第4話 少女と敵襲
僕は何も理解できないまま、少女が空のヒビから飛び出てくるのを目撃した。少女は重力に身を任せ落下している。
「え?え?助けッ!」
少女も声を上げて助けを求めた。その瞬間、僕の体が勝手に動いた。少女が落ちてくるであろう落下ポイントに滑り込み、少女を受け止めようと手を広げた。
このときの僕の心の半分くらいは後悔に占められている。もしこの少女がとても高いところから落ちてきているなら僕が受け止められるはずはない。少女の落下に巻き込まれて僕も死ぬだろう。よしんばこの得体のしれない少女を助けられたとして、その後は痴漢だセクハラだと騒ぎ立てられて、いきなり殴られる可能性だって否定できない。最近のニュースはそういった話題に事欠かないし。
つまり僕にはこの少女を助けるメリットはない。それこそ電車でお年寄りに席を譲るのとは違う。命の危険さえある。だが、僕はそんな気持ちと裏腹に少女を絶対助けるために手を広げ続けている。
「あっ」
そして少女は僕の腕に落ちてきた。落下していたはずなのにその衝撃は全く感じなかった。僕の懸念の1つ目は全く問題なかったと理解する。そして僕は落ちてくる少女の顔を見た。
黄金のような美しくてしなやかな髪、絹のようなサラッとした肌、驚いたように見開いた目の中に、光を受けて輝く宝石のような黄緑の瞳、生気に満ちた血色の良い唇。
2つ目の問題として、いきなり痴漢だかセクハラと間違えられて殴られるというものも僕の心の中で解決した。こんなに美しい少女に殴られるのは本望というものではないだろうか。一生に一度の幸運とさえ思う。
「え?」
少女は僕の顔を見て驚いている。僕は急に恥ずかしくなって慌てて、極めて軽いその少女の体を下ろした。そして慌てて数歩後ろに下がり口を開く。
「あ、だ、おご・・・」
やばい。何を言えばいいか分からなかった結果、僕はとてもめずらしい鳴き声の生物と成り果てていた。そんな僕のことを見て、少女は口を開く。
「助けていただいたのですね。ありがとうございます」
少女はそう言って頭を下げた。その優雅な動作に見とれてしまい、なんの反応もできなかった。
「あの・・・どうかいたしましたか?もしかしたらお怪我でも・・・」
頭を上げた少女が僕の事を不思議そうな顔で僕にそう質問してきた。その時になって僕はようやく言葉を発することが出来た。
「い!いえ!大丈夫です!というか大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
動揺のあまり声も大きく、早口で少女に話しかけていた。そんな僕を見た少女は微笑んで口を開く。
「私は大丈夫です。よかった。親切な人に助けていただいたようで」
その笑顔があまりに美しすぎて僕の心臓は跳ね上がる。今までこんな衝撃に見舞われたことがあるだろうか。いやない。絶対にない。そもそも僕は灰色の人生を送ってきたわけだから女性と話すことがそんなに経験がない。
だが、ずっと呆けてもいられない。変な人だと思われる。
「あ、あの・・・」
僕がそう言おうとすると突然少女とは別方向から声がした。
「アリス様ぁ!ご無事ですかぁ!」
僕の目の前にいる少女はその声を聞いて視線を上空へと移動させる。釣られて僕も空を見上げた。するとそこには男がいた。その男は少女めがけて落下してくる。
「デッラルテ!無事だったのね!?」
アリスと呼ばれる少女は嬉しそうにそう叫んで、デッラルテと呼ばれる男の落下予想地点から移動する。その結果、男はそのまま地面に落下した。
「いたぁい!なんですかこの硬い地面はぁ!」
男はアスファルトの道路に悪態を付きながら立ち上がる。
「デッラルテ。大丈夫?」
「ええぇ。大丈夫ですぅ。なんだかこの世界はマナが薄いですねぇ」
立ち上がった男は身長180cm以上はあろうかと思わえるほど大柄だった。だけどそれ以上に目を奪ったのはピエロのように白塗りで、毒々しい口紅と血のように真っ赤なアイメイクをした顔。シワの加減からこの男は若くないと判断できる男の顔だ。
「おやぁ?」
男は僕の存在に気がついた。
「この世界の住人に見られてしまいましたかぁ。これは失敗失敗ぃ」
男は自らの手をグーにして自分の頭を軽くポンと叩く。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私の名前は陽気なデッラルテと申しますぅ。デッラルテとお呼びくださいぃ」
男は不敵な笑みを浮かべながら僕にお辞儀する。その高い身長と奇抜なメイクに僕は心底恐怖しなんの返事もできなかった。
「自己紹介はまずいんじゃないかしら・・・?」
デッラルテの行動を見た少女が慌てて男にそういった。
「しかし助けてもらった以上ぅ、名乗るのは礼儀ですのでぇ」
「たしかにそうかも知れないけど・・・」
少女は煮え切らない態度を取る。それを見た僕は慌てて口を開く。
「僕の名前は雨宮タケルと申します!」
僕がいきなり自己紹介をしたことで、2人は驚いて僕の顔を見る。
「アマミヤタケルぅ。そうですかそうですか。良い名前ですねぇ。名前の由来はわかりまえんけどぉ」
