24,ロコモコドン!

『きょうの放課後、空いてる?』


『空いてますが……』


 昼休みにスマートフォンを覗くと、通信アプリに一件のメッセージが届いていた。塾に行かない日は自宅学習をして少しでも点数を稼ぎたいから、厳密には空いている日などないが、水城先輩からのお誘いならば何か得られるものがあるだろうと、受けることにした。純粋に誘ってくれているであろう水城先輩に対して、利益目的の僕は後ろめたさを感じているが、おのが将来のためならば仕方ない。


 と、自分に言い訳しつつ、実は嬉しかったりもする。


 放課後、待ち合わせ場所に指定された校門前にある人工池の大理石に両手を着き、泳ぎ回る錦鯉を猫のように目で追う水城先輩に、僕はどう声をかければ良いだろうか。頭脳明晰な人の多くはどこかイノセンスが感じられるものだ。


「おっ、望くんじゃないかぁ。首をきょろきょろさせながら待ってたよ」


「みたいですね」


 錦鯉のスピードに合わせて扇風機のようにゆっくり首を振っていた水城先輩だが、じろーっと首を上げてロックオンされたとき、メダカを狙うギンヤンマのヤゴのような異様な眼力にある種の恐怖を感じ、心臓が止まるかと思った。


「ふふふ、みたいですよ? さて、何しようか。ゴハンにする? お風呂にする? それとも、ら・あ・め・ん?」


「ラーメンにしましょう」


 イタズラに微笑む水城先輩は、お風呂にする? の後を期待させ、一呼吸置いてふわっと裏切った。この人はラーメンが食べたいのだと察した僕は、素直にラーメン店へ促した。


 水城先輩と二人で行動するのはおとといの土曜日に次いで二回目。まだ慣れ合っていない女子と歩くドキドキもあるが、なんだろう、よく行動をともにする鶴嶺さんのストレートな雰囲気に対し、水城先輩はほわほわとハラハラが入り混じる混沌とした感覚もある。


「いらっしゃい彩加ちゃん。お、彼氏できたの?」


 欧風住宅が立ち並ぶ片側一車線の道路を北へ進み5分、レンガ造りのラーメン店に入った僕ら。ガラス張りの扉を押し開けるとまず目に入るのは、黒いTシャツを着て頭に白いタオルを巻いた姿で僕らを陽気に迎え入れるマスターと、カウンターや棚にみっちり並ぶ緑や茶色の酒瓶。麻で編んだ西瓜すいかほどの大きさの照明カバーが光を適度に抑えている。ハイビジョンテレビにモノクロ洋画が消音ミュート再生されている店内ではジャズが流れ、ログハウス風の落ち着いた雰囲気を演出している。他に客はおらず、贅沢にも四人掛けのテーブル席を利用する。全席が焦げ茶の木製チェアで、一般的なラーメン店によくあるソファー席はない。


 どうやら水城先輩は常連で、マスターとは顔なじみのようだ。以前から気になっていた店だが一人で入るには抵抗感のあった僕は初入店で、気さくなマスターに驚いている。


「ううん、お友だちだよ!」


 そう無邪気に否定しなくても……。


「注文決まったら呼んでね」


 お冷を持って僕らを席に案内したマスターが厨房に戻ろうと振り返ったとき、水城先輩はメニュー表を見ずに言った。


「ロコモコドン!」


 ロコモコ、ドン? 


 ロコモコ丼だと!? ラーメンじゃないのかよ! ラーメンじゃないなら僕はお風呂にしたかったよ! 混浴でね! グルメサイトによると、ここのラーメンは高級小麦を使用しているのにお値段は平均的でかなりお得だそうですよ!? なのに、なのにっ、ロコモコ丼だとおおお!? 常連だから、常連だからたまにはロコモコ丼なんですかあなたは!!


「お兄さんは、メニュー見てから決める?」


「しょ、しょうゆラーメンで、お願いします……」

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