第7話 アリスの真実

 正直話の流れについて行けていない。そもそもアリスが聖剣だということも飲み込めていないのに。もしかしてデッラルテは冗談を言って僕を騙そうとしている?

 そう思って僕はデッラルテの顔を見る。するとそこにはいつも笑っている表情は無く、真剣な眼差しを僕に向けている。とても嘘を言っている顔ではないと思う。


「えっと・・・」

「疑問に思われるお気持ちはわかりますぅ。ですがぁアリスを救う方法はそれしかありませぇん。とはいえ私どもにとってはあなた保協力は不可欠ですがぁ、あなたにとってはそうではない事は理解していただきたいぃ。貴方にとって私達は先程会ったばかり。アリスが死んだところで貴方にとっては元の日常に戻るだけですぅ」


 その通りだ。もともとアリスとデッラルテはさっき会ったばかりだし、しかも一方的にこちらが巻き込まれる形となっている。今アリスを見捨てても、それはアリスが元の世界に連れ戻されるだけで、それはすなわち追跡者も元の世界に帰るということだ。

 そうなれば僕も安心して日常に戻れる。


「日常に・・・戻れる」


 僕がデッラルテの言葉を復唱するっと、デッラルテは頷いた。


「アリスの自我が芽生えたのは100年以上前ぇ。しかし動ける様になったのはつい最近のことですぅ。彼女はその間ずっと人の死を見続けてきたのでしょうぅ。そしてぇ思ったのでしょうぅ。もう人が死ぬのは見たくないとぉ。だから今も飛び出していったんですぅ。私には彼女を止める資格もぉ意志もぉありませぇん。あの姿こそが彼女の願いなのですからぁ」


 デッラルテはそう言った。


「あなたが聖剣の使い手になればいいのでは?」


 僕の言葉にデッラルテは首を横に降った。


「私にはできませぇん。資格がないからでぇす」

「資格?」

「聖剣の使い手になるには資格ぅ。というか適正が必要ですぅ。私は彼女の使い手となれる適正はなかったんですぅ」

「そんなの僕だってあるかわからないじゃないですか」

「いいえぇ。貴方にはありますぅ。私が診断しましたぁ」

「いつの間に・・・」

「これでも私ぃ、宮廷魔術師をやっておりましたのでぇ。この手のことは専門の内ですぅ」


 デッラルテは宮廷魔術師だったのか。それは置くとしても、僕が彼女の使い手となりあの影達を倒す。全く想像できない。


「いやいや、たまたま出会った僕がたまたま適正があるなんて・・・」

「実はぁ、聖剣使いの適性を持ってる人はぁ意外に多いんですよぉ。私はぁありませんけどぉ」


 そういうものなのか?まぁデッラルテの世界ではこういうものなのだろう。


 しかし、適性の話だなんだと言われると、なんだか急に怪しくなってくる。たまたまアリスたちが降り立った場所にいた僕が、たまたまあの聖剣の使い手となれる適正を持っていて、しかもたまたま彼女のピンチの場面で近くにいる。出来すぎていると言わざる得ない。適当に出会った僕を謀って遊んでいるだけじゃないのかと疑わざる得ない。


 それにデッラルテの話は、異世界の事として聞くとそういうものなのかと思えるが、実際はなんの証拠もない話だし、そもそも僕はそんな異世界のことは知らないから判断材料もない。こんな状況で判断を迫られても困る。

 それに話を聞いて僕が一番感じていることは、先にデッラルテも言っていた通り・・・


「適正はあっても・・・僕にはやる理由はないですよね?」

「ええぇそのとおりですぅ。見捨てられて元々ぉなんですよぉ。この話はぁ。それでも僅かな可能性に期待してぇ私は貴方に話していますぅ」

「だって、僕が手を出さなければアリスさんが連れ帰られるだけなんでしょう?」

「そうですぅ。まぁ私は殺されるかもしれませんがぁ」

「そしてアリスがいなくなれば僕は普通の日常に戻れる」

「その通りですぅ」

「もし僕が仮にアリスに認められて、聖剣の使い手になったら、最低でも2人を退けなければならない」

「ええぇ。そうですぅ」


 どう考えてもここで行動することは悪手でしかない。ここで放っておいてもアリスは死なないし、デッラルテは殺されるというが、宮廷魔術師という存在なら逃げ切れるのでは無いかと思う。


