第3話 独占首位アルカナ
「ルールを説明するぜぇ。五人にはⅠ~Ⅴのタロットカードの中から一枚のカードを選択して貰う。全員が決まったらそのカードをオープン、他の人と同じ数字を選んでたらその時点で負け、残ったメンバーの中で一番大きな数字を出してた者の勝利ィ! 勝てばゲームから解放される。これを残りひとりになるまで永遠にやって貰うゼェー。なぁ?簡単だろー?」
「つまりカードの数字を被らせずに高い数字を出せばいいってことだな。分かりやすくていいじゃん、早くやろうぜ!」
マイクマンのゲーム説明を受けて五人の中のひとり、体格の良い長身の男が大きな声を出す。それに驚いて近くにいた瑠璃色髪の女の子がびくっと肩を引っ込めた。
他ふたりもゲーム内容は理解できたようで顎を軽く動かした。
「ちなみに最後まで残ってしまった運の無い子にはラストワン賞として五分間その場に拘束のご褒美付だから、頑張ってくれヨーォ!」
「なっ! それは負けてられないな・・・・・・」
ただでさえペナルティで五分失っているのにこれ以上のタイムロスは痛い。
アビは他の参加者へと目線を移す。五人中二人が男子で三人が女子。ほとんどの参加者がゲームに闘志をむき出しにしている。そんな中、瑠璃色髪の女性だけが肉食獣の群れに紛れ込んでしまった草食動物のように萎縮し縮こまっていた。ゲームとはいえども争うのは苦手な性格のようだ。
互いに視線を散らし合い観察を続ける。
このゲームの勝敗は如何にして他の参加者と同じ数字を選ばないか、これに重きが置かれる。つまり相手が出すカードを予想することがゲームの醍醐味であり、互いの一挙一動をよく観察することが勝利への近道となる。
「しかし、これは占い師にとって大事なスキルの一つ。相手をよく観察して内なる想いを引き出すことが出来なければ優秀な占い師とはほど遠い――――。ま、新入生にこれを求めても仕方ないけどねー、ははは」
黄色い道化師はグラスの中の葡萄色の液体を回しながら、映像液晶越しに受験者達を見守る。
「さあ諸君、ゲーム開始だぁ! カードを選ぶんだゼェッ!」
マイクマンのゲーム開始の合図と共に目の前には五枚のカードが忽然と現われた。
これは映像液晶を応用して作られたカードで、実物を扱うのと何ら変わりなく見えて使えるデジタルのカードである。ここサテラプレティツィガーレ占戦術学校ではしばしばこの技術が使用される。
実体のタロットカードを使うとなれば手頃な大きさのテーブルや台が必要なうえ、この試験みたいに野外で動きながら行う競技には不便極まりないからだ。
映像として並ぶ五枚のタロットカードを眺めながらアビは考察する。
しかしルールにもあったように他の参加者とカードの数字が被った場合、その時点で敗北が決まる。故にⅤのカードは避けるべきなのだがもしこの思考に参加者全員が至った場合、反対にⅤのカードは誰も選択しないので安全かつ最強のカードに成り代わるのだ。
「五人全員が一発目にⅤのカードを避けるとは考えにくい。だから最初はⅤとⅣに集まるはず!」
熟考した結果アビが選択した数字はその二つを避けたⅢだった。他の参加者たちも選択を終えたのか次々と顔を上げる。すると、大柄なもうひとりの男が自信満々に右腕を突き出す。
「分かってないなー、こういうのは考えた分だけ迷って、迷った分だけ勝機を逃すようにできてるんだよ。よって、誰よりも早くカードを選んだこの俺が一番に勝つ! わりぃなお前等、あとは四人で仲良くやってくれ」
「ふーん、そんなに自信があるなら何を選んだか今、口に出してごらんなさい」
