第12話 聖剣について
3人の食事と1人の酒の用意が完了したので、僕、アリス、デッラルテ、すみれ姉がテーブルについて朝食を食べる。とはいってもデッラルテはすでに食べ終わってるし、すみれ姉は朝食ではなく日本酒を朝から嗜むつもりのようなので、結局僕とアリスだけの食事会となった。
「嬢ちゃん!デッラルテの旦那みたいにたらふく食えよ!あれ?こういう時英語でなんて言えば良いんだ?ボナペティ?」
おそらくそれはフランス語だと思うよすみれ姉。ともあれ、すみれ姉の言葉を聞いたアリスがありがとうと言ってスプーンを握った。だがすぐにアリスのスプーンは止まる。
「あの・・・タケル?」
アリスは僕を見ながらスプーンで料理を1つずつ指していく。僕はアリスが何を言いたかったかすぐには分からなかったが、おそらく何から食べればいいかわからないようだ。おそらく食事のマナーを気にしているのだろう。
「何から食べてもいいよ。特に決まったマナーはないよ」
僕がそう言うとアリスは頷いて味噌汁にスプーンを突っ込む。その光景を見ていたすみれ姉が笑った。
「がっはは!さては嬢ちゃん!良いところの出だな?庶民の家でそんな事を気にするなんてな」
「アリスは異邦人だからよくわからないんだよ」
愉快そうに笑うすみれ姉に僕はそう言った。
「そりゃそうだな!気が回らなくてすまねぇな!食べ方のマナーっていやぁ・・・そうだな。デッラルテの旦那みたいにガツガツ食いな!それがここでのマナーだ!」
「いやはやぁ!そんな風に食べてましたかねぇ私!お恥ずかしいぃ!」
「いやいや!良い食べっぷりだったよ!恐れ入った!作ったかいがあったってもんだ!」
デッラルテとすみれ姉は結構意気投合しているようだ。変わり者同士通じるものがあるのだろうか。
「デッラルテの旦那!一献どうだい?」
「お酒ですかぁ!いいですねぇ!」
デッラルテがすみれ姉の言葉にそう答えるとアリスが口を開く。
「駄目よデッラルテ。ご迷惑になるでしょう?」
そういうと日本酒をすでに数杯呑んだすみれ姉がアリスに向かって言う。
「固いこと言いねぇ。ここであったのも何かの縁!酒を酌み交わすのが真心のこもったおもてなしってもんよ!」
すみれ姉の暴論を聞いたアリスは僕に小声で質問してきた。
「そうなの?」
「いやぜんぜん違う。少なくとも今の時代は違う。現代日本人は朝から酒のんだりしない」
「そうなんだ・・・」
まぁ例え現代日本にそんな文化があったとしても、デッラルテに酒を飲んでもらうのは困る。いつ追跡者が襲ってくるかもわからない状況なので、極力警戒は怠らないようにしてもらいたい。
そしてしばらくの後、僕とアリスは朝食を食べ終わる。その頃にはすみれ姉はすっかり出来上がり、顔を真赤にして叫んでいた。
「デッラルテの旦那!なんだその化粧は!イカしてるぜ!」
「おほほほっ!貴女は愉快な人ですねぇ!」
デッラルテはアリスに禁じられて酒を一滴も呑んでいないようだが、それでもあの酩酊状態のすみれ姉と同じテンションで叫んでいる。さすがは"陽気なデッラルテ"と言われるだけある。
「まぁデッラルテはお酒を呑んでもあんまり変わらないんだけどね」
アリスは呆れ気味にそう呟いた。
「ははは。まぁ楽しそうで何より」
僕が苦笑いを浮かべてそういうと、アリスは再び申し訳なさそうな顔をした。
「でも、ごめんね。昨日は泊めてもらって」
「僕は覚えてないから。それより昨日は送ってもらったようだね。ありがとう」
「貴方は命の恩人だから」
「それを言うなら僕だってアリスに助けられたよ」
「いやいや私の方こそ・・・」
アリスがそう話した直後、デッラルテが大声でアリスに話しかける。
「おやおやぁ!アリス様ぁ元気がありませんねぇ!せっかくこの世界に来たのにぃ」
