第11話 デッラルテの楽しい朝食
僕が住んでいる家は古いのが取り柄の日本家屋。元々はこの地域の地主が住んでいた由緒ある家だったが、そこの主人が急死した折に当時の奥方が、この家と保持していた様々な権利を売りに出した。その時この家を買い取ったのが、僕の祖父らしい。
僕が生まれる前の出来事なのですべて伝聞でしかないのでこの話が本当かどうかわからないけど、別にわざわざ作り話を作るほど、うちの親戚はクリエイティブでは無いし、事実としてここの権利は伯父さんである父の兄が相続しているので、その話はある一定は信用している。
ただ、現在この家に伯父さんと伯母さんが住んでいるかというとそうではない。伯父さんはこの前の骨折が原因で今は病院に入院しているし、伯母さんは早くに亡くしている。
その結果、この家の管理は伯父さん達の一人娘がすべて行うこととなるが、伯父さん曰くこの娘が変わり者なので、1人で家に置いておくのが心配だと僕の両親に相談した。その後色々あった結果、僕がこの家に住むこととなった。
長々と僕の個人的な事情を説明してしまったが、重要なことはこの広い家に住んでいるのは、僕と僕のいとこであるすみれ姉の2人ぐらしということだ。
「はぁ・・・」
僕は新しい服に着替えながらため息を付いた。先程のアリスとの会話では、今のアリスの装いはすみれ姉が服を貸した結果という話だ。つまり、アリスがこの家に上がりこんでいるという事実は、家主であるすみれ姉が知るところであるということ。
「あの2人のこと。すみれ姉になんて説明しよう・・・」
そう思うと僕の気持ちは沈む。まさか、空から落ちてきて、彼女を追ってきた人を撃退したなんて言うわけにはいかない。頭の心配をされるのが落ちだ。じゃあ、道端で出会って、話をしているうちに意気投合したなんて言うのはどうだろう。この家にいるのがアリスだけなら僕が恥じらいを捨て去り、一目惚れしたかナンパしたと言えば一応は納得してくれるかもしれない。
しかし、じゃあなんで僕は気絶してこの家に運び込まれているのかと問われれば返答に窮してしまう。それにあのデッラルテというファンシーなおっさんがアリスと共に行動している以上、僕がアリスをナンパしたという嘘の信憑性も暴落するというもの。
いや、待てよ。もしかしたらこの家の敷居をまたいだのはアリスだけの可能性だってある。いくらファンシーな恰好でも、あのデッラルテというおっさんは宮廷につかえる魔術師というじゃないか。
ならば気遣いも一級品という可能性もある。あのデッラルテなら僕が困った状況に陥ってしまうの回避してくれるかもしれない。なぜなら、僕が同居人を説得できず、アリスとデッラルテの事を警察にでも通報されてしまったら、あの2人としても困るはず。そういったトラブルに巻き込まれないために大人であるデッラルテがアリスの傍についているのだ。そうだ。そうに違いない。
「よし!」
僕の沈んだ気持ちが浮上してくる。大丈夫。僕はデッラルテを信じる。そう思って僕は意気揚々と自分の部屋の障子を開け、縁側に出る。定期的に庭師に整えてもらっている庭を横目に僕はアリスに言われた通りダイニングに向かって歩き、そしてダイニングへの扉の前に到着した。
「よし!」
僕がそう言って扉を勢いよく開けた。
「おやぁまぁ!タケル様ぁ!お目覚めになられたんですねぇ!心配しましたよぉ!」
ダイニングに入ると、いの一番で目に入るデッラルテの笑顔。デッラルテは箸を使って白米とみそ汁、ベーコンエッグ、焼き鮭、納豆を食べている途中だった。
「・・・・・・」
