8,黄昏時
「そうか。おっちんじまったか。そんで勉強して、こんど誰かが病気になったときのために医療費払えるくらいの給料貰えるようになりたいと思って勉強したけどこんな所で油売ってるお前は天性のバカだな。しかも高校三年生っていえば受験生だろうに草と握手して革靴で泥のなか歩き回ってこの野郎。父ちゃん天国で泣いてるぞ」
「イタイ! 野郎じゃないし乙女だし。男子に何回か告白されてるし」
鈴木のじいちゃんは言い終えると、私の頭を平手で一発叩いた。ちっちゃい頃からよく叩かれていたから慣れっこだ。
「お前なんぞに告白するなんざそいつらもバカだな。見た目に騙されて中身を見てない」
「酷い! あ、でも鈴木のじいちゃんもバカだから私の良さがわからないんだ! 合点承知!」
お互いに減らず口を叩いていると、夕方五時を報せる童謡『赤とんぼ』のチャイムが鳴り響く。
ふと空を見上げると、少し霞んだオレンジに向かって二頭のトンボが空高くを飛翔している。昼間の私と望くんのように、斜めの前後並びだ。
これを学校の教科に置き換えて考えてみる。まず、トンボは『生物』である。四つの
次に、この時間帯に飛翔する理由。先ほどのトンボは『マルタンヤンマ』という、雄は頭がトルコ石のように神秘的な水色で、雌は栄養ドリンクのような黄色。ボディーは雌雄とも茶色い、朝方と夕方を中心に活動する『
そして、二頭が斜めに前後して飛翔する理由。これは『心理学』。まず、トンボはつがいであれば通常二頭が連結して飛翔するので、その他の可能性を考える。
トンボにも心理的な社会関係があり、個体毎の個性や強弱があると推理できる。そして、お互いに仲間意識や信頼関係や絆があるのではと想像できる。
あの子たちはお友だちなのかな? 兄弟なのかな? それとも師弟?
トンボが飛翔する姿を見るだけでもこれだけ学び取れるものがあるけれど、こうして難しく考えるより、何も考えず、ただ目の前に広がる光景を目に焼き付けながら、両手を広げて全身で感じたほうが、私の性には合っている。
「ほら、これやるよ」
田んぼの畦道。前へ向き直り、草や色々な何かが混じった自然の薫りとさらさらした風を感じながら歩いていると、鈴木のじいちゃんは、ズボンのポケットからカップ酒を取り出し私に差し出した。
「私まだ未成年だよ?」
「バカ野郎お前にじゃねぇ。父ちゃんにお供えしてやれっつってんだ。お前はこれから稼いで大吟醸でもなんでも呑みやがれ」
「そっか、ありがと!」
お互いにフッと笑み並んで歩く、夕暮れの道。幼い頃の思い出が、再び
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