大胆な勝利宣言をした大柄な男に対し、短髪な女性が悪い顔で聞く。相手の手の内を探るための策を、しかし男は全く物ともせずに答えた。
「そんなのⅤに決まってんだろーよ。一番強い数を選ばずして勝利は無い、漢だからな!」
「え・・・・・・な、何でもないわ」
男の返答を聞いて反応したのは意外にも長髪の女性だった。その反応から察するにおそらく彼女もⅤのカードを選んだのだろう。
「そうね、漢だものね。ありがとう――――お馬鹿さん」
最後の一言は相手に聞こえないように礼を述べた短髪の女性は、何故かもう一度宙を指でなぞらえる。その仕草を見てアビは思わず声を漏らした。
「まさか、まだ選んでなかったの!?」
アビの問いに対して短髪の女性は口を大きく横に広げて笑った。直後、マイクマンによる実況が聞こえ、そのアナウンスが間接的に今の質問の答えとなる。
「全員のカードが出揃ったゼェ! さあ一斉にオープンだ!」
「お前ひとりだけ選んでなかったのかよ、卑怯だぞ!」
正直に自分の手をさらけ出した単細胞な男が人差し指を向けて訴える。それに対して短髪の女性は肩を上下に震わせた。
「何だったけなー君の持論・・・・・・あ、思い出した、漢なら脳を空っぽにしろだったね。それと、そっくりそのまんま君の言葉を返すよ、あとは四人で占い師ごっこでもしてなっ」
「ぐぬぬぬぬ」
はっきりとした侮辱を受けた大柄な男子生徒は憤慨し、こめかみの血管を浮き出させた。
張り詰めた空気が漂う中、五人の中央に結果が表示され――――その結果に高みの見物でいた短髪の女を除く全員が仰天し目を丸くした。
「ななななんということだぁ!? こんなこと有り得るのか、いや普通ならあり得ないだろう! でも我々は今その瞬間を目の当たりにしているゼェ!」
「そんな驚くことも無いでしょうよ。勝ったのはもちろんこのわた・・・・・・・・・・・・はああああ!?」
周りの反応にひとつ出遅れて、結果を確認した短髪の女も上半身を乗り出して驚きの声をあげる。そう、そこには誰もが予想だにしなかった結果が出ていたのだ。
Ⅴ―――2 Ⅳ―――0 Ⅲ―――2 Ⅱ―――0 Ⅰ―――1
勝者 ユミン=ウェンディーネ
今回のゲームに勝利したのは、まさかまさかの最弱の数字であるⅠのカードを選択した瑠璃色髪の女の子だったのだ。
「う、嘘、ほんとに?」
未だに自分でも信じられないといった表情で、口元に手を当てて驚く今回の勝者。
もちろん彼女はゲームを投げ出してⅠのカードを選択したわけでは無い。人と数字が被らないことを第一に優先した結果、絶対に選ばれないはずの数字を選択したのだ。
ただ展開としては、二人の受験者の数字を把握した上で自分のカードを選んだ短髪の女が圧倒的に有利な状況であり、いくら被らない数字とはいえ、流石に負けたと彼女自身も思っていた。
しかし結果は瑠璃色髪の少女の予想を、全員の予想を裏切るものとなった。
「す、凄いよユミン! このゲームで最初にⅠのカードを出して勝った人は過去にも一人としていないんだ! 君はきっと凄い占い師になれるよ!」
「えっ!? あ、ありが・・・・・・とう」
歴史的瞬間を目の当たりにし、つい興奮してしまったアビは気付けばユミンの側まで来ており、彼女の小さな手を両手で握りしめていた。
急に手を取り持ち上げられた瑠璃色髪の女の子は顔を朱に染め、視線を合わせないように下を向いてお礼を述べる。そんな彼女の反応を見て、アビは慌てて手を離し後ろに隠す。
「急にごめん、占いのことになると我を忘れちゃう時があって・・・・・・。僕はアビ、アビ=ウェイトって言うんだ。お互い立派な占い師になれるように頑張ろうねユミン! じゃっ」
