてそういった。それに対してデッラルテは口を開く。
「それはぁこっちのセリフですぅ。本体ではないのにこんなに術を使えるとはぁ」
「さ、さすがにバレてたか・・・。で、では最後に伝言を・・・。こ、この家にいた女は預かった。ぶ、無事に返して欲しければ聖剣を差し出せ」
はじめはポールの言葉を理解することができなかった。だが、数瞬考えて意味が分かった。この家の女というのはすみれ姉のことで、すみれ姉はこいつらに攫われてしまったのだと。
「お前!すみれ姉を!」
「そ、そうだ。ゆ、誘拐した。べ、別に危害を加えるつもりはないから安心しろ。て、抵抗しなければの話だが」
「くそ!」
僕はそう叫んだ。その僕を尻目にデッラルテは倒れているポールに近づいて口を開く。
「ならばぁ伝言をぉ頼めますかぁ?」
「こ、ここから無事に返してくれるなら」
「それはできませんねぇ」
デッラルテはそう言ってポールの頭を鷲掴みにする。そしてその腕から光を発したと思うと、次の瞬間にはポールの体は消滅していた。それと同時に僕の拘束も解かれ、床に落下する。
「いたぁぁぁぁ!」
床に落下した衝撃で筋肉痛が僕の全身を駆け巡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます