向かう先

第10話 聖剣の祝福

 はたと目を覚ますといつもの天井があった。


「ああ~もう朝かぁ。なんか寝た気がしないなぁ」


 などといつものように呟く。そして自室を区切る障子に目をやり、まだ日が昇りきっていない時間帯だと確認する。2度寝しても大丈夫そうだな。あと30分くらいは布団の中で粘ろうと固い決心をした。そして寝返りを打とうとすると、いきなり全身に激痛が走る。


「痛って!」


 その痛みで半覚醒状態だった頭が目覚めと同時に昨日の出来事を思い出した。


「そうか・・・。聖剣の副作用で全身筋肉痛になったのか・・・」


 僕は昨日のことを思い出す。


 えっと・・・たしか・・・空から見た目麗しい女の子が降って来たからそれを受け止めるとその後にまた怖いおじさんも落ちてきてその後は得体のしれないものに追いかけられて怖いおじさんに追い詰められたんだったな。


 うーん。言語化するとワケ解んないな。というか昨日の登場人物怖いおじさん多すぎだろ。と、自分の記憶にツッコミを入れて僕は頭を抱えようとしたが、筋肉痛によりその動きも出来ない。


「あー」


 そして次に考えるのは筋肉痛で起き上がれないという現状をどうしたものかということ。体が動かせないんだったらトイレもいけない。このままだとこの場で垂れ流すことになってしまう。きっとそんな状態になったら僕のあだ名はうんこ野郎になってしまう。今日びそんなのあだ名は小学生でもつけないんじゃなかろうか。


 僕がそんな事を考えていると、障子がスッと開いた。僕がその音に気づき目をやると、そこには昨日、空から落ちてきた見た目麗しい女の子であるアリスが甚平姿で立っていた。


「ああ、起きたのね」


 その女の子は微笑んで僕にそういった。


「その服・・・。」


 僕がそう呟くと、気がついたように彼女は自分の姿を確認して口を開く。


「あ、これ?これは貴方のお姉さまが貸してくださったのよ。なんでもこの世界の伝統的な姿だとか。似合ってる?」


 アリスは首を傾げて僕にそう質問してきた。甚平が伝統的かどうかは僕にはわからないが、そんなことより彼女の甚平姿はとても美しかった。


 アリスの見た目は日本人とはかけ離れているため、和装より洋装の方が似合うのではないかと思っていたが、そんな事はなかった。馬子にも衣装という言葉があるが、馬子でなくとも美しい人は、どんな衣装を着ても美しいのだ。


 そんなアリスの姿に驚いて僕は無言でいると、アリスが少し不安そうな顔をした。


「あー。もしかして似合ってない?」

「しょんなことありません!」


 僕はあまりの動揺により言葉を噛んでしまい、まるであのデッラルテと似たような変な口調になってしまった。気を取り直すように僕は言葉を続ける。


「とても似合ってますよ!こんなに甚平姿が似合う女の子は初めて見ました!」

「どうして敬語なの?」


 それは僕が今まで女の子と話す機会に恵まれず、灰色の人生を送ってきたので女性全般に対する免疫を獲得していないためです。女の子と話すと動悸、めまい、息切れなどの症状を起こす病にかかっているんです。嘘です。緊張して話せなくなるんです。


 といったような事を彼女に伝えたかったが、そんな事を彼女に言うと引かれてしまいそうなので言えない。


「その・・・緊張して・・・」


 僕がギリギリ言えるのはこのぐらいだった。もっとしっかりしろよ僕ぅ!初めて女の子と話せるチャンスなんだぞ!


「ふふっ。私も緊張してた。こんな姿をしたら貴方に怒られるかもと思って」

「いやいや。そんなことで怒らないよ」

「でも、たとえば軽い気持ちで伝統的な格好をしないでほしいっていう人もいるから」

「まぁそんな人もいるにいるだろうけど、甚平じゃさすがに言う人はいないよ」

「"甚平では"という言葉は、甚平のことを知っている人の言い方だもの。私はこの服についてもこの世界の文化についても知らない。知らないまま、何か無礼なことをしているかと思って」


 アリスは真剣な顔でそう言った。彼女は彼女なりにこの世界のことを知ろうとした結果のなのだろう。アリスは見た目通り真面目な性格なんだなぁと思った。


「それより大丈夫?」


 アリスは僕の部屋に足を踏み入れ、寝ている僕に近づく。


「大丈夫大丈イタッ!」


 僕は平気なことをアピールするために体を起き上がらせようとしたが、体が傷んでそれはできなかった。その様子を見たアリスは険しい顔を浮かべる。しまったな。安心させようとした結果、返ってアリスを不安にさせてしまった。


「動かないで」


 アリスはそう言いながら僕のベットの傍らに立ち、僕のことを見下ろす。アリスは立っていて僕は寝ているこの状況、めちゃめちゃ恥ずかしい。そんな彼女は僕に手をかざして口を開いた。


