熱めのきつね

@giuniu

熱めのきつね

 夜十時、底冷えのする部屋でつけっぱなしのテレビが空しく笑い声をあげている。

 散らかった部屋で布団をひざ掛けにしながら、お湯を入れたばかりで隙間から湯気の立ち昇る赤いきつねをぼうっと眺めていた。


 頭の中を巡るのは、ほとんどが仕事についてだ。アレを何日までに終わらせないとだとか、コレはどこそこに持っていくだとか、そんなことがずっと反響している。


 ここ最近、仕事が忙しく帰るのが遅くなってしまっている。そのうえ、時勢的にも経済的にも毎日外食というわけにもいかず、スーパーの値引き総菜を買っているのだが、今日に限ってはすべて売り切れてしまっており、久しぶりのカップ麺と相成った。


 カップ麺を食べるのは本当に久しぶりな気がする。

 就職して一人暮らしをする折に、母からは口を酸っぱくして栄養を気にかけろと言われていた事が頭に残っていたからかもしれない。総菜を買う時も、できるだけ栄養が偏らないように選んでいたように思う。


 時間が経ち、カップ麺のふたを開けると美味しそうな出汁の匂いが湯気と共に解放され、食欲を刺激する。仕事で疲れていた体が、思い出したようにぐぅと鳴り早く食べさせろと訴えかけてきた。

 手を合わせてから、熱々の麺をやけどしないように気を付けながらすする。やはり寒い日には熱いくらいが丁度いい。


 ふぅと一息つくと、口から湯気が一瞬だけ見えた。小さい頃は、口から湯気が出ると喜んで遊んでいたのを母に見咎められたものだ。


 女手一つで自分を育て上げた母。

 毎日遅くまで仕事に励み、帰ってきてから冷たいご飯を食べている所を見た子供の頃の自分は、せめて温かいものを食べてもらおうと帰ってくると同時に熱々のお湯をカップ麺に入れて出したのを覚えている。

 母が緑のたぬきを、自分が赤いきつねを食べて、油揚げとかき揚げを二人で分けあって笑っていた。


 たったそれだけの事だったが、母は大いに喜んでくれた。母が喜んでくれたことに嬉しくなった自分はそれから少しずつ料理を覚え、簡単なものならば作れるようになったのだ。けれど、一人暮らしを始めてからはめっきり作らなくなってしまった。

 すっかり気温も下がって寒くなってしまったが、母は元気にしているだろうか。


 鼻をすすり、油揚げと麺を一緒に頬張る。寒い時に温かいものを食べると鼻が垂れていけない。


 忘れずに手を合わせ、容器を水ですすいでゴミ箱へ入れる。よし、と気合を入れて、部屋を軽く片付けてしまう。一杯になったゴミ袋を玄関に置いて、風呂に入り、電気を消して寝床に入る。


 もう少ししたら、仕事納めだ。そうしたら久しぶりに実家に帰ろう。

 帰ったら母に料理を作って、他愛もない話をして、一緒に大掃除をして……年越しにはまた二人で赤いきつねと緑のたぬきを分けあって食べるのもいいかもしれない。

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