18,夢への種蒔き

「ありがとう。久しぶりに会えて嬉しかった」


「私も嬉しかったよぉ~。また明日、学校でね!」


 朝食を終えて一段落すると、時計は十時を回っていた。秋穂ちゃんは今日も夜まで塾に缶詰だそうだ。お医者さんになるため一所懸命に勉強する秋穂ちゃんを、私は全力で応援したい。


 癌でお父さんを失った私にとって、秋穂ちゃんの命を救う人間になりたいという志ほど崇高なものはない。一方、どうしてか私は、医者を志そうと思ったことはない。それどころか、将来何をしたいかという具体的なビジョンさえなく、若干の焦りがあるのは事実。ひとつあるのは、笑顔をあふれる世界をつくりたいという、抽象的な夢。しかしそれこそ、私にとっての至高である。


 秋穂ちゃんの姿が見えなくなり、玄関扉を閉め、施錠確認をしたら食器を洗う。それを終えたら30分だけ部屋の隅の机に向かって学問に勤しみ、畳の上の座布団に寝転がる。


 天井には薄い木の板、細いはり、古い和風の照明器具と火災報知機。一見いつも変わらぬ部屋の模様。けれど日々確実に老朽化が進み、徐々に変わりゆくもの。このままずっと手を加えなければ、確実に崩れ落ちるもの。

 

 さて、瞼を閉じようか、数分間。


 一度朝からの思考をリセットして、瞼を閉じたまま改めて考える。自分の将来のこと、実現したい未来のこと、自身がこの世界で果たせる役割のこと。現在進行を含む生まれてから現在までの記憶、経験。そこから私の希望、本質、適性を照合し、地球の丸みを実感できるくらいの大海や広野こうや、大都会のビル群、果て知れぬ宇宙などを想像し、エネルギーの種を拡散させるイメージでぱあっと世界を見渡す。どこに蒔かれた種が発芽して、やがて皆を優しく包み込む大木となるだろうか。


 不思議なことに、真っ先に浮かんだのは私の足元、つまり砂浜や商店街などの地元の風景。灯台もと暗しだ。けれど地元こそがきっと、自らの人生におけるキーポイントなのだろう。


 よし、今日はここまで辿り着けたから、それを胸に刻もう。こうして少しずつ、進路を模索するのだ。


 さて、一気に最後まで強火で煮詰めても美味しい料理はできないから、ちょっとどこかへ出掛けよう!

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