第9話 聖剣の使い手

 きっと僕は間違ってる。僕は今、誤った判断を下したんだ。


「うおおおおおお!」


 僕は思わず走り出していた。アリスを取り囲む影たちのものへ。きっと今は情けない顔をしてる。きっと走り方だってぎこちない。こんなことなら運動ぐらいしておけばよかったと心の底から思う。部活まではいかなくとも、体育の授業は真面目に受けておくべきだった。だけど今後悔してしても遅い。


 僕は影に向かって走り出した。たとえ僕が影に殴りかかっても、僕は影達に反撃されて、次の瞬間にはボロ雑巾のように地べたに転がされているだろう。


 僕が取るべき正解は逃げることだったと心の底から思う。わざわざ事件に巻き込まれに行く人間は、馬鹿かスリルジャンキーしかいない。いくら僕が馬鹿でもそこまでではない筈だった。


「ほほほほほっ!よくぞ決断してくれましたぁ!」


 僕の後方からデッラルテ笑い声が響く。


「そのまま走り抜けてくださぁい!道は私が作りますぅ!」


 僕はその言葉に素直に従った。もうこうなったらなるようになれ!何があったとしても、僕がどうなったとしても走り抜けてやる。そう心に誓って走り抜ける。


 次の瞬間、アリスを取り囲んでいた影達が吹き飛ばされる。そしてその向こうに驚愕の顔を浮かべるアリスの顔が見えた。そうなった時の僕は、もう考えることを止めていた。一秒でも早く、一瞬でも早くアリスのもとへ駆け寄って、アリスに忍び寄るイザックの魔の手から彼女を守りたい。


 その思いで僕はアリスの場所へと走り、イザックとアリスの間に滑り込んだ。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


 僕は息を切らしていたがそんな事を気にする余裕はない。僕はイザックの顔を睨みつけていた。


「お前はさっきのガキか?」

「さっきというのがいつかはわかんないけど多分そうだろうと思うよ!」

「何故出てきた?」

「知らない」

「せっかく見逃してやろうと思ったのに。そもそもこの話はお前には関係ないだろう?」

「知らねぇよ!知るか!お前らの事情なんて知るか!僕だってなんで出てきたかわかんねぇよ!でも誰か目の前で不幸になりそうになってたら助けたいと思うだろそんなもん!何故と言われても理由なんてねぇよ!」


 僕は激高してイザックに向かって叫んでいた。自分でも自分の心は分からず混乱していた。混乱のままアリスの元へ駆け出していた。


「お前はひょっとして馬鹿か?大人しくしてれば普通の生活に戻れたんだぞ?」

「ああ馬鹿だよ!なんとでも言えよ!あーもう!なんで出てきてしまったんだよ僕!このおっさんめちゃこえぇじゃん!デッラルテの次に怖いじゃん!」

「ふっ。確かに俺は陽気なデッラルテよりは大人しい人間だよ。お前結構見る目あるじゃないか」


 なんだか知らないがイザックは上機嫌になっていた。やっぱり怖いよねあのおっさん。


「しかしどうするんだ?お前はこの世界の人間で魔術使えないし、先程の走り方を見るに武術も修めていないだろう?」


 イザックは僕に質問してくる。やっぱり走り方はダサかったか。それ言われると事実なだけに凹んでしまう。僕が内心ブルーになっていると後方からデッラルテの声がする。


「タケル様ぁ伏せてくださいぃ!」


 咄嗟に屈んだ直後、僕の前方の地面にズドンと大きな音が鳴り響き、地面のアスファルトはひび割れて大きな穴が空いている。目には見えないハンマーが振り下ろされたような印象を受ける。

