第1章 人質皇妃としての生活

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 ―― ガルアドていこくれいこくこうていは、親兄弟さえも手にかけた男で、自分が気に入らないことがあればすぐにけんくそうよ。


 ―― 戦争でらえたりょごうもんをするのがしゅだとか。きっと、顔もかいぶつのようにおぞましいにちがいないわ。


 ―― あぁ、なんておそろしいのっ!


 ―― お前は罪人の子だから、どんな拷問にもえなきゃならないよ。役立たずのお前にルビクス王国の未来がかかっているんだからね。




 さげすむような視線と、ちょうしょう

 出立前、姉王女たちとおうにかけられた言葉を夢に見て、フェルリナはハッと目を覚ます。

 今までれたことのない上質なシーツのかんしょくに、自分がどこにいるかを思い出した。

 ここは、けっこんしきの後、に案内された部屋だ。

 昨夜、きんちょうと不安でへいしていたフェルリナは、ベッドを見つけるなりねむってしまったのだ。


「やだ、私、どうしましょう……っ!」


 自分がとんでもないことをしでかしたと思い、がばっと起き上がる。

 さっそく失敗をしてしまったと頭をかかえたが、ふと、この部屋にヴァルトが来たけいせきいっさいないことに気づく。

 そういえば、昨夜じょたちからは何も言われなかった。


 ―― そうか、彼の言葉通り「妻」としての務めを求められていないのだから、初夜など存在しなかったのだ。


 つきり、と胸が痛む。

 これはただの政略けっこんではない。和平のための結婚であり、フェルリナは妻という前に敗戦国から差し出された人質であった。

 自身の「人質」という立場をまた思い知らされてしまい落ち込む。

 しかし、そもそも「人質」としてルビクス王国の役に立つためにとついだのだ。

 そして、ヴァルトも同じことを望んでいる。

 ならば、人質としての務めを全うすることこそ自分のやるべきことではないか。そう思い直し、フェルリナは「よし!」と両手のこぶしにぎった。


(人質として私ができること……そうだ! 拷問に耐えなきゃって言われていたわ!)


 早速何か……と考えて最初に思い出したのは、拷問のことだった。


(……拷問はこわいけれど、きっとそれも役に立つことなのよね?)


 まずは、人質としてがんってみよう。

 ルビクス王国のために。そして、夫であるヴァルトのために!

 フェルリナがみょうな方向に自身を奮い立たせようとしていた時、ノックの音もなく部屋のとびらが開かれた。


殿でん、失礼いたします」


 ぞろぞろと入ってきたのは、皇城に仕える侍女たちだった。

 フェルリナはあわててベッドから降り、頭を下げる。


「あの、初めまして。わたしはフェルリナ゠ルビクスと申します」

「存じております。私は、妃殿下の専属侍女を拝命いたしました、リジア゠ロコットと申します」


 フェルリナのあいさつたんたんと返したのは、キャラメル色のかみと黒茶色のひとみを持つ侍女だ。

 ほおのそばかすがわいらしい。

 ねんれいは十七歳のフェルリナよりも少し上くらいだろうか。

 他の侍女たちも年齢層はあまり変わらないように見えた。


(こんな可愛らしい方たちが、わたしの拷問の準備をするのかしら……?)


 けんとう違いなことを考えているとは気づかずに、フェルリナは侍女たちにうながされるまま、別室へと移動した。



「こちらで湯あみをお願いいたします」

「えっ、湯あみ……?」

「はい。それでは、私たちはいったん失礼させていただきます」


 湯の準備を終えると、侍女たちはそそくさと出ていった。

 フェルリナは一人、殿どのに残されて首をかしげる。


(もしかして、熱湯による拷問……?)


 人質であるフェルリナに、湯あみというぜいたくがあるはずがない。

 最初の拷問だ。心して受けなければ。

 気合を入れて、フェルリナはドレスをぎ、ぶねかる。


「……あったかい」


 なんてここい湯加減だろうか。

 熱すぎず、冷たすぎず、体の緊張をほぐすようなやさしい温度に、ほうっと息をつく。


(でも、わたしなんかにこれだけのお湯を使ってもだいじょうなのかしら)


 感動していたのもつかの間、今度は不安になる。

 これが拷問でないことはさすがのフェルリナにも分かった。

 ちゃんとしたお世話のいっかんとして、湯あみをさせてくれたのだ。

 かんちがいしていたのがずかしい。


 フェルリナを一人にしてくれたのは、ここに来たばかりで緊張しているからという、彼女たちなりのづかいだろう。

 フェルリナはとある事情から他人にはだを見られるのが苦手だ。

 だから、他人の目を気にせず、一人にしてもらえるのは本当に助かる。


 侍女たちのはいりょに、フェルリナは感謝の気持ちでいっぱいになっていた。


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