23,警察署の前で
「今朝はお寝坊しちゃったよ。もしかして望くんも?」
「はい。4時まで勉強してて」
今朝、僕は寝坊した。睡眠時間は3時間弱。外出する時間が遅れてバスでは着席できず、乗車時間わずか
「そうなんだ。朝までお疲れさまだね。私も勉強したけど、日付が変わる前には眠っちゃってたよ」
間もなくバスは発車して、加速したりブレーキをかける度、僕の左腕と水城先輩の左腕が触れ合う。睡眠不足なのにいつもより目が冴えてきて、心拍が早まり呼吸が浅く乱れるのを、他愛ない会話をしつつ必死に隠した十分間。肩に余計な負荷がかかって辛いのに、愉悦と狂気が入り混じり、脳が病的な重みを伴い加熱する。難問を解いたときの快感とは異なる、依存性を伴う感覚はきっと、未来の自分が傷付き、勉強まで疎かにしてすべてを失う警戒信号。ここから先は、冷静に、慎重に。
「おーす!」
バスを降り、停留所の正面にある横断歩道の向こうから大騎が手を振っているのが見えた。鶴嶺さんも一緒にいる。
「おはよー!」
大きく手を振る水城先輩とは対照的に、軽く手を挙げる僕。
横断歩道を渡って来た二人と合流し、横に広がって道を塞がぬよう、水城先輩と僕は大騎と鶴嶺さんの後ろを歩く。
「お? 望と水城先輩って付き合ってんの? てか面識あったんだ」
「つ、付き合ってる!?」
「なんだよ秋穂、高校生なんだから付き合うくらい普通だぞ。お前は勉強ばっかしてないで少しはそういうことにも関心持てよ」
「失礼ね。別に男女交際が如何わしいなんて思ってないわよ」
「ははは、水城先輩とはいつも同じバスなんだけど、おととい初めて会話したんだ」
「なるほど、残念。望に、この望についに彼女ができたと思ったのにっ!」
「どういう意味だよ。それより二人とも、水城先輩と知り合いなんだね」
「そうだよ。秋穂ちゃんは幼馴染みで、おとといの夜、レンタルショップで7年ぶりくらいに感動の再会を果たしたの! 秋穂ちゃんは校内で私の存在に気付いてたのに、声をかけてくれないなんて、ううう。大騎くんとは商店街でいっしょにバイトしてるんだ」
「俺については随分ざっくり紹介するんスね」
「私と東橋くんとでは、彩加ちゃんと積み重ねた時間に天と地ほどの差があるの。それにあなたみたいな露出狂、ぞんざいに扱われて当然だわ。おとといの朝、滝沢くんが止めてくれなかったら今ごろ退学になっていたわよ」
「秋穂が見せろって言うから見せてやろうとしただけだろ!」
「そんなこと言っていないわ。でも興味はあるから、そうね、警察署の前で見せてくれる?」
「おうそうかわかった! 俺はビッグな人間だからそんくらいしても構わないぜ! だがビッグなだけに条件がある。秋穂、お前も一緒に脱ぐんだ、当然、警察署の前でな!」
「ふふふ、あなたは本当に馬鹿ね。私は発育途上なだけに、警察署の前でカラダを晒したところで
「なっ! しまった! そうだった! 悪かった、俺の完敗だ」
「いやいやちょっと待って、そういう問題じゃないよ! なんで大騎も納得してるのさ! 鶴嶺さんに失礼だよ!」
「滝沢くん、それはどういう意味かしら?」
「え、いや、深い意味は……」
鶴嶺さんが自虐ネタを披露するからじゃないか。ここは応戦せず、鶴嶺さんの益々の発展をお祈りしよう。
「ふふふ、ふふふっ」
「どうしたんスか水城先輩」
「彩加ちゃんまで笑うの? あなたにバカにされると本当に悲しくなるわ」
手で口を多い隠しクスクス笑う水城先輩。一見鶴嶺さんを小馬鹿にしているように見えるが、そうではない。
「ううん、なんでもないよ。秋穂ちゃんと大騎くん、仲良しさんなんだね」
「まぁ、仲悪くはないスね」
「なにを言っているの、東橋くん、あなたは本当に失礼極まりないわ」
「うんうん! そっかぁ、そうなんだ!」
◇◇◇
ふふふふふ、そうなんだ! わかった、わかったよ、秋穂ちゃん! これが恋、なんだね! 私、ふたりのこと、全力で応援するよ!
昇降口で三人と別れた私はルンルンと靴を履き替え、足取り軽く階段を上がり教室へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます