第4話 パンドラの扉

「さて、三人の選択が終わったようです! さっそく発表していくゼェェ!!」 


「おおお、緊張してきたー」


 ダンは中央の発表画面を凝視しながら、手を合わせて祈りのポースをする。彼女の選択次第でふたりの運命も決まる。

 アビも顔には出さないようにしていたが緊張で肩に力が入る。


 人生で始めて誰かのために占いをした。

 母の形見であるタロットカードを捲り、そのカードに描かれた象徴を己の感性で読み取った。

 これまでに何度も頭の中でイメージはしていたが、いざやってみると憧れの存在にはまだまだ遠いように思えた。

 それでもできる限りは尽くした。


 あとはステイシーが何を選択するか。それでふたりの運命も決まる。

 

 全員が息を呑んで見守る中、遂に結果が表示される。



 Ⅴ――0 Ⅳ――0 Ⅲ――0 Ⅱ――0 Ⅰ――3            


 以上


 

「ななななななんと! こんなことが有り得るのでしょうか? いや、有りえたんだゼェエ! 全員Ⅰだ、Ⅰが揃ったぁああ!」


 画面に表示された結果を見て、叫び倒すマイクマン。それに続いて会場も歓声の渦に包まれる。


「うーっし! やったなアビ・・・・・・っておい、お前どんな顔してんだよ!」


「ぉぉぉぉ・・・・・・た、助かったー」


 歓喜する大柄の男と対称的にお腹を押さえながらほっと安堵するアビ。ダンもその姿には流石に苦笑を漏らした。


「何だよお前、あんなに格好つけてたくせしてその様かよ。盲信してついていった俺の身も考えろよなーったく」


 アビは手刀を立てて謝りを入れた後、金髪の女子に笑顔を届ける。


「ありがとう、ステイシー」


「たまたま、そうたまたま今回は手が滑っただけよ。次こそⅤに入れるから」


 ステイシーは胸の前で腕を組み、そっぽを向いた状態でそう言ってのけた。彼女の態度は相変わらずだったが、さっきよりも表情が明るくなっていたことにアビは嬉しく思った。

 そして彼の気持ちを反映するかのように、良い流れは続く。


「なんてことでしょうか、またしても三人ともⅠに入れているゼェ! まさか本当に、本当にそのまさかが起きてしまうのか!?」


 続く五試合目もステイシーはⅠを選んでいた。調子に乗ったダンが彼女に茶々を入れる。


「よっ、ステイシーさんよ、またまた手でも滑ったのかい?」


「アンタの顔本当にムカつくわね。違うわ、今のは足が勝手に動いたの。あと、これだけ期待させてやっぱりダメでしたって展開の方が面白いでしょ」


 段々と意気を取り戻してきた短髪女子に、顔がむかつくと言い切られたダンは、顎を引いてしょげる。言葉の棘はすぐには抜けないようだったが嫌な気はしない。

 彼女自身、本心は隠しているつもりなのだろうが・・・・・・・・・実はこの場の誰よりも正直なのかもしれない。


 これまでの剣呑な空気は既にその場を離れ、代わりに咲くのは三つの笑顔。

 最後の六試合目も無事、三人全員がⅠを選択し試合終了。新ルールに従い、三者ともに勝利で独立首位ワントップアルカナは幕を閉じた。



「やっと終わったわ。どう、これで満足?」


 ゲーム自体はそんなに長い時間やっていた訳では無かったが、体感としては長距離マラソンを走ったくらいの疲労度があった。ステイシーは清々したと言わんばかりに言葉を吐いた。


「うん、ありがとうステイシー」


「――――――っ!」


 全力の笑顔を向けるアビにやはり直接的な感謝の言葉には慣れていないようで、ステイシーは身体ごと逸らして背を向ける。そして、やや心の内で葛藤する間を置いてから付け足す。


「先に行くわ。せいぜい試験に落ちないように頑張りなさい」


 顔はこちらを向いていないため、ステイシーがどんな表情を浮かべてその言葉を二人に送ったのかは定かではない。ただ、そこには今までの彼女とは違った色彩が写っていたことは間違いなさそうだった。

 走り去っていく彼女からは小さな雫が風に乗ってやってきた。


「まったく素直じゃないなーあいつ」


 最後まで行動と台詞が一致しない彼女に対し、大柄の男子は世話を焼く。


「僕とダンが異常なだけかもね」


「いや、流石にあそこまでの希少性はねぇ!」


 互いに互いの素直すぎる性格を認めつつ、それ以上の逸材が居ることに苦笑する。


「んじゃ、俺も行くわ。入学式会場でまた会おうな、アビ」


「うん、またね」


 遠ざかる大きな背にしばしの別れを告げたアビ。この時なんとなくではあるが、彼とはこの先も深い縁があるような気がしていた。



 *****



 試験開始から三十分が経過。二回目の地形変動も終わり、残り時間も半分となった頃、アビは再び壁にぶつかる。それは文字通りの高い壁で、目の前には黄色い扉が待っていた。


「くっそー! このタイミングで行き止まりを引き当てるのか僕は。ついてないなー」


 次の地形変動までは約十分。先ほどの独占首位で時間を取られてしまったためこれ以上時間を無駄にはして要られない。

 しかし眼前の扉の先に何が待っているかは開けるまで分からない。内容次第ではそれこそ棄権レベルに成りかねないことも有り得る。

 故にこの扉を前にした受験生は、崖を前にして背後から壁に迫られているような心境に落し込まれるのだ。


 だからといっていつまでも悩んでる余裕は無い。今の彼らにとっては一分一秒が命取りになる戦況。扉を開けずに待つにしても、思い切って開くにしても、腹を括るなら迅速にだ。


「――――よし」


 アビは短い逡巡を経て、意を固める。慎重に扉に手を伸ばし、がっしりと取手を握り締める。そして迷いを断ち切るように深く息を吐いた後、勢いよく腕を引いた。


「ちょっと一郎、次郎、三郎、四郎、五郎、六郎、七郎、八郎、九郎、十郎! 寝ぼけてないでさっさと着替えなさい! 遅刻するわよ!」


「はーいママ」 

「オーケーママ」

「まだ眠いよぉ」

「五郎と七郎はまだベットだよママ」 

「朝ご飯まだー! ままー!」 

「ああーーん、おねしょしちゃったよーママー!」

「ママきょうおしゅうじの日なのにリュックが無い!」

「ママ乾いてなーい」


 芯のある太い声が響き、それに対し各々が好き勝手な返事をする。忙しなく動き回る者もいれば反対にダラダラと寝転がって動かない者も居る。生き物とはこうも多種多様で、千差万別で、十人十色なのか。

 まさしく、扉開けた先にアビを待っていたのは一度に十のことを熟すスーパーお母さんとその子共達――――十つ子が繰り広げる朝の日常カオスだったのだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 目の前の光景に何が何だか分からず呆気にとられるアビ。


 ルールⅢ 起きたイベントは絶対参加、途中棄権は不可。


 一体これから何が起きるのか、アビには全く予想が出来なかった。


「おにーちゃん誰?」


 すると、呆然と立ち尽くすアビに気づいた一人の子が首を傾げて尋ねてきた。それを合図にして残りの子も一斉にアビに顔を向ける。

 その一連の動作にアビは思わず、ブルッと身を震わせた。


 首から上だけを回して同じ顔が同じタイミングで同じ動きをして一斉にこっちを覗いてくる――――街灯に群がる羽虫や蜂の巣と同じく集合体を思わせる、もの凄い恐怖映像だった。


 しかもそれらの顔には常人には載っかっていない、得体の知れないブツが複数見受けられ――――


「あんた誰だい!?」


 空気を揺るがす恫喝が響く。

 怖じ気づくアビのところにズシズシとやってきたのは、アビの二倍ほどの背丈を持った、母親と思わしき生物だった。

 目前に迫ってきた壁のような女性を見上げながらアビは言葉を失っていた。


 それは単に身長や横幅がでかいことが理由では無い、アビが肝を冷やしたのはこの母親の顔の大きさだった。なんとこの女性、顔と胴の割合が一対二で構成された三頭身の生物だったのだ。

 よくよく見れば後ろに居る子供達も皆、身体は小さいものの二頭身だ。しかし恐怖に身が固まる理由はそれだけでは無い。その異様な顔の大きさに比例した大きな目が、多い者で七つ、少ない者で一つと普通の人間ではあり得ない数を携えていたのだ。


 要するにこの母親、そして十人の子は皆――――化け物だった。


 言葉にならない音だけを口からボツボツと発するアビ。未知なる遭遇をした時に人はこうも無力に立ち尽くし、言葉を失うのかとアビは実感する。

 巨躯な母親はアビの顔を舐めるように覗き込む。血走った目玉は赤青紫と奇妙な血色をしている。もはや恐怖を通り越して吐き気すら込み上げてくる。


 すると巨躯の化け物はしばらくアビを見つめた後、何か閃いたように手を打ってアビに提案をしてきた。


「あっ、ちょうど良いわ! あんた手ぇ貸しな!」


 三頭身の母親はこれまた大きな手をアビに差し出してきた。

 見たことも無い巨人を目の前にし、さらにはその巨人に手を貸せと言われたアビはここで大きな勘違いをしてしまう。


「そ、それだけは勘弁して下さい! 代わりに足ならもがれても平気ですから!」


 震えながら頭を下げて必死に懇願するアビ。唐突に出てきたもがれるという強烈なワードに巨人も三つの目を丸くしていた。

 アビがした勘違い、それは手を貸す=腕をもぐだと思ってしまったことだった。


 無理もない。まるで鬼の形をした顔面と巨躯をした生物に、手を伸ばせば触れられる距離まで詰め寄られたとしたら、もう普段通りの思考回路には至らない。

 しかし鬼の母親はアビが感じている恐怖感など知ったこっちゃ無いと言わんばかりに、少年の曲がった腰を思いっきり引っぱたく。


「もぐって、あんた何勘違いしてるんだいっ! 手を貸すって、力を貸してくれってことだよ。これからこの子達を学校に送り出さなきゃいけないんだけど、見ての通り、今の私は猫の手でも借りたい状況なわけ。手伝ってくれるわよね?」


