壊れかけの日常
第3話 憂鬱な宵の口
夏が終わり、秋も過ぎ、いよいよ冬に差し掛かった時期のこと。僕こと雨宮タケルは友人の天海リクトと線路沿いの細い道を歩いていた。
退屈な授業が終わると僕らは、一目散に家へと帰ることを日課としている。特に学校に残ってまでやることはないし、そもそもあの空間は嫌いだ。それはリクトも同意見なようで早く家に帰りたい者同士、いつもくだらない話をしながら下校している。
「カッパやUFOだってこの地球上のものじゃなくって異世界の産物だと考える方が自然じゃない?」
リクトはオカルトマニアでいつも妖怪だかUFOだかの話を僕にする。僕は決まってそれらの話を半信半疑で、たまに質問を交えながら聴く。興味もない話だが別に聴かされることは苦にならないし、それどこか退屈な下校時間のちょうどよいBGMに最適だと思えるくらいにはリクトの話は好きだった。リクトは本当にそれらのオカルトを解き明かしたいのだろうと思えるぐらい、情熱的に話してくれる。
「いやいや。それのどこが自然なんだよ」
「だって、カッパなんてこの地球上で発生し得ないでしょ?あんな大きな生き物が川で生活するなんて。生息地狭すぎだよ。しかも主食はきゅうりとか。だってきゅうりだよきゅうり!世界で一番栄養の少ない野菜としてギネスに乗ってるんだよ?そんなん食ってるだけで生き残れる訳無いじゃん!」
リクトは生物の習性や食料の観点から僕にそう説明した。僕に至ってはカッパの謎を解き明かしたいという確固たる情熱があるわけではないので、半分適当に返答していた。
「バカヤローきゅうり農家に謝れぇい」
中途半端な江戸っ子口調。たぶん本場の人が聞いたらめちゃくちゃ怒られるクオリティーだ。それに対してリクトは色気もなにもない大きな黒縁メガネを触って位置を調整ながら弁明する。
「いやきゅうりの悪口を言ってるんじゃないよ。それで栄養が足りるわけ無いじゃんってこと」
リクトはそう言って僕の不真面目な返答に真面目に対応する。
「いや、おやつ的にきゅうり食ってんじゃないの?主食は普通に魚とか」
「あのサイズを維持するほど魚食ったら川から魚が絶滅しそう。人間より一回り小さいとはいえ、あのサイズなら人間と同じように1日2食~3食程食べてもおかしくない」
「そりゃそうだけど・・・。すごく食事効率が良いとか、動いてない時は冬眠してしのいでるとかそういうのじゃないの?」
「1年中冬眠してる生き物なんて・・・。いつ繁殖するの?」
「そりゃ、発情期になったらどっかに集まって繁殖するんじゃない?」
「そんな決まった場所があったらすでに人間に見つかってるよ」
「いやいや。きっと国の機関とかが隠蔽してるんだよ。エリア51みたいに」
リクトはオカルトについては極めて真面目だ。
「まぁ100歩譲ってカッパが異世界からの来訪者だとして、それこそUFOはどうなんだよ」
「UFOはもっと単純。何万光年も宇宙船に乗ってくるより、本をめくるようにペラっとこの世界に来る方が楽じゃない?」
「いや楽かなそれ?」
「だって、すごい距離がある宇宙の彼方、隣にピッタリと寄り添う世界。単純に考えればどちらが簡単に地球に到達できる?」
「まぁそりゃその言い方だと異世界のほうが近そうではあるけど」
「そう!そうなんだよ!だからもし異世界なんてものがあるならゲートを開きさえできれば簡単にこちらにたどり着ける。距離的にはゼロに近い」
カッパとUFOの話から異世界に繋がり、その世界から様々な妖怪や怪物がこの世界を訪れているなんて正直理論の飛躍にも程がある。それにリクトの話にはまったく証拠と思しきものがない。つまりはただの与太話。
だが、そんな話でも話し手が真剣ならば、それなりに面白い話になり得るのだなと感心する。テストでは赤点だったリクトもオカルトの話になると優れた記憶力を発揮するし、もしかしたらリクトの将来はそういうタイプの雑誌を編集する仕事に就いたりするのだろうかと思ったりする。
「ゼロに近いかな?異世界とこの世界が隣り合っていても、座標的に外れてる可能性はあるだろ?ピッタリこの世界に訪れるなんて」
「だから、たまたまこの地球にたどり着いたやつだけが、UMAとして知れ渡っているってこと。失敗している分も合わせると分母は僕らの想像しているより遥かに大きんじゃないかな」
僕らの想像しているよりって、僕は別に想像もしていないから多くても少なくてもどっちでも良いんだけど・・・。
「あ、もうすぐ駅に着くね」
僕がリクトにそう言うと、リクトは残念そうな顔をした。
「そっか」
リクトと話しているとあっという間に駅についた。僕は隣町に住んでおり、電車通学なので登校はこの駅でリクトと合流し、下校はここで分かれる。
「じゃあねリクト」
「じゃあねタケル」
