第8話 発狂
僕がアリスがいる場所へ目をやると、アリスがたくさんの影達に取り囲まれながらも戦っている最中だった。彼女は影たちの薙ぎ払いの攻撃を避けては拳で返し、叩きつけの攻撃を避けて影を蹴り上げていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
アリスは10分以上走っても息が上がらなかったのに今では激しく息を乱している。僕がデッラルテと会話をしていた数分の間、彼女はずっと戦い続けていたのだろう。
そんな彼女に言葉をかける人物がいる。
「辛そうだな。諦めれば楽になるぞ」
その人物は影達の中に佇む1人の男だった。
「誰が・・・」
アリスはその男を睨みつける。次の瞬間、影の1つがアリスの右側から叩きつけの攻撃。アリスはそれを素早く察して、影の腕の内側に滑り込み、アッパーで影に攻撃する。インパクトの瞬間に拳が光り、その光が影をズタズタに切り裂いた。
「なるほど。聖剣としての力を使っているのか。それじゃあポールの術とは相性が悪いな」
男は冷静に呟いた。そして男は続けて口を開く。
「だが、お前が聖剣の力をすべて使えていたら、この程度の影たちなんて楽に消せるし、俺を撃退することなんて容易だろう。なぜしない?」
「そ、それは・・・」
「あーなるほど。できないのか」
「ッ!」
「だったらお前に勝機はない。早めに諦めて投降してくれ」
「嫌に決まってるでしょう!?」
「嫌だろうがなんだろうがどうせお前は捕まるんだ。だったら快く投降してくれたほうがお互いにとって効率的というものだろう?」
「私にとって貴方をぶっ倒すのが一番綺麗に収まるわ」
「できるならな。だが、できないだろう?なぁ聖剣よ。さっさと投降してくれないか?俺もこの世界の人間を傷つけるのは本意ではない。だが、このままでは・・・」
男はそこまで言って自分の足元に倒れている男性の頭を掴んで持ち上げる。
「ぐっ!・・・ガハッ!はぁはぁはぁはぁ」
倒れていた男性は無理立たされて、傷の痛みに悲痛な声を上げる。それに構わず男は言葉を続ける。
「人質を使わざる得ないなぁ」
「卑怯な!」
「おいおい。こうなるのは当たり前だろ。お前も聖剣として何度も戦っただろう?戦いがどういうものなのか知っているはずだ。それとも強い聖剣は、弱くて憐れな人間の戦いを見たことがないのか?」
「ッ!」
その言葉はアリスにとってはコンプレックスだったようだ。確かに、そもそも聖剣を求めるものは武に自信のあるものが多いだろう。その上で聖剣を使うことでの能力アップがあったとしたら、それはもう人間では勝てない存在となる。そんな存在はわざわざ面倒な搦め手なんて使わなかったのだろう。
「ああぁ。もう駄目かもしれませんねぇ」
僕の隣でデッラルテがそうつぶやく。僕は内心でその意見に同意した。どう考えてもアリスはあの男の言葉に飲まれてしまっている。
「ああぁ。今回は相手が悪かったですねぇ。あのイザックが相手ではぁ世間知らずのアリス様では太刀打ちができませんねぇ」
「イザックと言うと、追跡者の片割れ。猟犬と言っていた人ですか?」
「そうですぅ。影遣いのポールは基本、表に姿を表しませんからねぇ」
「まさに影の男というわけですか」
「そうですぅ。有能な追跡者2人に対する世間知らずでしかも力が出せないアリス様ぁ。これじゃあぁ弱い物いじめだぁ」
弱い者いじめならぬ弱い物いじめ。彼女はきっと今まで強者の立場にしか立ったことがないのだろう。苦戦したとしてもいつも勝ってきたのだろう。だから人を助けたいなんて平気で言えるんだ。
だが今はどうだ。彼女は弱者になった。そして自分が弱者と思っていた人間どもに追い詰められている。
「もし・・・僕が聖剣の使い手となったら、あいつらをやっつけれるますか?」
僕は隣りにいるデッラルテにそう質問した。
「大変でしょうがぁ、相手の今の装備を見る限りぃ、撃退は可能でしょうねぇ」
僕はなんでここに立っているのだろう。なぜすぐさま立ち去らずに、アリスの行方を見ているのだろう。こんな僕には関係ない話、さっさと切り捨てて逃げてしまえばいい。なのに僕はここに立ちすくんでいる。
いっそのこと何かしらのトラブルで僕が戦わなければ行けないという状況になってくれたら楽なのに。そうすれば僕だって自分の命を救うために戦える。そうすれば自分の行動に言い訳が立つ。
「僕にはできないな」
僕はそうボソッと言った。そうだ僕にはできない。だって助ける理由がないじゃないか。彼女は他人で、彼女の都合に巻き込まれた人も他人で・・・他人で・・・。
「タケル様ぁ。こんなこと言うのもなんですがぁ逃げるなら今ですよぉ。今ならまだ私があなたを逃がしてあげられますぅ」
そうだ逃げるなら今だ。今なら逃げてもいい。今逃げても誰にも非難されることはない。だれにも責められることはない。親からだって情けない奴と言わない!だって、人が死ぬような事件なんだぞ!ほら逃げよう!僕!今だ!逃げろ!