「え、うぁ・・・・・・?」


 意味は理解した。しかし言葉が出てこなかったアビは――ひたすら首を縦に振っていた。命が助かるなら何でもしますと、生にしがみつく勢いで。


「良かった、時間が無くて本当に困ってたの。ほんと助かるよ、ありがとね」


 ルールⅢ 起きたイベントには絶対に参加すること。途中棄権は不可。


 扉の先に待っていた試練は、化け物の母親のお手伝い。十つ子の子供達の朝のお見送りイベントだった。


「こ、こうなったらいかに早く片づけるかだ。これまでに鍛えた家事スキルは、今日この日のためにあったと思えボク!」 


 自分の意思とは関係無く、成り行きで事が進んでしまったが致し方ない。試験時間は残り三十分。それまでに、いや、その先も考えると割ける時間は多くて十五分。


 アビは阿修羅の如く猫の手を演じた。



「ふぅ、やっと行ったな、よしよし。あの状態から二十分で終わったのは快挙もんだよ! おかげで子供達も間に合いそうだ、あんがとねっ!」


「お力になれて光栄です・・・・・・」


「どうしたんだい浮かない顔して」


 どうにかこうにか、無事に十つ子を登校させることに成功した母親は、遠のく小さな背中達を晴れやかな表情で見送る。ただその横で少年は浮かない顔でいた。その理由は勿論、


「僕の登校時間には、間に合わないかもしれません」


 お手伝いイベントで消費した時間は二十分。よってアビに残された試験時間は残り十分と、あと二分後には最後の地形変動が起きるところまで経過してしまった。

 次、同じように行き止まりに遭遇し運命の扉を開くことになれば、もうゴールすることは限りなく不可能に近い。

 そうでなくても独占首位アルカナとお手伝いイベントのせいで試験開始から殆ど移動出来ていないアビは、残り時間内に校門を潜れるかどうかも怪しい。


「そうだったのか、何か悪いことしちゃったね」


「いえ、お母さんは何も悪くないですよ。僕の運が無いだけで・・・・・・」


 心配する化け物の隣で肩を落とすアビ。半ば強引にお手伝いをさせてしまった巨人はいたたまれない気持ちになり、僅かでも力になれないかと模索する。


「そうだ坊や、裏口を使ってみてごらん。もしかしたら近道になるかもしれないよ」


 その提案を耳にしてアビはクッと顎を上げる。


「それならまだ可能性はあるかも! お母さんありがとうございます!」


 針穴にラクダを通すほどの希望ではあったが、アビは少しでも可能性が見えたことにぱっと表情を輝かせた。


「いいってことよ。裏口はこっちだ、ほら行った行った!」


 ようやく笑顔を取り戻した少年に、母親も口を大きく広げて笑った。その時の化け物の顔は、最初に感じた恐怖とは打って変わって柔らかく、優しい雰囲気だった。例え種族が違えども、母親の優しさというものは万族共通なようだ。


 裏口のある所までアビを案内した十つ子の母親は、最後に背中をバンと大きく叩いて激励した。まるで巣立つ我が子を送るように。


「行ってきます!」


 元気にそれに応えたアビは勢いよく飛び出していった。試験時間は残り九分。最後の地形変動まで残り一分のところまで経過していた。



*****




「さーてさてェェエ! 試験開始から五十分が経過、只今の合格者数はひぃふぅ――――二百三十一名! まったく運の良い奴等だゼほんとにヨォー! まだ幸運に恵まれていない諸君、検討を祈るぜェ!」


「もうそんなに!? 僕も負けてたまるものかっ!」


 ようやく巨大迷路に戻ってきたアビは一心不乱にゴールを目指して走る。試験時間の殆どを、発生したイベントに費やしてしまった彼には、一秒たりとも無駄に出来なかった。


 そんなアビの心境にはお構いなく、ルールは遵守される。


「きた――」


 目の前の風景がぐにゃりぐにゃりと歪み、クリーム色の建物が現われては消え、現われては消えと横切っていく。まるでルーレットのように回転し変化していく街の形。


 そう、最後の地形変動の時間だった。


「きたぜきたぜきたぜぇぇ! 五十二分、最後の地形変動タイムだ! 最後に笑うのは月か? それとも太陽か!? 心の目もバッチリ開けて見届けるんだな! ま、祈っても無駄だぜ。ダメだったらこれまでの自分の行いを恨むんだなー!」


 マイクマンの言う通り、こればっかりは抗いようが無い。迷宮に残る受験者は最後の命運を祈り、そして見守る。


 段々と回転速度を落としていくクリーム色の景色。裏腹に胸の鼓動は音速に近しく刻まれ、全身の血液は世界一周を試みているかのように巡り巡る。


 道が開けている時には「止まれ、止まれ。止まれ!」と心で叫び。

 壁に覆われた時は「止まるな、止まるな、止まるな」と連呼する。

 魂の叫びが届くか否か。結果は否応なくその眼に収まる。



 目を疑う。目の前が真っ白になる。声を失う。魂が抜ける。抜け殻になる。表現の違いこそあれども、訪れる時は全て同じらしい。


 アビの占い師への道は、それはそれは高い、高層ビルのような壁によって閉ざされていた。



*****



 重い試練を乗り越え、歓喜に満ちた元受験者達が渦巻く中、一人の少女が心配そうに辺りを見渡していた。


「・・・・・・居ない。もう残り時間も少ないのに、大丈夫かな」


 ピンクのリボンで結ばれた瑠璃色の髪をふわふわと揺らしながら、未だ式会場に姿を見せない少年をユミンは探していた。

 するとそこに一人の大柄な男子生徒が派手に息を切らしながら入ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ~~~。最後の坂きつすぎるって!」


