出発
玄関の除染スペースが、また大袈裟なブザー音を鳴らした。そして機械の駆動音とともに、金属でできた重そうな扉が開いた。同時に、朝方の澄んだ色の光が、扉に合わせてゆっくりと広がっていった。ショウタは、ガイガーカウンターのスイッチを入れた。また聴き馴染みのある、ジリジリという不快音が鳴り響いた。
シェルターから一歩外に出る。ショウタは深呼吸をしようとして、ガスマスクを大きく鳴らした。朝日が登り始め、空には雲ひとつなかった。
「ぅうーーわっ!」
大きな声とともに、ショウタは頭をペシッと叩かれた。振り向くと、防護服とガスマスクに身を包んだシオリがいた。ショウタは少しぎょっとした。
「…んだよ…反応うっすいなぁ…」
シオリは、さも残念そうにつぶやきながら、シェルターの扉を閉め始めた。
「…『う』の発音は目立ちにくいんだよ…」
「んぇ?」
シオリはショウタに振り返った。
「『う』は口を窄めて発音するから音そのものが大きくなりづらい、だから驚く前に認識が追いついちゃんだよ。次回は『あ』行でやるように…」
「うぅーわっ…驚かないどころか説教までしやがった…」
シオリはうんざりしたよう首を振りながら、ショウタのところに歩み寄った。
「…ちなみに昔読んだ児童文学からの受け売りな」
シオリは、両手で耳元あたりをぽすぽすと塞ぎながら、ショウタを追い越していった。ショウタも、シオリの後を追った。
「ところで、道はちゃんと分かってるんだよね?」
シオリに追いついたショウタが聞いた。
「へーき…ただ途中に川があるから、無事に越えられるかどうかが…」
「ん?ここいら一体の川は、五年前くらいに開発のためにほとんど全部埋め立てられたって話聞いたけど…」
「あ、ごめん…地図が古いの忘れてた…」
「さぁーて、生きて帰れるやら…」
「…てへっ」
「可愛くないからな」
「んふっ…このツンデレめ…」
シオリは、ショウタの横腹を肘でこづいた。二人は、ちょうど太陽が差し込む方向に、とぼとぼと歩き出した。
二人はしばらく、他愛のない雑談をしながら進んだ。幸運にも二人は、目的地までほぼ直線的に進むことができた。二人はその間、ほぼ途切れることなく会話を続けていた。ショウタは、旧都に足を踏み入れた時の寂しさをとっくに忘れ去っていた。
「…へぇー…ちょっと意外…」
「そでしょ!女子だと周りに観る人全然いなくてさー」
ショウタは、シオリの短い、明るい色の髪の毛と、そばかすの散った顔を思い出した。
「それで思い出したけど…シオリってさ、フラウに似てるって言われない?」
「…それ褒め言葉なの?…それに私はセイラさんの方が好き」
シオリはつんとした声で返した。ショウタは、機嫌を害してしまったかもしれないと思い、話題を変える事にした。
「あ!あとあれ見た?『ブレードランナー』」
「見た…やっぱサイバーパンク映画はあれが至高になっちゃうんだよねぇ」
マスクの奥で、ショウタは少しニヤッとした。
「知ってる?あの映画エンディングが何パターンか存在するって」
「うち一つは『シャイニング』の空撮のあまりを使ったハッピーエンドでしょ?」
「おおっと…お見それしました…」
「私に映画の話で勝とうなんざ百年早いわ」
シオリが得意げに言った。
「…そういえば、続編の年代ってもう追い越したんだっけ?」
「…どーうだっけな…確か越したんじゃない?」
ショウタは、横を通り過ぎていく崩れたビルを眺めた。
「…なんか、下手に映画に年代入れなきゃいいのに…『2001年宇宙の旅』とかさぁ…」
「…ちょっとわかる……ただあの映画は名作だから!」
シオリが少し声を大きくして言い返した。
「それに、一応レプ……あっ…」
シオリは途中で立ち止まった。
「…一軒目発見!」
シオリが指を刺した。その方向には、小ぢんまりした建物が残っていた。
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