そう言って僕はリクトと別れ、定期券を使って駅のホームに入る。そしていつも乗り込むドアが止まる位置に立ち、バックからスマホとイアホンを取り出した。1人になると駅でスマホを眺めながら音楽を聞いている。別に見たい情報があるというわけでも、聞きたい音楽があるわけでもないが、こうでもしないと電車の中は退屈極まる。
「あ、新刊出てる」
僕はそう言ってスマホをフリックして情報を集める。僕が取り留めもなくネットの情報をしばらく探っていると僕が乗る電車がホームに到着する。僕はその電車に乗る。電車の席は空いているがそこには座らず、入口近くのポール付近に立ち、そのポールを握った。
昨今の風潮であるお年寄りや困っている人に席を譲ろうという考え方に異論はないが、自分がそれをするとなると少々の勇気と恥じらいを乗り越える必要がある。いわゆる僕はコミュ障なのだ。たとえ僕が席に座っていて、目の前にお年寄りが大きな荷物を持っていたとしても、自分から声をかけれる自信がない。だったら、はじめから立っていたほうが良いだろうと結論づけた。席を譲るとかそういった格好いい行動は、他の誰かに譲るとする。
そう自分に言い訳をしながら僕はスマホから伸びるイアホンを耳に付けた。そしてスマホを操作し、音楽を選択して再生する。とはいえ音楽にも造詣が無く、僕はとりあえず流行りの曲やアニソンなどを適当に選曲した。
僕は音楽を聴きながら、流れ行く景色を電車の中から眺めて十数分の時間を潰す。個人ビルやマンションや大型店舗。そういった風景が次第に山や民家に変わる。
僕は地元の高校へは通わず、電車で20分程の高校に通う。僕は特別頭がいいわけでも特別頭が悪いわけでもないので、地元の高校にいかなかったのには学力的な理由はない。ただ単純に地元の学校が嫌だっただけだった。
そして数十分後、電車は僕が降りるべき電車のホームに到着する。そして僕は電車を降り、迷いのない足取りでホームから改札を抜け駅を後にする。日はもう沈みかけで、宵の口と言える時間に差し掛かっている。
そしてそこから10分ほど歩けば、僕が住んでいる家に到着する。この道程を毎日毎日、特になんの感慨もなく行っている。
「はぁ・・・」
漫然と学校生活を過ごすことに、ちょっとした不安を覚える。僕はこのままで良いのか?なにかすべきなのかという不安。学校の他の人達が学業や部活に打ち込んでいるのを横目に、僕は何もできていない自分を省みる。僕にはこれといって特技もなく、リクトみたいに熱中するものもない。こんななんでも無い自分がこれから先の人生をしっかりと歩んでいけるのだろうか。ちゃんとした社会人になれるのだろうか?そういう気持ちが心のなかに広がる。
本当はなにかしたいことがあるんじゃないかと思う。今の内から何かを始めておかなければとも思う。でもどうすればいい?何をすればいい?僕はこのままで平気なんだろうか。
「はぁ・・・」
僕は再びため息をついて1人で閑静の住宅街の中を歩く。目の端に映る家々には電気が灯り、それが僕を一層孤独にさせる。将来僕はこんな家に住めるのだろうか?普通の暮らしができるのだろうか?
そういった事を自問自答しながら歩く。下校時間はいつも憂鬱だ。
――パリ!
突然、何かが割れる音が聞こえる。
「え?なに?」
僕は突然の音に驚いて辺りを見回した。まさか本当にUFOやらUMAじゃないよね?カッパが歩いてたりしないよね?
だが、周辺には何もおかしいところはない。もしかして気のせいなのかな?と思った矢先、上からなにか塵のようなものが降ってくるのに気がついた。僕はそこで視線を上空の、塵が落ちてきたであろう場所に向ける。
「え?」
するとそこには、空中にガラスが割れたようなヒビが入っていた。
「なに・・・あれ?」
空中にはヒビだけが浮かんでいたと・・・そう言う他ない。そこにはヒビの割れそうなモニタやらどこからともなく飛んできた建材やらもなにもない。本当に空にヒビが入っているだけだ。
――ビシッ――ビシッ
ヒビはどんどん大きくなる。そして落ちてくる欠片も大きな者が降ってくる。そして次第にヒビの向こうが見えるようにある。向こうは禍々しい紫の暴風が吹き荒れていように見える。
僕は怖くなった。知らないものを見たこともあるが、あのなかからもし、リクトが言っていたような巨大な何かがこの世界に襲来し、人を襲いだすのではないだろうか。いやそれどころか何かしらの光線が発射されて僕を一瞬で蒸発させるとか。
悪い想像は次々と浮かぶ。だが、僕は恐怖のあまりその場に立ちすくむしかなかった。足が言うことを聞かないし、その空のヒビから目をそらすことができない。
「一体あれは・・・」
僕がそう呟いた直後、空のヒビは勢いよく砕け散る。そしてそこから1人の人影が飛び出してきた。
「へ?」
僕は全く理解できず、思わず間抜けな言葉が口から漏れる。
「きゃ!」
空のヒビを破壊しながら出てきたのは、1人の女の子だった。
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