「――――――あっ!」


 一瞬、記憶を取り戻すのに時間がかかった少女だったが、会場の注目を浴びるその男子生徒の存在を思い出し、座って居た椅子をカタンと後ろに押し引きずった。


「あの、アビく・・・・・・、あの、独占首位ワントップゲームの時に居た、小柄な、彼は一緒じゃないの?」


「はぁ、はぁ、えっ? 何、ちょっと待ち。ってそれより、先にみ、水を・・・・・・」


「そ、そうだよね、ごめんなさい。今、持ってくるね」


 瑠璃色髪の少女は給水場へと早足で向かい、水の入った紙コップを息を切らした男子生徒に渡した。男子生徒はそれを一気に飲み干す。


「お、サンキュー。・・・・・・プハーッ! 生き返るわー、あんがとな君。で、何だ、えええと・・・・・・そうだ、アワビが好きな小柄なワンワンの名前だったな! ええっと・・・・・・」


「ぜ、全然違うけど・・・・・・それも気になる、かも・・・・・・」


 伝言ゲームなら彼は戦犯確定。言い逃れの出来ない聞き間違いをしでかすが、少女は指摘しない。大柄な青年は「うーん・・・・・・」と考える脳の入っていない頭を捻ってからバッと答える。


「思いだした! ワラビーだ!」


「それ犬じゃないよぉっ!」


 せめてもの犬であれと、思わず突っ込んでしまった瑠璃色の少女は、頬を赤らめて首を窄める。しかし相手どころか自分の失態すら気にもしない様子で、大柄な男子は笑い飛ばす。


「そうか! すまんすまん、あっはっは! って、ん? まだアビの奴いねーじゃねーかよ」


 風が吹けば桶屋が儲かるとはこういうことを指すのだろうか? 起き上がりこぼしのように戻ってきた話の筋に、虚を突かれた少女が再び声を張る。


「そう! アビ君! あなたも、一緒に戦ってたでしょう? 一緒じゃなかったの?」 


「一緒なわけあるか! 男と男が仲良く腕組んでられっかよ!」


 瑠璃色髪の少女の理屈もさることながら、大柄な男子の理論も不明である。結果として、完全なる否定で解を得た少女が謝辞を述べつつ下を向く。


「そ、そうだよね、ごめん」


 するとここでようやく相手の顔をきちんと認識したのか、単細胞な男子が聞き返す。


「ん? そういやお前さんもあのゲームに居たよな! そうかそうか、じゃあ俺とお前さんも戦友ってことでダチだな! よろしく! えっと・・・・・・」


 勢いよく手を差し出した男子生徒が口ごもるのを見て察し、瑠璃色の少女がその先に必要であろう言葉を繋ぐ。


「あ、私は、ユミン。ユミン=ウェンディーネ」


 そう名乗りを上げて、小さな手を差し出す。その手を大きな手ががっしりと掴み、男はにかっと笑って、


「俺はダン。ダン=デンガンだ。よろしくなユミン!」


「よろしくね、ダンくん」


 二人の間に友情の芽が顔を出したところで、ダンは思わぬことを言ってみせた。


「それと安心しろ。アビなら絶対にココに来るぜ」


 その堂々たる表明を聞き受けたユミンは首を傾げて聞き返す。


「どうして分かるの?」


「そりゃーもちろん、男の友情だかんな」



「直感。そして相手を安心させる言動。彼もまた面白い占い師になりそうだ」


 その様子を遠くから覗いていた黄色い道化師は薄く笑みを浮かべる。そして二人から目線を映像結晶に移し、今もなお大迷宮で試験に挑む少年を見つめる。


「まだ入学すらしてないのに、面白い仲間を作るんだね君は――――俄然興味が湧いてきたよ」


 そう呟いて、スペクターは指先に乗せた一枚のコインをピッと宙へはじき上げる。コインは高速に回転しながら再び彼の手に戻り、女性の横顔が描かれた面を表に見せた。


 道化師の口元には赤い三日月が浮かび上がる。

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