「この者に聖剣の祝福を」


 アリスがそう言うと、僕は全身がポカポカと暖かくなる。


「タケル。起き上がってみてくれるかしら?」


 彼女は穏やかな口調でそういった。


「いやいや無理無理。今は全身筋肉痛だかうわ!起き上がれた!」


 僕は言われた通りに体を起こそうとする。すると驚くことに僕は体を起こすことができた。まだ体は多少痛むが、先程の痛みから比べると、だいぶ楽になっている。


「どうして?」


 僕が思わずそう呟くと、アリスが返答する。


「貴方は聖剣の使い手になった。つまり私の持ち主。まだ正式という話しではないけどね。仮でも私の持ち主になったから、私の力を貴方に流して貴方の体を回復させたの」


 そういった直後、アリスの顔が暗くなる。


「ごめんなさい。貴方を巻き込んでしまった」


 悲痛な表情だった。彼女はあの場を乗り切る為だったとしても、僕が聖剣の使い手になることを喜んでいないようだ。


「いやいやいや。あれは僕が選んだことでもある。僕が謝りこそすれ、君に謝られるようなことはないよ!」


 僕が全力でアリスの言葉を否定したが、アリスは首を横に降った。


「あのときの貴方はそうせざる得ない状況に陥っていたし、デッラルテにそう仕向けられていたでしょう?」

「そんなことは・・・」


 ない・・・とは言えないかもしれない。あのデッラルテはあの通り得体のしれない人間なので、知らず知らずの内にそう誘導された可能性がないとは言えない。だけど、僕がアリスを助けたいと思ったのは事実だし、体が勝手に動いていたというのも本当だ。


 もし僕が何かを責めるとしたら考えもなしにアリスを助けようとした見込みの甘い自分であり、その事がアリスを苦しめる結果を招いた自分だ。

 

「あの状況だったから聖剣の力を使ったというのは確かにそう。でもそれは君も一緒だよね?君もあの状況だからデッラルテの提案を受け入れ、僕を持ち主として認めた」

「ええそうよ。私はあの状態だったから"この人が使い手になってくれたらこの場を乗り切れる"というデッラルテの言葉に賛同した。でもそれは言い訳だわ。私が貴方を利用してあの場面を乗り切ろうと考え、それを実行したのは事実よ。それが貴方に大きな不幸を呼び込むことになるかもしれないと理解していたのに・・・」


 アリスは悔しそうに顔を歪めて俯いている。僕は聖剣を手にすることで必ず不幸になるっていうのがいまいち想像がつかない。


「でもそのおかげで僕は今、生きている」

「それも時間の問題かもしれないわ。追跡者は必ず私達を追ってくる」

「それは・・・そうかもしれないけど・・・」


 僕は追跡者であるイザックとポールという人物のことをよく知らない。彼らが一体何者で、自分たちの任務にどれほど真剣に向き合っているか想像もできない。案外あっさり諦める可能性も無きにしもあらず。だが、アリスの反応を見る限り、事はそんな単純な話じゃないらしい。


 だからといって、僕がアリスに向かって"よくも巻き込んでくれたな"と怒鳴ることはできない。そもそも僕自身の自業自得でもある話だ。だから僕はアリスに提案した。


「先のことはわからないよ。でもあの場はそれで乗り切れた。ということで今回は手打ちにしない?」


 正直、アリスから"よくもあの場面で私の力を求めたな"と糾弾されたら僕は言い返せない。もちろんアリスがそういう性格でないということは理解しているが、もしそういう話の流れになったらただの水掛け論になる。ならばさっさとこの話を終わらせた方がお互いにとって良いはず。


「でも・・・」


 それでもアリスは謝罪の言葉を僕に受け取って欲しいらしい。


「じゃあこうしない?とりあえずその追跡者問題が落ち着くまで、僕を仮の持ち主のままでいさせてくれない?そうすれば僕は自分の身を守ることができるし、アリスも今までよりは安全に過ごせるでしょ?」

「そうだけど・・・」


 アリスは僕の提案を認めつつもなかなか首を縦に振らない。僕はそんなアリスにもう一歩下がった提案をしてみる。


「じゃあ、今はその問題は一旦置いておくとして、とりあえず朝ごはんにしよう」


 アリスは僕の言葉を聞いてハッとした。


「そ、そうね!朝ごはんね!そっか!この世界では朝ごはんを食べるのね!」


 アリスは恥ずかしそうにそう言った。アリスの世界では朝ごはんは食べないのかな?そう疑問に思ったが、僕はそれなりにお腹が減っているので、そんな疑問より一刻も早く食事にありつきたい。よく考えれば昨日は気絶していたから夕ご飯も食べていないことになる。


「じゃ、じゃあダイニングにいきましょう」 


 アリスが踵を返して部屋から出ていこうとする。


「あ、先に行ってて」

「どうしたの?」


 アリスは不思議そうな顔で振り向いた。


「昨日の服のままだから、下着ぐらいは着替える」


 そういうと、アリスは顔を赤くして口を開く。


「そ、そうよね!ごめん!」


 そう言いながら僕の部屋から走り去った。

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