 イザックもその攻撃を避けるために瞬間的に後ろに飛び退いていた。


「やはり逃げていなかったな。デッラルテ。そして協力者を見繕っていたな?この人でなしが」

「ほほほっ。私は陽気なデッラルテぇ。ただ逃げ惑うような真似はしませぇん。貴方が今まで追ってきた凡百の輩と一緒にされては困りますよぉ」


 デッラルテは僕とイザックの中央に着地して、イザックのことを睨みながら口を開く。


「さぁタケル様ぁ。あとは手筈通りにぃ」

「え?いやその・・・別にそういうつもりで突っ込んだわけでは・・・」

「いやいやぁお見逸れしましたよぉ。とても格好が良かったですぅ。まさに勇者と言った出で立ちぃ。聖剣を持つにふさわしいぃ」


 デッラルテがそう言うと次にアリスが口を開く。


「は?」


 僕が振り向いてアリスの顔を見ると、アリスは驚愕の顔をしている。


「どういうこと?」


 アリスは眉間にシワを寄せて僕に質問してくる。


「あの・・・その・・・これは・・・」


 僕はこの期に及んでしどろもどろになる。僕は一体何をやっているんだ・・・。


「デッラルテに私のことを聞いたのね?」

「はい・・・」


 僕はアリスの表情に恐れをなして、頷くことしかできなかった。


「デッラルテ!どういう事!?」


 アリスはデッラルテに事情の説明を要求した。だが、デッラルテはその説明は行わず笑いながら言い放つ。


「ほほほっ!アリス様ぁ。もう選択肢がありませんよぉ。彼が聖剣の使い手とならなければこの場は乗り越えられませぇん!」

「何を言ってるの!私はもう自分の運命に巻き込みたくなくてこの世界に来たのに!」

「ですがぁもう彼は巻き込まれていますぅ。きっとここで私と貴方が敗北してしまったらぁ、彼も口封じで殺されてしまいますぅ」

「それは・・・ッ!」


 アリスは唇を噛む。次の瞬間、アリスの後方にイザックが現れてアリスに掴みかかろうとした。


「やらせるか!」


 デッラルテは素早くアリスの後方に移動して、イザックの腕を防御する。


「私もぉこれ以上ぅ好きにはさせませんよぉ!」

「くっ!魔術師のくせに早いじゃないか!」

「お褒めに預かりぃ光栄ですぅ」


 イザックはデッラルテとの会話を打ち切り、今度は僕に言葉を発する。


「おいガキ!聖剣を握るという事がどういうことかわかっていないなら止めとけ!もう戻れなくなるぞ!」

「・・・・」


 無言の僕にイザックは言葉を続ける。


「聖剣の使い手はな!望む望まざるに関わらず必ず戦いに巻き込まれる!そして必ず戦いの中で死ぬ!それを手にした瞬間、お前に平穏な日々は一生訪れない!ありふれた幸せなんて望めなくなるぞ!」


 イザックの言葉にアリスが同意する。


「そうよ。やめよう。私も貴方がそうなってしまうのは嫌よ」


 アリスは僕にそう言ってきた。でももうここまで来てしまった以上、僕の心はもう決まっている。


「僕は君を守りたい」

「どうして?」

「理由なんて無い。いても立ってもいられなかった」

「・・・・・覚悟はある?」


 アリスがそう言ってきた。その言葉を聞いたイザックが叫ぶ。


「ポール!そいつらを止めろ!」

「今良いところなんですよぉ!」


 デッラルテが魔術でイザックと影達を抑えている。僕はその動きを横目で見ながら、アリスの質問に返答する。


「運命だろうが困難だろうが僕は負けない。かならず乗り越えてみせる」

「・・・わかった。手を出して」


 アリスが僕に手を差し出す。そして僕もアリスに向かって手をのばす。


「ポール!何が何でも止めろ!」


 周りの影達が僕たちに迫る。だが影達が僕たちのもとへ到着する前に僕はアリスの手を握った。


「くそっ!」


 その瞬間、アリスから激しい光が放たれる。僕はあまりの明るさに目を閉じた。そして僕の手にずっしりと重いものが握られていた。


「こ、これが・・・」


 目を開けると、僕の手には剣が握られていた。白い両刃の剣身と装飾された鍔、アリスの瞳のと同じ色の宝石がはまった柄頭。


「美しい」


 これが聖剣。これがアリスの本来の姿。こんなに美しい剣が・・・。僕が片手で剣を持ち上げると、剣は難なく持ち上がる。こんな大きさの剣なのにずっしりとした重さ以上の重量は感じない。


