13,恋は素敵

 恋愛話、いわゆる恋バナなんてしたことのない私は、彩加ちゃんに話題を振ろうにも、胸がモヤモヤして、思考回路が混線して頭の中がずんと重たくなって、そう、恥ずかしくて、切り出せない。


 でも彩加ちゃんは人気者だし、話を聞いておけば参考になる部分があるかもしれない。


「どうしたの? 俯いちゃって。調子悪い?」


 私は考え事をするとき、右人差し指の側面を額に当てて俯く癖がある。それを見た彩加ちゃんは心配そうに声をかけてくれた。湘南名物、テンガロンハットを被りタバコを咥えたワイルドな男性の絵柄がトレードマークの二百グラムビーカー入り高級プリンを一人で頬張りながら。


「大丈夫。ちょっと考え事をしていたの」


「ほうほう、恋の悩み? プリンどうぞー」


 彩加ちゃんは頷きながら自らの手元に置いてあった未開封のプリンを私のほうへ滑らせて渡してくれた。


「べ、別に恋なんかじゃ。プリンありがとう……」


 プリンを受け取った私の蓋を開ける手は動揺で少し震えている。


「秋穂ちゃんは相変わらずわかりやすいなぁ」


「そういう彩加ちゃんはどうなのかしら? その美貌なら毎日六人くらいの男を取っ替え引っ替えして海岸の松林でよろしくしているのかしら?」


「私は恋に恋する乙女なのですよ。故に、初恋もまだです!」


 警察官のようにビシッと額に手を当て敬礼すると、胸がパッと反り上がって強調される。こんなことがかんに障るのは、自分がコンプレックスの塊であり、彩加ちゃんを羨望しているというほかない。


「そうなの。意外ね。恋は素敵よ。その人を思い出すだけで気持ちが舞い上がって、なんでもない毎日がお花畑のように華やいで、とても優しい気持ちになれるのよ」


 しまった、恋愛未経験の彩加ちゃんに対して不意に沸き上がった優越感から、つい恋をしていると認める発言をしてしまった。恋は素敵よと言ったところで恥ずかしくなって息が詰まったけれど、引っ込みがつかなかった。


「ほうほう、お相手はどんな感じの人なの?」


 しかし彩加ちゃんは私が恋をしているなど見通していて、茶化さずスマートに会話を進めてきた。


「そうね、不器用だけど、いつも頑張っていて、ふとした瞬間に見せる笑顔がとても素敵な人よ」


「そうなんだぁ、恋はよくわかんないけど応援するよ」


 口の端にカラメルソースを付着させた彩加ちゃんは、まるで体つきだけ大人になっただけのようで、それが私に安心感を与えた。

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