19,ショッピングモールに見るエトセトラ

 行き先を決めずに家を出た私は、徒歩2分ほどのところにある停留所から駅へ向かうバスに乗った。大学始発の車内はガヤガヤと学生で賑わっている。数年先の私の立場にある彼らは将来についてどう考えているのだろうと、少しだけ気になった。


 車内はほぼ満席のため、私は優先席と左最前席の間にある荷物棚の前に立ち、オレンジ色の握り棒を掴んだ。バスは約5分で駅前のロータリーに到着、降車した。候補は浮かびつつ、まだ行き先を決めかねている私は、とりあえず改札機にカードをタッチ。ホームが三つある茅ケ崎駅で、自然と足が向いた東海道とうかいどう線乗り場へ続く階段を下ると、ちょうどステンレスの車体に黄緑とオレンジの帯を纏った上りの普通電車が滑り込んできたので、お出かけは隣駅と直結するショッピングモールに決定。隣駅に停まらない特別快速なら横浜よこはま元町もとまちや、みなとみらいを散策、下り列車なら少し遠くにある断崖絶壁の無人駅から海を眺めようかと悩んでいたところだった。大都市、海、山、温泉など、このエリアは様々なレジャースポットへ手軽に行ける。


 昼間とはいえ、ドア脇の立席スペースも空きがないほど混み合い、たった3分間の乗車でも仕方なく車内の中ほどに詰める。混雑している空間は好まないので、行き先の選択は正解かもしれない。


 地元出身の著名バンドの楽曲を採用した駅メロが流れ、ドア上の赤いランプの点滅とチャイムが鳴ってドアが閉まる。この電車はどれほどの夢を乗せているだろうか。上り線で流れるイントロ部分は、思わず口ずさみたくなる一節。ちなみに下り線では同じ楽曲のサビ部分が流れる。


 電車に乗ってから隣駅で降り、階段を上がって改札口を抜け、ショッピングモールのエントランスに辿り着くまでに約10分。館内は若者と親子連れを中心に多くの客で賑わっている。


 なぜ人々は数ある便利で広い商業施設の中で、ショッピングモールに好んで集うのか。それはきっと、有機質であるからだ。住宅、学校、オフィス、スーパーマーケット、電車など、日本の建造物の内装は壁が白く、容積の狭いものが多い。白には清潔感を演出する効果がある。また、外観も無駄を極力省いたシンプルな設計で、経済性に特化したものが多い。それにずっと囲まれていると緊張が解けず、ストレスが溜まる。


 暖色系の照明がほんわかした雰囲気を演出するショッピングモール。エスカレーターが設置されているエリアは吹き抜けとなっていて、1階から最上階までがクリアになっている。店舗がぎっしりと軒を連ねる館内は、それぞれが独自のレイアウトを演出していて、彩り豊かなのだ。また、南国の植物を数種添えた大きなログハウスを思わせる洋風な外観も、ある種の異世界感を演出している。オープンから年月が経過しても多くの客で賑わっているのは、センセーショナルかつ開放的で、周辺の雰囲気とは大きく異なる、手軽なテーマパークのような空間であるからかもしれない。


 最初に入ったのは、五千円前後の洋服をメインとするお店。夏が始まったばかりなのに、もう秋物が出てる。上はクリーミーホワイトのインナーとミルクティーブラウンのアウターがいいかな。スカートは、う~ん、赤系だとしっくり来るようで来ないかな~。これだと黒タイツは必須だね。コーデ次第だけど、主張の強い色とか模様のある衣類はモロにお洒落してる感があるし、着飾り過ぎないシンプルなお洒落が実は一番スタイリッシュだよね。


 マネキンが着ているコーディネートを観察したり、ハンガーに掛けられた商品を手に取って、どんなアイテムと合わせれば見栄えが良いか、想像を膨らます。とはいえあまりお金を持っていないから、店員さんに声をかけられる前にお店を出た。


 次に書店に入り、少女漫画と日常系ギャク漫画、人生哲学の本をそれぞれ一冊ずつ購入し、CDショップで邦楽、洋楽を手当たり次第試聴。流行に囚われず気に入ったCDを購入するようにしているけれど、特にピンと来る曲はなく、今回は何も買わなかった。こうしてショッピングモールに来店してから約1時間経過。


 ちょっとお茶したいな。けど、喫茶店もフードコートも混雑していて落ち着けそうにない。有機質な空間とはいえ、人が密集していてはどうしても落ち着かない。どこか良い場所はないかな。


 そうだ、テラスに出よう。


 建物の各階東側にはテラスがあり、棚田式に建造されているため、いずれの階も開放的な環境で風を空や風を感じられるけれど、せっかくなのでエスカレーターに乗り、館内の自販機で砂糖、ミルク入りの缶コーヒーを買ってから最上の4階テラスに出て、街を見下ろした。


 カシャリ、缶コーヒーのタブを起こす。スッと一口、気分をほぐす。


 この駅の周り、小さい頃と比べると、ガラッと変わったなぁ。つい数年までは、快速電車が停まらないのも納得の、少し古びた雑居ビルが建ち並んでいただけの印象だったのに、今ではそれらも建て替えられ、この大型ショッピングモールの他にも4階建て前後の商業施設が点在し、何棟か整列した高層マンションや、大きな病院まである。


 少子化が進行しているこの日本。しかしこの辺りの人口は増加の一途。空き地や駐車場として使用されていた土地が住宅地へと変貌を遂げるさまが目立つようになった。幼いころ、虫の声を聴いていた場所を通りかかって聞こえたのは、夫婦喧嘩の怒鳴り声と、子どもが泣き叫ぶ声。このショッピングモールではよく、赤ちゃんを乗せたベビーカーをエスカレーターに載せる人を見かけるけれど、それは自分の子どもや周囲の人の安全より、自らの効率を優先させている証拠。人と人との物理的距離が近付いている反面、心の距離は親子でも離れてゆく傾向にあるようだ。


 この世界に在るものは、決して美しいものばかりじゃない。人の手が、時に自然の猛威が、それを奪い去る。


 思考回路がお花畑のようでは、ときに誰かの心の傷口を抉ってしまう。例えば不幸な事件や事故に遭った人や、当人を大切に想っている人に、この世界は愛に満ちているとか、対話を重ねれば誰とでも理解し合えるなんて言葉が届いたら、どんな気持ちで受け取るだろう。どこかで悲壮な現実に目を瞑り、無理矢理に前を向かせようとする無責任な文句など、私は冗談でも言わない。仮にそんな世界があるとしたら、私たちはそれを『理想郷』などと呼ぶのだろう。


 この世界には悲しみも憎しみも、楽しみも愛しみもある。それが、私の世界観。地球の歴史は哀しきかな、負の要素が強い。それを打破できる可能性が存在するとしたら、それは他ならぬ、いまを生きる私たちだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る