僕は頭の中が真っ白になる。デッラルテはいないという願望を前提で言い訳を考えていたため、今この瞬間にもデッラルテがいてもおかしくない言い訳を考えなければならない。でないとアリスが通報されてしまう。
デッラルテは白塗りの顔に怪しさバッチリメイク、服装はピエロみたいな恰好をしているこのおっさんと、美少女のアリス。明らかに日本人離れした2人と出会った経緯を考えなければ・・・・・。
だが、考えようとすればするほどデッラルテの食事に目が行く。和風朝食のフルコースみたいな朝食をとても美味しそうに食いやがって。
「・・・・だめだ。お腹すいた」
もうお腹すいて頭が回らない。そう思った直後、台所から声が聞こえてくる。
「おい!デッラルテの旦那!飯はどうだい?」
まるで江戸っ子口調の声が響く。そうか。すみれ姉。今は江戸っ子口調にハマってるのかー。
「おおぉ!すみれ様ぁ!とても美味ですよぉ!」
「あたぼーよ!」
"あたぼー"はあまり上品な言葉じゃないというかお客さんに使う言葉じゃない気がするが、それを咎めるだけのカロリーが足りない。
「というかデッラルテさん。何やってるんですか?」
無心で白米を食べるデッラルテは僕の質問を聞いて箸を止める。
「今はあなたのお姉様が作っていただいたぁ朝食をいただいているぅ途中なのでございますぅ!とても美味しいですねぇ!この食事ぃ!」
「じゃなくて。いくら何でも見ず知らずの2人が家に押しかけたら普通の人間は怖いですよ。よく家に入れましたね」
「ああぁ。それもそうですねぇ。すみれ様は人情溢れる方で命拾いしましたぁ」
「いやいや。通報されてたらどうするんですか?」
「え?そんなことにぃなったりするんですぁ?それは危なかったですねぇ」
デッラルテは笑顔のままそう言った。まさか何も考え無しで僕の家まで押し掛けたんじゃないだろうな。いや、倒れていたのを運んでもらったことはとてもありがたいと思うけど、そのことで自分たちが通報されて、やっかいな事態に陥るとか考えなかったのか?当然2人はパスポートも持ってないだろうし、職務質問とかされたらどうするんだろうか。
「まぁまぁ!何とかなったからぁいいじゃぁありませんかぁ!」
デッラルテはそう言った。そのタイミングでダイニングにアリスが入ってくる。
「タケル!トイレ借りたわよ!すごいわねこの世界のトイレって!清潔だし!」
アリスは目を輝かせてそう言ってきた。この家のトイレとちょっとした異文化交流をしてきたようで、かなりテンションが上がっている。
「おやおやぁアリス様ぁ!食事中にトイレの話ははしたないですよぉ!」
「あらいけない!ごめんなさい」
「いえいえぇ大丈夫ですよぉ。ここは王宮ではありませんからぁ」
「そうね!もうあんなところはごめんよ!」
二人は和やかな雰囲気で会話している。
「嬢ちゃん!トイレから戻ったみたいだなぁ!じゃあこの盆を持ってもって席に付け!」
すみれ姉が台所から朝食を載せたお盆をもって姿を現す。アリスより頭2つほど身長の高いすみれ姉は、長い髪を後ろで縛り、室内用の眼鏡を掛け、風情溢れる綿入れを羽織っている。完全に室内着だ。
そんなすみれ姉が持っているお盆の内容を見たアリスは目を丸くする。
「え?こんなにいただいてよろしいんでしょうか・・・?」
恐る恐るアリスがそう言うと、すみれ姉も口を開く。
「客人を持て成すのは礼儀だ!いいからさっさとこれ持って席に付け!」
これから客人を持て成そうとする人の口調とは到底思えないほど威圧的だが、アリスはありがとうございますと言ってお盆をもって席に着く。
「おはよう。すみれ姉」
お盆をアリスに渡した後のすみれに挨拶をした。
「おうタケル!起きたか!じゃあさっさと席に付け!」
僕の存在に気が付いたすみれ姉が仏頂面のまま席につくことを促す。