天衣無縫なところがアビの長所であり、短所でもある。大きく手を振りながら元の場に戻っていく青年に、ユミンは胸の前で小さく手を振り、
「アビ・・・・・・・・・・・・ウェイト」
遠ざかっていく彼の背中をじっと見つめて、その名を胸の奥に刻み込む。
急に土足で入ってきた彼だったが、ユミンは全く嫌だと思わなかった。
ひとりで試験に挑んでいた自分に対し、一緒に頑張ろうと声をかけてくれた。
そんな彼の存在は孤独を何よりも嫌う彼女にとってとても温かく、そして――――懐かしい存在だった。
ゲームに勝ったユミンは引き続き迷宮区に潜っていった。彼女の姿が見えなくなったぐらいのところで大柄の男が口を開く。
「なんでぇ、散々大口叩いてたくせして負けてんじゃねーかよ。てかなんでお前等二人はⅢを選んでんだ?」
「だって、だって、だってだってだって! このゲーム、普通に考えたらⅤかⅣしか出さないじゃん! あんた達は反応してたし、残りの二人は表情が変わらなかったし・・・・・・。なんでどっちもⅣを出さないのよぉ。おかしいじゃん~」
涙声で駄々をこねる短髪の少女。彼女の言い分は概ね正しい見解だった。
独立首位アルカナの特性上、ⅠとⅡのカードを選ぶのは余程のことがない限り勝てないため視野には入らない。そうなると必然的にⅤとⅣとⅢのカードをそれぞれ何人が選択しているかを把握することが勝利への鍵となる。
例えば今回のようにⅤのカードを選んだのが二人だった場合、勝つためにはⅣかⅢを選ぶのが鉄則で、その勝率は五分五分。数字を被らせなかった者が勝つ。
次にⅤを選んだのが三人だった場合、これは単純に残った者同士で数の高い方が勝つので確実にⅣを選択することになる。
先の試合では口車に乗せられた誰かのせいで前者シチュエーションが透けており、残る二人も流石に最初はⅢを選択していないだろうと、短髪の女は予想したというわけだ。
結果としてアビもユミンもⅣのカードを選んでおらず、誰とも数字が被らなかったユミンが奇跡的な勝利を挙げた。
さっきまでの威勢は何処吹く風といった具合に、萎れた姿で項垂れる短髪の女子。勝ちに拘るのは決して悪いことではないし、彼女も彼女なりに思考を巡らせて奮闘したのだ。しかしそれは他人を欺き、侮蔑してまで掴もうとするものでは無かったのかもしれない。
「そ、そうか。なんつーか、その・・・・・・、そこまで崩れられると怒りも消えちまうな。さ、次いこうぜ次」
酷く落ち込む女の子をこれ以上責め苛むのは趣味では無いようで、大柄な男は自分の頬をパチンと叩いて気持ちを切り替えた。
続く二試合目はⅤとⅣの二つにばらけてドロー、三試合目で長髪の女子が勝ち抜けた。
そして訪れる勝負の四試合目――――。
「さあ、ここが正念場だゼェお前らぁ! この試合が最後だと思って気合い入れろヨォ!」
会場に漂う緊張感。それに乗じてマイクマンの試合実況にも一層熱が入る。
五人から始まったこのゲームもひとりふたりと抜け、遂に残りは三人。
その数はゲームが成立する人数で、最後の奇数でもあった。つまりこの試合では必ず一人、勝者が出る事を意味していた。
また、既に皆が気づいていることではあるが、独立首位アルカナというゲームは残り二人になった時点で泥試合になることが確定している。なぜなら互いにⅤのカードを選択して譲らないからだ。
実質、最後の一試合と言っても過言では無いことを知っているが故に、参加者達の身体の震えは止まらない。
アビは心ここに有らずといった神妙な面持ちで、定まらない視界の焦点と次に選ぶべきカードを探していた。
と、ここでアビはあることに気が付く。それはこれまでの三試合を顧みて得られたある人物の性格と手の内だった。