 僕が握っている剣を見たイザックが叫ぶ。


「ポール!今倒せば間に合う!使い方を学ぶ前に奪い取れ!」


 その声に呼応するように影達が僕に襲いかかる。


「タケル!柄を両手で握って左方向に振り抜いて!」


 僕の頭の中にアリスの声が聞こえる。僕はその声に従ってそのまま行動すると、左から襲いかかってきていた影がするりと切れる。


「そのまま、左の方を向いて、すぐに屈んで!」


 その声に従って屈むと、僕の頭の上を影の攻撃がかすめる。


「そして前方に進んで」

「了解!」


 僕はアリスの声の通りに前方に走り出すと、僕は勢いよく壁に激突する。


「??」


 何が起きたかわからない。え?なんで僕は壁にぶつかってるの?だって僕が今さっき居た場所からビルまでは4メートル以上あったのに・・・。


「ごめん!タケル!伝え忘れてた!聖剣の使い手は身体能力を強化されるの!だから移動する時は加減して!」


 やっぱりあるのかそういう特典。それは朗報だ。運動音痴の僕はこれくらいないと話にならない。それに壁にぶつかったことには驚いたけど、高速でぶつかったのにも関わらずダメージはない。


「タケル!起きて!次が来る!」


 僕は立ち上がり敵の攻撃を交わしつつ斬りつける。どうやら目も良くなっているようで、相手の動きが正確に捕らえられる。


「もう!コツは掴んだみたいね!」


 アリスは嬉しそうにそういった。僕はその事が嬉しくなって次々と影を切り裂いていく。その状況を確認したイザックは叫んだ。


「ポール!撤退するぞ!今のままでは勝てない!」

「おやぁ逃げるんですかぁ?」

「ああ。お前と聖剣だけなら、俺達だけでも十分だったがまさかこの短期間で使い手を探し出すとはな。さすがは宮廷魔術師一の狂人」

「ほほほっ。そんなに褒めてもないもでませんよぉ」

「ふっ」


 イザックは笑うと煙幕を張った。デッラルテはその煙幕を一息に吹き飛ばしたが、もうそこにはイザックの姿は無い。


「追うのと逃げるはうまいですねぇ」


 そしてイザックが撤退した直後、影達も溶けて消えていった。


「終わった?」


 僕がそう呟くと聖剣はアリスの姿に戻る。


「ええ。終わったわ」


 アリスはそう呟く。僕はため息をついて助かった言うつもりで口を開いた。


「?」


 だが、声は出ない。そして次の瞬間僕は両膝を地面についていた。体に力が入らない。そして僕は地面に倒れ込む。これは一体どういう事?そう言おうとしても言葉が出ない。


「ああぁ。聖剣を初めて使ったらぁ、まぁそうなりますよねぇ」


 デッラルテは極めて愉快そうにそう呟いた。そしてアリスも口を開く。


「タケル。力は強化できたけど、体が耐えられなかったみたい」


 え?そんなことあるの?と僕は口に出したかった。


「どう致しましょうぅ?アリス様ぁ」

「タケルをこのままにしておけないわ。命の恩人だし、私のパートナーよ」

「そうですねぇ。では家までお連れしましょうかぁ」

「それが良いと思うけど、家はわかるの?タケルは喋れないようだけど」

「気絶したらぁ頭の中を読みますねぇ。それで場所ぐらいはわかるでしょうぅ」


 言葉を発せないでいる僕の上でデッラルテはとんでもない事を口にしている。考えが読まれるのは嫌だ。流石に恥ずかしい。そう思っても体は動かないし、意識も遠くなってきた。やばい。こんなところで寝ているのを誰かに見られたら即変人認定を受ける。ああでも無理。もう目を開けていられない。


 僕は最後のちからを振り絞ってアリスの顔を見る。相変わらずしなやかな金髪、宝石の方な瞳、絹のように美しい頬。彼女はとても美しい。僕は彼女を助けられたことを心の底から嬉しく思う。


 よかった。僕はしばらくの間、今日の行いを後悔せずに済みそうだ。そう思った直後、意識が途切れる。

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