20,母だけが出せる味
ひぐらしがなく頃にショッピングモールから帰宅して、待っているのはヒトリノ夜。居間の窓には南西からの夕日が差し込み、雲に反射した光は南を妖しいローズピンクに、富士山の見える西を煌びやかなオレンジに染めている。
19時のテレビは大御所男性アイドルが無人島を開拓するさまを映していて、それを見ながら夕食のメニューを考えるのが常だけど、今日は私が出かけている間に帰宅していたお母さんが、友人との飲み会までの僅かな時間を割いてカレーを用意してくれた。きっと明日の朝、私が出かけた少し後に戻り、帰宅する夕方前まで眠るのだろう。不規則なシフトで働いていることもあり、唯一の家族でありながら、顔を合わせる機会は少ない。お母さんは私の理解者ではないし、追い詰められて心の整理がつかないときに突き放され、深く傷付けられることも多いけど、料理や看病、語らぬ部分での愛情は感じている。
弱火で温め、おたまでゆっくりかき回す中辛の
「ごちそうさまでした」
今日もご飯がおいしくて、あたたかい。敢えて味については語らない、心にふわり沁み入る、市販ルーなのに母だけが出せるの味だ。
食べ終えた頃、空はすっかり藍色に染まり、夜虫の合唱が少し切ない。霞の向こうに半分のお月さまといくつかのお星さまがぼんやり見える。
カレースプーンを持ったまま、それをくるくると角度を変えながら眺めた私は、テレビと虫の音が響く静かな部屋で、ひとりまどろむように微笑んだ。
食器を洗い、シャワーを浴び、下着姿のまま居間の扇風機の前で意味もなく「あー」と声を出す。羽根に当たった声が掠れるのを楽しむ、子どもがよくやる遊びだ。それに飽きたら通学カバンから参考書と方眼ノートを出してうつ伏せ状態で小一時間、数学の勉強をした。
あぁ、もう眠い。寝間着を着て布団を敷いたら、今夜はもう寝よう。
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