アビは反対側にいるその受験生をそっと覗く。
彼は必死な表情でモニターとにらめっこをしていた。流石に最終局面なだけあってより慎重になっていることが窺える。
しかし彼はおそらく、いやほぼ確実にあの数字を出すはずだ。なぜならあの男は、ここまで一つの数字しか出してこなかったからだ。
受験番号百三十一番、ダン=デンガン。背が高く、マントローブを羽織っていても分かる丈夫な骨と引き締まった筋肉を備え、髪は短髪角刈りと、男の中でも漢らしい男。
しかしその反面頭は良くないらしく、一試合目で自ら選択した数字を暴露する単細胞っぷりを持ち合わせている。
細かい作業や複雑な問題を嫌い、何でも大雑把に捉える気分屋さん。これが彼の印象タイプだった。
そんなダンだからこそアビは確信していた。大一番の勝負、多少の迷いは生じても持ち前の帰巣本能によって戻ってくる場所は一緒だと。
そうなってくると問題はダンの方ではなく、未だ意気消沈している短髪女子の方だ。
受験番号四十四番、ステイシー=レヴィオンハート。
短い金色の髪はライオンの鬣のように勇ましく、瞳孔も猫化動物に見られる狭隘さをしている。
最初の自信こそ失ってはいるが、観察力や洞察力、分析力といった持ち味は脳に染みついているようでしっかり健在だ。もし今の彼女に足りない物を探すのなら、それは運を味方につけることなのかもしれない。
アビが背中を丸めて立つステイシーに目を向けていると、その視線に気づいた彼女も顔を上げて目線が一致する。しかし気まずいのかすぐに逸らしてしまった。
物憂げな表情を浮かべて沈むステイシー。
その瞬間、アビは胸の内側で何か気持ち悪い虫が蠢くようなざわざわしたものを感じた。その正体は、彼が幼い時からすぐ側で観てきたあの美しい世界との差異だった。
――――あの人が占いをする時はみんなが笑顔になる。
どんな辛い悩みを抱えてやってきた人でも、現実と上手く向き会えず迷っている人でも、最後にはみんな笑っていた。
そんなキラキラした光景を何度も観てきて、彼もまたそうなりたいと憧れを抱いた。だから今、その夢を追いかけるためにここにいるのに――――
目の前の子は幸せとはほど遠い、悲痛の染みた顔でいる。
彼女が何故そこまで落ち込んでいるかまでは正直アビには分からない。
本物の占い師ならばそこを探り当て、手を差し伸べるのだろうが、彼にはまだその実力は伴っていない。でも、このまま放って置くことも当然できやしない。
彼が目指す先にある理想と乖離する現実を見過ごすなんて、それこそ何のためにこの場にいるのか分からなくなってしまうから。
「占いは誰かを傷つけたり、悲しませたり、損得を生み出すものじゃない。占いはたくさんの笑顔を咲かせるためにある魔法なんだ」
深い海の底をゆっくりと這うような独り言が、アビの深層心理から溢れ落ちる。
決して大きな声ではなく、離れた位置にいる大柄な男子と短髪の女子には内容こそ伝わらなかったが、明らかにさっきまでと雰囲気の違うアビに意識が吸い寄せられる。
アビは再びステイシーに顔を向ける。
真剣な眼差しで見つめられた彼女は一体何が起きるのかと身構えた。
アビは視界の中心に萎縮する彼女を捉えたまま、自分の心の内にある想いを忖度無しに綴った。
「ステイシー、君が彼に対して計った言動は正直に言って好きじゃない。だけど君も、僕と同じく占い師に憧れてこの場所に来て、持てる力の限り闘おうとしたことは理解できるし、尊敬してる。だから僕はそんな君が悲しい顔をしていることが辛い。夢破れたと、諦めてしまっている今の君を救ってあげたい!