男はそう言って嬉しそうに笑った。一瞬、少女は困った顔をしたが、すぐに覚悟を決めて口を開く。
「私の名前はアリス・ヴェルソーです」
どちらが名前でどちらが姓かわからないが、見た目が西洋っぽいので名前はアリスの方かなと当たりをつける。
「デッラルテさんとアリスさんですね」
「私にぃ"さん"はいりませんよぉ。単純にデッラルテとお呼びください」
僕の確認にデッラルテがそう言ってきた。
「は、はいわかりました」
「んーつかぬことをお伺いしますがぁ。貴方のお名前ぇ。どちらがファーストネームですかぁ」
「あ、タケルがファーストネームです」
僕も一瞬考えた疑問に、このデッラルテも引っかかったようだ。デッラルテは僕の返答に満足したようでなるほどなるほどと頷いている。
「タケルさん」
アリスが僕の名前を呼んだ。僕はアリスの方向を見る。
「この度は驚かせてしまって大変申し訳ありません。重ねて失礼ですが、今あったことは・・・」
アリスがそう言うと僕は慌てて返事をする。
「はい!誰にも言いません!」
きっと訳ありなんだろう。深く詮索しないのがこのネット社会で生きるコツだろうと思う。もしかするとこの2人はマジックショーの練習をしていたのかもしれない。なんか見た目ピエロっぽいのいるし。それならば他言無用というのも頷ける。驚かすために隠しているマジックを誰かに見られてきっと困ってるんだ。そうだきっと。
「ありがとうございます」
アリスは物腰が丁寧なので、パフォーマンサーとして人前に出るのを担当しているかもしれない。デッラルテについては変な喋り方だしきっとこれはキャラ付けだろう。ピエロってなんか芝居がかった喋り方しそうだし。いや見たこと無いけど。
「タケル様ぁ」
僕がアリスたちの事を考察しているとデッラルテが僕に話しかけてくる。
「はい。なんでしょう?」
僕はついついアリスに釣られて過剰な程丁寧な口調でデッラルテの言葉を待った。
「重ねて申し上げますがぁ今回のことはぁ、決して他言無用にございますぅ。それが貴方のためですぅ」
デッラルテはニヤリと笑ってそう言ってきた。いや怖いよ。ピエロ怖い。アメリカにはピエロ恐怖症という物があると言うが、今、目の前にいるデッラルテを見ていると、ピエロが怖いと言う気持ちが少しわかる。厚塗りの化粧の下に一体どんな感情を潜ませているか全く読めない。
「デッラルテ!怖がらせないで!」
「すみませぇん!」
デッラルテはアリスに怒られてシュンとしている。アリスはその姿を確認すると僕に目をやった。
「ごめんなさい。脅かすような事をしてしまって」
アリスは申し訳無さそうにそういった。僕は慌てて否定する。
「いえ!別に!」
「そう良かった」
アリスはそう言って微笑む。そして言葉を続ける。
「でも、他言無用はお願いします。そして誰かに私達のことを質問されたら必ず"知らない"と答えてください。でないと貴方はその質問者にひどい目に合わされるかもしれない」
アリスは真剣な顔でそういった。僕は慌てて何度も首を縦に振った。
「うん。ではもう私達は行きます。助けてくれてありがとう」
そう言ってアリスは僕の前から立ち去ろうとした。その瞬間デッラルテが口を開いた。
「それはできませぇん。もう囲まれていますぅ」
「!」
次の瞬間、僕らの周りに黒い影のようのようなものが現れる。それらの影は地面から立ち上り、次第に二足歩行の生物のような形を取る。
「これは!?」
僕は驚いてそう口走る。影は人間の姿や、羽の生えたゴリラのような姿など様々な形を取る。その全てが武器のような物を手にしているため、明らかに害意があることが読み取れた。
「これはポールの魔術ですねぇ。やっぱり追ってきてしまいましたぁ」
デッラルテがそう言うと、アリスが驚いた。
「あの追手のうちの1人!?こんなところまで追ってきたというの?」
「ええぇ。彼らは優秀な追跡者ですぅ」
「貴方は彼らを知ってるというの?」
アリスがデッラルテを問い詰めようとする。だが、そんな時間はない。影達はどんどんと僕らに近づいてくる。
「くっ!」
アリスは悔しそうに言葉を漏らした。
「アリス様ぁ!まだ絶望的な状況ではありませぇん」
そう言ってデッラルテは手を天に掲げた。
「あ、タケル様ぁ。目を閉じることをおすすめしますぅ」
「へ?」
僕は間抜けな返事をした、次の瞬間手から強烈な光が放たれた。
「うわぁぁぁ!」
僕はその激しい光が目に飛び込み、激痛が走る。デッラルテは目を閉じろと僕に言ったが、僕はその言葉をとっさに理解できずに目を閉じれなかった。
「だからぁ目を閉じろぉって言ったのにぃ」
デッラルテがそう言った。いやいやいや。いきなり言われても無理というか、忠告から行動までのスパンが短すぎるよ!と内心で悪態をついたが光に目をやられている僕はその言葉を口に出すことができなかった。
「タケルさん!ごめん!付いて来て!」
アリスがそう言って僕の腕を掴んで走り出した。僕は引っ張られるように走り出す。
「とにかくここから逃げないと!」
僕は走りにながらアリスの焦った声を聞いた。
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