26,誰も彼も迷走中
毎日毎夜勉強漬け。そんな単調な生活がもう11年。私はそこから何を得ただろうか。特に彩加ちゃんと会わなくなってからは正に失われた六年間だ。
気付けば21時。冷房の効いた塾に籠った四時間は刹那に過ぎて、いくら勉強しても満足な結果を出せる気がしない。私が目指すのはパーフェクト、つまり全教科満点。妥協点を設けるとすれば、模試で志望校のA判定を毎回獲得だ。ところがこれまでA判定は四割ほど。他はB判定だ。
どうして? ‘ほぼ毎日’寝る間も惜しんで勉強しているのに。記憶の定着を図って多めの睡眠時間を確保する日もあるが、これは甘えではない。‘毎日’睡眠時間を削っていた頃と比べれば成績が上がったから、試みは成功といえるのだ。
けれど高校程度の学業で躓いている私が医師になったとして、果たして人命を救えるだろうか。そう考えると、進みたい道と進むべき道に
◇◇◇
「おう秋穂! 塾帰りか?」
映画を観終えて駅前をふらついてたら、疲れ顔の秋穂が商店街方面から歩いてきた。歩調はいつも通りで、いつも秋穂を見てないと疲れてるなんてわかんないと思う。
「えぇ。あなたは如何わしいお店で思い出づくりでもしていたのかしら?」
「そうしたかったけど、カネも歳も足りなくてな」
成り行きで、俺と秋穂は近くのサンドウィッチチェーン店に入った。二人揃ってBLTサンド、ドリンクは俺がジンジャーエール、秋穂はアイスティー。壁も床も赤茶色のタイルが張り巡らされ、落ち着いた雰囲気の店内。客はまばらだが、何組かの話し声とBGMのジャズが聞こえてくる。
「どうしたんだよ、なんかしんみりしてるな。勉強疲れか?」
「そうよ。それよりあなたも疲れ顔じゃない。珍しく」
「珍しくねぇよ。最近徹夜続きで、体力の限界が近付いてんだよ」
「なのにこんな時間にふらついているなんて、非合理的ね」
「かもな。曲作りのヒントを得るために、柄にもなく恋愛映画観てきた」
「ほんと、柄にもないわね。というよりあなた、曲を作っているの?」
秋穂に『あなた』って言われるとなんだかゾクッとするけど、カミングアウトしたら絶交されそうだから内に秘めておこう。
「そうだよ。悪いかよ」
「いいえ、むしろ驚いたわ。本当にビッグになるために精進しているのね」
「失礼だな冗談だと思ってたのか! こんなんでも将来設計はしてるんだよ!」
「けれど、それが思うようにいかない?」
「まぁ、そんな感じだよ。音楽やりたいのに詩も曲も浮かばない。それどころか、なんだか身体が重くて曲作りがかったるい」
小さい頃から俺の傍にあった音楽。親父が趣味でアコースティックギターを弾いてたり、国民的ミュージシャンを二人も輩出した街で育った俺は、高校に入学して最初の進路希望調査票の記入に悩んだとき、ふと自分もそれに続きたいと思うようになった。年間予算が70万円を超え、設備が充実していると有名な軽音楽部に入ろうと思って部の先輩や同学年の部員に話を聞きに行ったけど、在籍中の生徒に本気でミュージシャンを目指してるヤツはいないらしく、本気で取り組めないなら他で学ぶか独学にしようと決断し、現在単独でこっそり作曲迷走中。
「そう。なら東橋くん、あなたにとって、音楽がつくれない生活ってどういうものかしら」
「そりゃ退屈だろ。むしろ他に何すんだよ。さすがに思い出づくりエブリデイはキツイぜ」
「うそ!? 後者については信じられないわ!」
「嘘じゃねぇよ心底驚いた
「心底驚いたもの。夜の思い出をつくりたいがために音楽を作っているのかと疑いもしたわ」
「ちげぇよ! それより秋穂はどうしたんだよ、その疲れ顔」
「そうね。あなたも話してくれたことだし、私も打ち明けましょうか」
秋穂は彩加先輩の親父さんの逝去を受け、悲しむ人を増やしたくないという思いで医師を目指すも、現在の学力では叶いそうにないと俺に打ち明けた。
「そっか。でもよ、人を救う方法なら他にもあるだろ。例えばカウンセラーとか、死のうとしてる人を救えるんじゃね?」
「それこそ無謀よ。心は論理で推し量れるものではないのに、学問一辺倒の私がカウンセラーになんかなったら、相談者を余計に沈ませてしまうわ」
「学問一辺倒ね、どうだか」
「なにかしら。聞き取れなかったわ」
「なんでもねぇ。じゃあとりま手伝ってくれよ、曲づくり。気分転換になるだろ」
「ごめんなさい、勉強しなきゃいけないから」
「ったく勉強勉強って、秋穂と望はいつもそうだな」
ま、それが望といっしょにいるための口実になってるってことか。
「わかった。望と成績トップの水城先輩も呼んで勉強会をしつつ曲づくりもするってどうだ?」
「そうね、彩加ちゃんに教われるなら、心強いわね」
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