「いや、手伝うよ」
「お客人が来てんだ!おめぇは席について場を盛り上げな!」
そう言ってすみれ姉は台所の入っていく。僕は言われたとおりテーブルについて2人がデッラルテが食事しているさまを眺める。まじで腹減った。
そんな様子を見たアリスがためらいがちに口を開いた。
「あの・・・大丈夫?タケル?あなた今にもデッラルテの喉元に噛み付く直前の吸血鬼みたいな目をしてるけど」
「え?そんな目してた?」
「ええ。もしかしてお腹空いているの?」
「まぁ昨日から何も食べてないからお腹はペコペコだよ」
「そう・・・。じゃあ家主を差し置いて先にいただくわけにはいかないわね。私もあなた達の料理が来るまで待つわ」
「いやいや!冷めるから早めに食べて!」
「でも・・・」
「好意を受け取るのも礼儀の1つだよ。どうぞ先に食べて」
「うん・・・」
「大丈夫。空腹でどうしようもなかったらデッラルテの耳をかじるから」
「ほほほほっ!私はパンのように耳まで美味しいですからねぇ!お困りの際はどうぞぉ!」
「あなたは似ても焼いても食えないわよ」
アリスは呆れ気味にそういった。そして申し訳無さそうに先にいただきますと言った。
「?」
言った直後、アリスの動きが止まる。
「どうしたの?」
「えっと。これってどうやって食べるの?この2本の棒で?」
そこで僕ははたと気づく。そうか。アリスが住んでいたところには箸の文化はないんだ。
「あ、スプーン持ってくるよ。ナイフとフォークも」
僕は慌てて椅子から立ち上がり台所まで行く。
「おう!どうしたタケル!」
台所にはすみれ姉がフライパン片手に調理をしてた。
「アリスが箸の使い方わかんないんだってさ」
「あたー!俺としたことが見逃してたぜ!」
すみれ姉は大げさに額に手を当ててやっちまった顔をした。人は良いんだけどこういうところが変わり者だって言われる所以なんだよなぁ。
「それにしても呼び捨てたぁやるじゃねぇか!一体どこで引っ掛けてきたんだ?」
すみれ姉は調理をしながら僕に質問をしてきた。
「えーっと。道端で困っていたから手伝いをしたらちょっとね・・・」
僕はスプーンを探すふりしてすみれ姉に背を向けて話をする。顔を見られたら嘘のたぐいは一発で看破されそうだ。
「そうかいそうかい。人助けなら仕方ねぇな。だがおめーが気絶するほどの人助けってなんだい?」
「それはアリスとは直接関係ないんだけど、転んじゃってさ。怪我はなかったんだけど無様にも気絶しちゃって」
「ふーん」
すみれ姉は言ってコンロの火を止める。そして振り返って僕を見る。丁度僕もそのタイミングで立ち上がって振り返ったので僕はすみれ姉と目があってしまった。
「なんだろうな。明確な嘘は無いが本当のことを言っていない感じだ」
すみれ姉は鋭い眼光で僕を見ながらそういった。
「一度だけ聞く。何があった?」
こういうときのすみれ姉は輪をかけて鋭い。
「・・・・・詳しくは言えない」
だから僕は極力嘘をつかないようにする。どうせ嘘をついても見抜かれて立場が悪くなるだけだ。
「家族にも言えない話か?」
「今のところは」
僕はすみれ姉の目から視線を話さないようにそう言った。
「わかった」
すみれ姉はそう言うと再びコンロの方を向き、ベーコンエッグを更に盛り付けた。
「さぁお前の飯ができたぞ。お前の分を持って行きな。先に食べてていいぞ」
すみれ姉はそう言って僕にお盆を手渡すと、そのまま流し台の下の棚から一升瓶を取り出した。
「今日はコレの気分だ」
呑兵衛のかよ。
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