第6話 悪魔の提案
僕は首元を掴まれて、個人ビルの隙間の空間に引っ張り込まれる。
「あぶないですぉ。見つかったらオシマイですぅ」
デッラルテは危機感のまるで無い表情のままそういった。
「アリス様ぁ。見つかってしまいましたねぇ。でも見た感じだとぉ詳しい場所まではわかっていないようですねぇ。早くここから逃げないとぉ」
「逃げるって・・・。ここの人たちはどうするの?」
「どうするのってぇ、あの影の相手をしてもらいますがぁ?それがなにかぁ?」
「それは!?」
アリスの顔が凍りつく。その表情を見たデッラルテは口を開く。
「そんなぁ真剣にぃ考えないでくださぁい。私達がここにいないことがわかればぁ、彼奴等だって殺戮をやめますよぉ」
「やめるって・・・。それまでに何人の人が!?」
「まぁおそらくぅ、結構な数が死にますねぇ」
「それを黙ってみることはできない。彼らは私のせいで傷つくのよ」
「それはぁおやめくださいぃ。彼らは怪我人を出して私達をおびき出そうとしているのですぅ。貴方が出ていったら彼らの思う壺ですぅ」
「だからといってこのままでは」
「アリス様ぁ。異世界に行くというのはこういうことですよぉ?何も知らない人間の命を貴方が巻き込むんですぅ。私は質問しましたよねぇ。覚悟はあるかとぉ」
「そうだけど・・・でも・・・」
「こんなはずじゃなかったっていうのはぁ、貴女の想像力不足ですぅ。その結果多くの人を巻き込んだのはぁ、貴女が軽い気持ちで逃げるなんて言わなければぁ、発生しようもない犠牲ですぅ」
「軽い気持ちなんかじゃ!」
「だったらぁ。ここはぁ引きましょうぅ?貴女が捕まったら元も子もありませぇん」
「でも・・・」
アリスは悔しそうに唇を噛む。そのアリスをデッラルテが急かす。
「早く行きましょう。ここに留まると追跡者に見つかってしまいますぅ」
アリスはギュッと手に力を入れて握りこぶしに力を入れて目を伏せる。強く噛みすぎた唇からは血が流れている。その次に顔を上げて目を開く。
「すぅ・・・ふぅ・・・」
アリスは深呼吸をするとデッラルテを見据えた。
「タケル君を巻き込んだように、ここのひとを巻き込んだのも私。だから責任は取らなければならないわよね」
「ですからぁ。ここでノコノコ出ていって捕まったら、ここまで来た意味がぁ」
「ノコノコ出ていって捕まらなければいいでしょう?」
「そんな事が可能だとは思えませぇん。相手が悪すぎますぅ」
「ここで引いたら、私が逃げてきた理由はなくなる。闘いはもう見たくないという願いも」
「その願いのためにここは彼らを見捨てるんですぅ」
「貴方の言っている意味はわかるわ。願いのためには犠牲は必要かもしれない。でもそれはまず自分自身を犠牲にすべきよ。でないと私の夢は一生叶わない!」
「・・・・・」
デッラルテが無言になる。言い負かされたという感じではなく、これ以上言っても無駄だという意味の無言なのだろう。
「ごめん。デッラルテ。ありがとう」
そう言ってアリスはデッラルテの脇をすり抜けて繁華街に出る。そして息を吸って叫ぶ。
「聞け!影遣いのポールとやら!私を連れ戻しに来たのだろう!私はここにいるぞ!」
甲高いアリスの声は繁華街中に響き渡る勢いだった。その声を来た影がアリスの方向を見る。
「ギャァァァァァ!」
そして大声で吼えた。するとアリスを取り囲むように地面から影達が立ち上がる。ゴリラのような姿や骸骨のような姿など様々な影達が、アリスの方向を向いている。
「来るなら来い!」
アリスはそう言って構えをとった。
それを見たデッラルテが手で目を隠して口を開いた。
「あぁ。やっちゃったぁ。やっちゃったぁ。これで私どもの苦労は水の泡ぁ。なんもかんもぜぇんぶご破産」
デッラルテは口元こそ笑っているが、似合わない大声を上げて嘆いていた。僕はそんなデッラルテに質問をした。
「アリスの願いってなんですか?」
「ん?」
デッラルテは目を隠していた手を除けて、僕の顔をみる。
「あぁ。そうですねぇ。もう終わってしまった夢ですからぁ。言ってもいいでしょうぅ」
この時にデッラルテから聞いた話は以下の通り。