僕は内心ではそう思っているが足は動かない。ずっとアリスの姿を見ている。アリスは誰にも助けを求めることなく一人で戦っている。肩で息をしながら、窮地に立たされながら、負けるとわかっていても敵から逃げることはない。
僕はそんな彼女の事を美しいとさえ思う。僕にはそんなことできないとも。僕は立ち向かうことも逃げ出すこともできない。気づけば終わっていないかと願うただの臆病ものだ。
「きゃぁ!」
アリスの叫び声が響く。僕は慌ててアリスの事を確認する。するとアリスは影たちの鋭い爪に切り裂かれ流血している。
「ほう。お前も赤い血が流れてるんだな」
アリスと対峙している男はそう言った。
「だから何よ」
「ふん。お前は聖剣でありながら、人間のように振る舞い、人間のようなことを言う」
「それが・・・何か問題でも?」
「いや、ただの道具のお前が、持ち主の真似事をしているのが面白いと思ってな」
「ッ!」
「人間になったのだならそれはそれでいい。そのまま流血してぶっ倒れろ。その方が楽でいい」
「力尽きるまで放置とは・・・猟犬と呼ばれる割には臆病ね・・・」
「安全に狩りができるならそれに越したことはないさ。ああそうだ。お前に礼を言わなきゃな」
「?」
「俺たちの子供でも引っかからないバカみたいな作戦に、まんまと引っかかってくれてありがとう。おかげで効率的に仕事ができる」
「くっ!そうやって私の事を見下していなさい。いつか絶対仕返ししてやる!」
「別に見下してなんかいないさ。お前は聖剣。本来の力を出されたら俺たちは退くしかなかった。だが、今のお前ならなんとか俺たちだけでも対処できそうだ。理由はわからないがお仲間のデッラルテもいないようだしな」
「お仲間じゃないわよ。ただの共犯者。今頃逃げて、元の世界に戻る算段でもしてるんじゃないかしら?」
「そうか?てっきりお前の持ち主になりそうなやつを見繕ってると思ったが。さっきまでお前が話していたガキとか」
「誰の事?」
「とぼけるな。お前は誰に追われてここに逃げ込んだと思ってんだよ」
「ッ」
アリスはそこで険しい顔を浮かべた。
「あの子には何もしないで」
「向かってこなきゃ何もしないよ。あのいかれた陽気なデッラルテが何か吹き込んでるかもしれないが」
どうやら、デッラルテという人物は異世界ではなかなかの悪評を持っているようだ。まぁ見た目としゃべり方がすでに怖いし。
「さて、おしゃべりはここまでにしよう。人間ならそろそろ動けなくなるだろう?」
そう言って男はアリスの所に向かって歩き出す。
「くっ!」
アリスは男の行動に警戒しながらも、傷口が痛んで動けない様子だ。あれでは動けないだろう。もう詰みだ。
アリスはイザックに拘束されるか、気絶させられるかの手段を用いてアリスを捕縛するだろう。だから今がアリスを救う最後のチャンスだ。今動かなければ永遠にアリスを救うことはできない。
いいのか?本当にこのまま見捨ててしまっても。もう2度とアリスに会うことはない。今行動を起こさなければ、一生苦しんでいるアリスを想像しながら生きることになる。いや良いに決まってる。元々僕には関係のない話だ。アリスが捕まって、動けない今の自分を後悔したとしてもどうせ1、2年で忘れる話だし、今日のこともまるで白昼夢のように記憶は薄れていくだろう。
だが、動けなかったという事実だけは心の中に残るかもしれない。その事実が今後僕がなにかに挑戦しようとした時に喉に刺さった針のように僕の心を突き刺すかもしれない。でも、このまま見逃してしまえば僕の安全は保証される。だってイザックだって僕のことは興味がないと言っていたじゃないか。
そうだよ。そうだ。だから僕は決断した。そして決断したと同時に走り出していた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
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