デッラルテはやたらとハイテンションだ。それに対してすみれ姉も口を開く。
「なんだぁ?この世界でもってまるで別の世界からきたみたいじゃねーか!」
すみれ姉の言葉を聞いたアリスの顔が青ざめる。
「べ、別世界なんてあるわけないじゃないですか」
「あはは!冗談だよ!いくら俺が常識知らずでもそんぐらいは知ってらぁ!」
「あはは・・・」
アリスは思わず苦笑い。そしてアリスはデッラルテにだけ聞こえる声で話しかける。
「デッラルテ。発言には気をつけて。もう誰も巻き込みたくないの」
「申し訳ありませぇん!」
デッラルテは素直に謝っているが表情は笑ったままだ。本当に申し訳無く思ってるのかとイマイチ信用できない。アリスも同じように思ったようで険しい顔を浮かべている。
そんなアリスとデッラルテを見たすみれ姉は唐突に口を開く。
「しょんべん」
「は?」
アリスがキョトンとした顔を浮かべる。アリスはすみれ姉が何を言っているか理解できなかったようだ。
「すみれ姉さん。それは別に言わなくていいから早くトイレに行きなよ」
僕は酔いどれ状態のすみれ姉に慣れているのでいまさら何を言われても驚かないが、初めて見た人には衝撃的かもしれない。特にアリスが元いた世界では生娘がそんな用語を使う世界ではなかったのかもしれない。
すみれ姉がトイレに行くためにダイニングを後にしたことで、僕らは平穏を取り戻した。
「はぁ。すごいわね。貴方のお姉様」
アリスは険しい顔でそう呟いた。
「まぁまぁ。良いではありませんかぁ。こんなに持て成してくれるなんてぇありがたい限りですぅ」
デッラルテはアリスにそう言った。
「ともあれ。あの状態のすみれ姉のトイレは長い。今のうちに聞いておきたいことがあるんですけど」
僕はすこしホッとしているような表情を浮かべた2人に向かってそう発言する。すみれ姉がいない時にじゃないと話せない内容なので、できるだけすみれ姉が戻ってくる前に話しておきたい。でなければあの酔っぱらいは騒ぎ出し、落ち着いて話すなんて不可能な状況になるだろう。
「そうね。必要かもね」
「ええぇ。私がわかることでしたらぁ!」
アリスとデッラルテが僕の提案をすんなりと受け入れてくれた。その様子を確認すると僕が口を開く。
「まずは大前提。聖剣というはなんですか?」
最初は基本的なところから。今回の事件の中心にあるのはアリスという少女でその正体は聖剣だという。アリスと話していると人間じゃないという事実は到底信じれないが、昨日剣に体を変化させるところを目撃しているためここは信じなければならない。
僕の疑問にアリスが答えた。
「聖剣というのは私のいた世界、この世界から見たら異世界と呼ばれる世界にいる神の使いが、12英雄に下賜したと言われる12振りの剣のことよ」
「下賜したと言われる?」
「ええ。私自身は誰に作られたなんてわからないわ。自我が芽生えたのだってそんなに昔の話じゃないもの」
それはそうか。僕だって自分が生まれたときの記憶を持っているわけじゃない。
「アリスみたいな聖剣が君もあわせて12振りもあるの?」
「ええ。聖剣は12振りあるわ。私も一度も見たことがない聖剣も何振りかあるし、聖剣がすべて自我を持っているかどうかというのはわからないけど」
「なるほど」
「なんで神が私達を作ったのかはわからないけど、聖剣の出典元である聖剣伝説によれば"この世界が魔王が現れる時、12振りの剣とそれを扱う12人の英雄が魔王を倒し、この国を永久に守護する"とある」
武器を作ったとされる神、聖剣の伝説、英雄、魔王と言う単語が出るといよいよ異世界っぽい。
「まぁよくある話ですよぉ。国を取った為政者が、自分の正当性を認めさせるための話とも言われていますぅ」