アリスは元いた世界では至宝と呼ばれ、様々な人間が彼女を巡って争っていた。ある時は王様。ある時は勇者。彼らは腕いっぱいの夢を抱えてアリスを求めた。だが、アリス自身にはその力はない。結局夢を叶えるのは自分自身の力であり、アリスは力を貸すだけ。そのことを心苦しく思っていたが、その言葉を伝えることはできなかった。多くの人がアリスを求めて争う。そしてその争いは次第に流血を伴うようになる。
アリスは根っからの平和主義者だ。自分のために誰かが争って欲しくない。いっそのこと自分がいなくなれば、私を巡って争うことはなくなる。だから、アリスは異世界を脱出してこの世界に来た。もう二度と争いを目にしたくないがために。
「アリスは様ぁこの世界で静かに暮らすためにぃ来たのですぅ」
「なるほど。おおよそはわかりましたが・・・」
話の概要はわかった。自分を取り合って争うならばいっそのこと自分なんていなければいいとそう思ったのだろう。だが、「世界の至宝」と「夢を叶える」ってどういうこと?めちゃくちゃ可愛いから「至宝」で、アリスはどこかのお姫様とかで、アリスを自分のものにすることで権力が握れるから「夢を叶える」になるのか?それにしては妙な言い回しのような気がするけど・・・。
僕がデッラルテの話を聞いて考え込んでいると、デッラルテはその僕のことを察して口を開いた。
「ああ、そういえば言ってませんでしたねぇ。実は彼女は人間ではありませぇん」
「へ?」
僕はまた情けない声を上げた。本日何回目だと自分に問いたくなる。
「どういうことですか?」
「どういったらいいでしょうかぁ。うーん。良い言い回しが思いつかないのでぇ結論を言うと彼女の正体は聖剣です」
「は?」
ますます意味がわからなかった。アリスが聖剣?あの女の子が?金髪で宝石のような瞳を持つ彼女が?まだお姫様という方が理解できる。
「正確に言うと聖剣に宿った意志が体を得たものというべきですかぁ・・・。さすが聖剣ですねぇ。そんな事が起こるなんて想像もしていませんでしたよぉ」
デッラルテは嬉しそうにそう言った。聖剣に宿った意志。アリスは日本で言うところの付喪神という存在ということか?うーん。いかんせんこちらの常識と違う世界なのでなんとも言えない。そういうもんだと言われればそうなんだなと納得せざる負えない。
「そういう・・・なんですか?物に意識が宿り、自立して行動することってよくあることなんですか?」
「いえいえぇ。極めて特殊な例ですぅ。特に彼女のように人間の姿を取って、物自体が歩き回るなんて今の所、彼女をおいて他にはいません。彼女が聖剣という特別な存在だからそうなったんでしょうねぇ」
やっぱり珍しいことのようだ。よかった。いやよかったのか?少なくともこの件に関してデッラルテと近い感情を持てたという意味では朗報だったかもしれない。僕はこの人のことを全く理解できていなかったが、この人にも一応人間の感情があるのだなと安心した。いや、もしかするとこの人も背は高いし不思議なメイクをしているからこの人こそ人間じゃないかもしれない。
なにせこの世界の出来事ではないんだ。別の世界の中でどのような事が起きてもおかしくはない。僕は今まで異世界のことを、剣と魔術があったらいいなというレベルの認識しかなかったが、もしかしたら物が話し出したりするファンシーな、例えば不思議の国のアリス的な世界なのかもしれない。
そんな事を考えていると、ふとデッラルテからの視線を感じる。僕はデッラルテの顔を見上げて口を開く。
「えっと・・・どうしたんですか?」
「私どもの旅はおそらくここで終わりですぅ。もうすぐアリス様はぁ追跡者に捕まり元の世界に連れて行かれるでしょうぉ」
「貴方は助けに行かないんですか?」
「相手が1人だったらそれも可能ですがぁ。相手が2人で影遣いのポールと猟犬イザックなら逆立ちしても敵いませぇん。だから私達の旅は終わりですぅ」
「そんな・・・。他に方法はないんですか?」
僕がそう言うとデッラルテは僕の正面に立って僕と向かい合う。
「1つだけ方法がありますぅ」
「・・・?」
身長180cmの巨漢の男、それも顔には不思議なメイクをしている男と向かい合うのは正直めちゃくちゃ怖い。だが、それでもデッラルテの言う方法を聞きたいという欲が恐怖心より勝る。
「それは?」
「それは貴方が聖剣の使い手になることです」
デッラルテはそう言った。対する僕の返答は
「は?」
だった。
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