6,里山散策

 勉強嫌いだった私が勉強をするようになった理由を望くんに話したけど、知り合って早々、少し重苦しい話題だったかもしれない。それでも表情ひとつ変えずに聞いてくれたのは、気遣いなのか、無関心や無感動なのか。望くんはなんとなく、私の少し後ろを歩いているような気がする。


 サイクリングロードから外れて国道の横断歩道を渡り、二車線の狭い道路を北へ20分くらい歩いて駅の南口に到着。上り専用のエスカレーターや観光案内所、改札口などがあるコンコースを通過し階段を下りて、北口に出る。駅ビル沿いに西へ進み、グレーや赤茶色の石畳が敷き詰められた一方通行道の横断歩道を渡った。


「あの、今日はありがとうございます」


「ううん、お礼を言われることなんか何もしてないよ。またね!」


 塾へ向かう望くんとはここでお別れ。望くんはアーケード街を西へ、私は目の前のバス乗り場へ。


 駅前には銀行や証券会社が数軒、洋菓子店や居酒屋、コンビニ、ファミレス、ファストフード、家電量販店、洋服店や弁当店など様々な店がテナント入りした大手スーパーなどが建ち並ぶ。ロータリーには十数台のバスやタクシーがひっきりなしに出入りしていて、それなりに栄えている。


 乗り場に着くと、ちょうど山奥の大学へ向かうバスが停車していた。車内は老人や子連れ、学生などで賑わっていて、空席は残り僅か。私は空いていた非常口横に座った。私が住む家の近くには、このほか六つの系統のバスが通る。明日はお休み、せっかくだから乗り越して里山へ行ってみよう。


 駅を出たバスは市街地を抜け、いつも利用しているバスの営業所に面した停車場を通過すると、団地やスーパーを中心としたニュータウンを抜け徐々に登坂とうはんしてゆく。道路をよく見ていないと坂の途中とは気付かないくらい緩い坂だけど、それでも確実に天空へ近付いている。極めつけに坂の末端は急斜面。


 やがて景色は田園風景へ移ろい、田んぼの真ん中にあるバス停で下車。左に古民家、右に田んぼが広がる車がやっと擦れ違える程度の傷んだアスファルトの道を東へ15分。そこに立つ古びた自販機でスポーツドリンクを購入して、知る人ぞ知る畦道に入る。


 小学生のころ、よくお父さんに連れてってもらったな。


 右に小さな養豚場、左にマムシが棲む竹藪たけやぶ。畜舎独特のにおいが漂うなか、自転車一台がようやく通れる程度の割れ目だらけのアスファルトの道を北へ1分。右に跨げるほどの浅い小川、左に田んぼがひとつと、小川から流れ込む水を溜めた池。池の一角にはがまがニョキニョキ生えている。開けているのは田んぼや池の直線上だけで、通路や小川の上には薄い緑のカーテンがかかっている。海辺の松林より光の透過率が高く、きらめく木漏れ日に包まれると、穏やかで晴れやかな気分になる。


 うん、制服姿の女子高生が一人で来る場所じゃないね。そんなことわかってるよ。


 ふと我に返り、再び勢いを取り戻して人一人がようやく通れるぬかるんだ土に、舗装代わりのコンクリートブロックが置かれた道を、足元に気を付けながらゆっくり進む。左右は背の高い草が垂れていて、その一つひとつを手で払いのけながら進むと、空港などで公衆の握手を拒む気取ったスターの感覚を疑似体験できる。小学生の頃に草の一つひとつと握手をしたら、掌や甲が傷だらけになった。地味に痛くて、半べそをかいても気を紛らわせなかった。それ以来、草にはなるべく素手で触れないようにしている。


 でも待って、小学生の私といまの私では皮膚の強度が違う。ちょっと握手してみよう。

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