例えそれが僕の自己満足だったとしても、それが僕の目指す占い師だからだ!」
向けられた言葉にステイシーは虚を突かれ動揺する。
たった今彼が口にした内容が『君を嫌いだけど助けたい』と矛盾して聞こえたからだ。
でもそれは彼女自身が悲観的な感情に囚われており、勝手にマイナスなイメージで解釈してしまっただけであり、アビは自分のために彼女を救うと言ったのだ。
アビは己の意思をはっきりと伝えた後、マントローブの内側を探って古びた缶ケースを取り出した。そしてその中にある七十八枚のカードから一枚を、適当な箇所から引き抜いた。
その場に居るふたりも、戦況を観ている多くの観客も、試験に参加している他の受験者も、これから何が起きるのかとアビに注目する。
「――――ワンオラクル。現在の状況や気持ちを知る、またはこれからどうするべきかアドバイスを得るためにタロット占い師が使う一枚引きのスプレッド。
さて、何のカードを引いたのか、そしてそのカードから何を受け取るのか・・・・・・」
そのうちの一人である黄色い服装の副会長も、アビの次なる一手に関心を向ける。
アビは引いたカードを確認し、口元に笑みを浮かべる。
アビの引いたカードには赤・黄・白のそれぞれ異なる配色の服を着た女性が、互いに金のカップを鳴らし合い、楽しくお酒を飲み交わす絵が描かれていた。
【カップのⅢ】 通称飲み会カードと呼ばれるタロットカードだ。
このカードが指し示す意味を掬い取ったアビは、次に奇想天外な事を口にする。
「マイク=ゾワロフスキーさんすみません、ルール変更をお願いしたいです! このままでは三人揃って笑顔の花を咲かせられません。勿論、これが真剣勝負なのは理解してます。それでも僕はみんなハッピーな気持ちで、このゲームの終わりを迎えたいんです!」
アビが申し出たのはルールの変更だった。
今のルールでは残り二人になった時点で醜い争いが続くため、三人は竹藪をつつくことも仕方なしと、この四試合目に臨むしかない。その現状を打破するには、そもそものルール自体を変える他無いと、アビは考えたのだ。
「ルール変更ですか!? し、しかし私にそんな権限は――――」
前代未聞の進言に、対応に困るマイクマン。
すると突如画面が切り替わり、そこには豪華な台座に腰を預け構える二人の人物が映し出された。
「では、私が聞こう。お前の望む結果が得られる新しいルールとやらを」
そのうちのひとりで、鮮やかな青と水色のグラデーションに黄色の星が散りばめられた、まるで夜空のように美しいドレスを身に纏った女性が、凜とした声色でそう告げた。
「が、学校長!? まさか校長直々にお出になられるとは・・・・・・」
なんとその優雅な女性は、ここテラプレティツィガーレ占戦術学校の校長だった。
マイクマンの反応からも容易に分かるが、入学試験の途中に学校長自らが介入することは通常あり得ない事態なのだ。
皆が固唾を飲んで見守る中、しかしアビは全く臆することなく堂々と胸を張って答える。
「はい。僕が望む新しいルールは『残り三試合行い、三試合連続で三人がⅠのタロットカードを選択したら全員勝利』というものです。いかがでしょうか学校長」
この状況を観ていた全員が呼吸を三秒ほど忘れただろう。
荒野に吹く風のような静けさが通り過ぎる。
多くの者が冷たい視線をアビに容赦なく向ける中、その静寂を切り伏せるように学校長は決断を下す。
「三人全員がⅠのカードを出したら――――か。良いだろう、許可する」
学校長は迷う素振りなどは一切見せず、できるものならやってみろと言わんばかりに、不適に口元をつり上げてアビの提案を許諾した。
「ありがとうございます!」
戦況は動いた。アビはモニター越しにしっかりとお辞儀をして感謝を伝えた。
「ちょ、あんた、なに勝手に決め――――」
「よっしゃ、その案俺も乗った。その女が気に食わないことには変わりは無いが、お前の無茶苦茶な波に乗った方が面白そうだからな」
口を挟むタイミングを見失っていたステイシーが、ようやく反対の意を唱えようとするも、大柄の男に被せられ敢えなく声を殺す。彼は目の前に吊されたキャンディーがあれば迷わず食らいつく。そういう性格なのだ。
「ダン、君は良い奴だな! 単純で単細胞なイメージしかなかったけど見直したよ!」
「おお? はっきり言ってくれるじゃん。そういうお前も大概馬鹿で単純な野郎じゃねーかよっ」