デッラルテの話は学者的な視点。さすがは宮廷魔術師と言われるだけあって、いつもふざけているわけではないようだ。おかげで僕の頭はちんぷんかんぷんだ。
「うーん」
「いきなりこんな話をされたら混乱するのは無理もないわ」
「まぁ聖剣にぃ関しては諸説ありぃ、本来はなんの変哲もない剣であったもののぉ、長い年月の間に様々な魔術的な術式を付与されぇ今の聖剣になったとぉ・・・」
「ちょっと待って。デッラルテ。いきなり諸説の話をしたらさらに混乱するわ。一個ずつ話していきましょう」
「そうですねぇ!わかりましたぁ!すみませぇん」
デッラルテが軽快に話し出す言葉をアリスが止める。たしかに僕の頭じゃ理解するのは難しそうだ。ともあれ、アリスは国のとって大事な存在だということはわかった。
「国にとって大切なものだから、アリスたちは追われてるんだね」
「そうよ。私達はもともとは国が厳格に管理してあるもの。国にとっては必要なものだから失くすわけにはいかない」
「なるほど。彼らが世界を渡ってまでアリスを追ってきた理由がそれというだね。え?じゃあ、今回の2人を退けても、第2、第3の追跡者が来る可能性もあるということ?」
僕の疑問にデッラルテが返答する。
「ええぇ。確かにその可能性はありますがぁ、"聖剣伝説"は長い年月を経て形骸化しましたぁ。実際は本物の聖剣じゃなくてもぉレプリカで良い筈ですぅ。だから放って置かれるかなぁと踏んでいたのですが・・・」
「なるほど。国宝ともいれる聖剣の追跡者2名というのは中途半端な気がしたけど、そこまで本気じゃないってことだね」
「聖剣を失ったことを公にしたくないという意図もあるでしょうぅがぁ。実際、あの2人は裏の世界では腕が立つと有名ですぅ。もしかしたら私が思うよりぃアリス様ぁに固執してるのかもしれませんねぇ」
確かに話す聖剣というのは異世界にしても珍しいとデッラルテは言っていた。珍しいものにはプレミアが付くので手放したくないという気持ちはわからなくもない。
ともあれ、聖剣であるアリスの立ち位置はなんとなくだがわかった。他にも色々聞きたいところではあるが、目下一番の問題の話に移りたい。
「とりあえず、聖剣については置いておくとして、アリスがこの世界にいるためには少なくとも今回の2人は退けなければいけないよね?それが可能かどうか聞きたいんだけど」
「ええぇ。私もそれは懸念していましたぁ。ですがぁ問題はほとんど解決したようなものですぅ」
「そうなんですか?」
デッラルテはそうですぅと頷いた。
「貴方がぁ聖剣を使いこなせればぁ、イザックを含めてこちらの世界で貴方に叶うものはいませぇん」
デッラルテはそう断言した。たしかに昨日、僕自身の体で体験した力は凄まじいものだったし、イザック達追跡者も、僕が聖剣を使っているのを見て退いていったように見える。
「じゃあ、仮に2人の追跡者を退けた後、また新たな追跡者が現れる可能性は?」
「無いわけではありませんがぁ、可能性は低いですぅ。いくらぁアリス様に固執していると言ってもぉこの世界に渡ってくるのはぁとても大変なことですぅ。そんなぁことするぐらいならぁ精巧なレプリカを用意するほうが比べ物にならないくらい楽ですぅ」
なるほど。この世界にあるなら別に無理して連れ戻さなくてもいいというぐらいのスタンスなんだろう。
「じゃあ安心だね。いや光明は見えたというぐらいか」
僕はひとまず胸をなでおろしそう言った。だが、アリスは暗い顔をしたままで俯いている。
「どうしたのアリス?」
僕の質問にアリスは重々しく口を開く。
「えっとね・・・。実は・・・」
アリスが口を開いた直後、爆音が響いた。
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