「・・・・・・」


 僕は無言になる。無言になって考える。そんな僕を見てデッラルテは言う。


「これは取引でもなんでも無いですぅ。私が個人的にお願いしているんですぅ」


 僕は懇願するデッラルテにそういった。


「もし・・・僕が聖剣の使い手となってしまえば、また誰かが彼女を追ってくるのではないですか?」

「その可能性はぁ低いですぅ。この世界に来るのはぁけっこう大変なんですよぉ。でも確かにありえないというほどではありませぇん」

「ならば、それは彼女の夢を壊すことになるのではないですか?戦いたくないなら持ち主なんていないほうが良い」


 違う。僕はこういう質問をしたいんじゃない。いや、そもそも質問する必要なんて無い。こんなの僕に動くメリットなんてなにもないじゃないか。それにデッラルテは僕に助けてくれと言ったけど、僕がアリスを助けられる保証なんて無い。今、出ていったら無駄死にになるかもしれないじゃないか。


 そんな事を考える僕にデッラルテは言う。


「そうですぅ。だから私は彼女に進言しましたぁ。逃げましょうと。ここで戦ってしまったらぁ、元の日常に戻るだけですよぉと。でも彼女は戦うことをぉ選んでしまいましたぁ。もう彼女は自分の夢をぉ諦めてしまいましたぁ」


 そうか。彼女は知らない人が死ぬのが我慢できなくて行動を起こし、そして今回も敵に突っ込んでいったんだ。なんて尊い行動なんだろう。僕にはできない。僕は人助けなんてできない人間。お年寄りに席を譲る事も億劫な自分勝手な人間じゃないか。


「僕に出来るとは思いません」


 僕は絞り出すように、自分に言い聞かせるようにそう言った。それに対してデッラルテは口を開く。


「そんなことはありませぇん。貴方は落ちてくるアリス様を受け止めたじゃないですかぁ。あの時貴方はきっと自分もアリス様を受け止めたらただじゃすまないと考えていたはずですぅ。でも貴方はアリス様を助けることを選択したんですぅ」

「いやあれは目の前に落ちてきただけで。目の前に人が落ちてきたら、びっくりして反射的に受け止めますよ」

「いえいえぇそんな事ありませぇん。アリス様は私を受け止めてくださらなかったじゃないですかぁ」


 そう言わればそうだな。デッラルテはアリスと同じ位置に落下してきたがアリスは受け止めなかったなぁ。いやいや、アリスはデッラルテが空を飛べることを知っているわけだから別に受け止める必要はないと判断したんじゃないかな?


「それは・・・」

「私は貴方のことを嫌いではありませぇん。基本は慎重で打算的ぃ。そして根暗で意固地ぃ。アリス様と私の言い合いの時、実は私の言い分の方が正しいと考えていたのではないですかぁ?」


 確かに見捨てるか見捨てないかの口論の中、僕はデッラルテの方が理に適っているなと思っていた。だって、知らない人間を差し置いて願いを叶えるなんてことは誰だってしていることだ。それにアリスとデッラルテはこの異世界移動のためにかなりの準備をしていたのではないかと思う。そんな事をしてまで掴んだ自由を、簡単に放り出そうとするなんて、正直言って理解ができない。アリスの行動は理解できない。


「でもぉアリス様の行動も理解できるのではないですかぁ。見ず知らずの少女を自分の身を顧みず助けた貴方ならぁ」

「それは買いかぶりです。あれはたまたまです」


 確かにとっさに彼女の体を受け止めようとした時、自分の大怪我を覚悟したのは事実だ。だがそれだって体が動いたあとで、今更その場所から離れられないと思ったからだ。


「そうですかぁ。もちろん決断は貴方におまかせしますぅ。ですが私は貴方に聖剣の使い手になって欲しいぃ」

「どうして?」

「貴方なら理解できると思ったからですぅ。彼女の苦しみをぉ」

「できませんよ。他人の苦しみを理解するなんて」

「ふふっ。そうでしょうかぁ?本当にぃそうだったらぁ、私なんかの与太話をぉここまで聞いてたりしないですけどねぇ」


 僕に一体何が出来るというのだろうか。僕はただの・・・。僕がそこまで考えた直後、アリスの叫び声が聞こえる。


「きゃあ!」


 僕は驚いてビルの隙間から飛び出して、繁華街の中にいるアリスの姿を見た。

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