少々歪な友情が二人の間に芽生え始めたことは軽く流し、アビは努めて真剣な表情で、押し黙る金髪の女子に宣言する。
「ステイシー、僕等はⅠを選択する」
自らが提案したのだからそれはもう当たり前としか言いようが無いことなのだが、それでも彼女の疑惑は晴れない。彼女にしか見えない雲がそこには存在しており、晴れているにも関わらず雨が降ると信じて止まない。
「そんなの信じられるわけないでしょ。助けるとかなんだとか言って、どうせあなたも私と同じようにあの男と私を騙すつもりなんでしょ。 そうよ、絶対そうよ! 結局自分が勝つために今の私を利用しただけに過ぎないんだわ!」
結果、彼女は頑なに傘を閉じることを拒む。
「お前、この期に及んでまだそんなことを――――」
「ダン!」
見るに見かねたダンが熱くなり始めたところで、すかさずアビが水を差し、頭を冷やさせる。意図を汲んだダンはそれ以上何も言わなかった。
勿論、アビもこうなるだろうと予測はしていた。また彼の提案を呑んだ学校長も然り、その他この戦況を見守る殆どの人が、同じことを予期していただろう。
――――独立首位アルカナに友情は為し得ない、と。
小型犬がやたらめったら吠えるのは己の弱さを露呈させないためであり、防衛本能にあたる。だからどれだけこちらに敵意が無くても、その習性は変えられない。
なら子犬はいつまで経っても恐怖に駆られて吠え続けるのかと言われたら、決してそうでは無いことも明白だろう。
ではどうやったらそこまで辿り着くのか? 無論、答えは一つでは無く、複数の解が用意されている。
では今回、この場でステイシー=レヴィオンハートという猛獣に効く躾は一体何なのか?
当然、今日初めて会ったアビはその答えを知らない。
知らないが、関係無い。
なぜなら彼は、この提案をした時から眼前の女の子にどう接するかを決めていたからだ。
「――――君が信用できないと言うなら、無理に信用してくれなくていい。君はⅤでもⅣでもⅢでもⅡでも、どれでも好きな数字を選んでいいよ」
「そ、それならⅤを選ぶわよ・・・・・・私は」
「構わない。それで君が笑顔になってくれるなら僕はそれでいい。君が何を選ぼうとも、僕達はⅠを選ぶから」
アビは強い意志でもって彼女の皮肉をはね除け――否、包み込む。
彼が選んだ方法は何の制限も圧力もかけることなく、彼女を広い野原に奔放させることだった。
アビは知らずとも心得ていた。警戒している者に無理に手を差し出せば余計に警戒されてしまうことを。強制的に縛り上げても、友好的な関係には至らないということを。
だからアビは言わない。あくまでも自分たちはそうすると伝えただけで、あなたにはそれを強いないと。自由の身なんだと理解して貰うために。
「さ、そろそろ始めようか。僕達の試験はここで終わりじゃないんだからさ」
戸惑う瞳を真っ直ぐに捉えながらアビは無邪気に笑った。
その笑顔にはまるで、こんなところでしゃがんで俯いてないで一緒に遊ぼうと、なかなか輪に入れない独りぼっちの臆病さんの手を引っ張っていく少年のような純粋な優しさが宿っていた。
ステイシーは呆然としていた。この局面においてこの少年は何を言っているのかと。
もうひとりの男も含めて次に選ぶカードを敵である自分に宣言するなど、愚か者以外の何者でもない。
しかも一試合目にまんまと騙された相手に、だ。
正直言って正気の沙汰じゃない。自ら勝機を逃しているようなものだ。
ステイシーは手元にあるモニターに視線を落とす。そして映る五枚のカードのうち、一番右にあるⅤのカードの所へ人差し指を向けた。
「これを押せば私の勝ち、これを押せば私の勝ち。これを押せば、押せば――――」
己に言い聞かせるように何度も何度もそう口にするが、手元は震え言うことを聞いてくれない。
心の内で葛藤している最中、ふと周りが気になり視線をあげる。
視界の両端に居るふたりは既に選択が終わっているようで、互いに楽しそうに言葉を投げ合っていた。
その姿を見て、ステイシーは胸がぎゅっと締め付けられる。
これまでも何度か味わってきたこの痛み。
これまでは大したことないと無視してきた痛み。
なのにどうしてか、今回のは痛い。
――――凄く痛い。
そして、
「――――――――羨ましい」
ステイシーに芽生えた新たな感情。
それがこの戦況にどんな影響を与えるのか。
結果は間もなく訪れる。
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