第2話ラスト・ナイト

空が見えないダンジョンでは、隊長が適当に疲労具合で判断して休憩を取ります。で、寝袋を使う時間が『夜』としていました。

実際外で夜なのかは知りませんよ。だって、その世界には時計がありませんでしたから。


その日は特にモンスターの数が多かった気がします。特に強い大物がやって来たってことではなくて、単純に数が多かったんです。だから休憩もとれないまま先に進むしかなかった。

暗いでこぼこの道を松明の灯りだけで進むのは、本当に疲れるんです。出てくるモンスターが弱くても、数がいれば重い武器を何度も振らなきゃいけない。隊長を含めた先頭集団はいつもより疲れていました。

自分のいたグループの仲間内の決まりとして、食事はみんな一緒にとるっていうのがありました。それは絶対の決まり。

グループという1つの集団として、自分達は家族同様の繋がりを持っているんだぞっていう認識を強めるために続けられきた決まりでした。


その夜もみんなでしっかり食事をしました。

自分に冒険の仕方を教えてくれた先輩も一緒に笑って食事しました。

お前、最近強くなったな。次の冒険では先頭に来てみるか? こんなモンスターがいたんだ、気を付けろよ。

いつもみたいに笑って、自分と話をしていました。







それが、先輩と自分の最後の食事でした。













その場所は休憩に相応しい場所でした。松明で囲めば周囲も見えるし、天井も低い。自分達のグループが全員入れる位の広さはある。

そこは、滅多にない好条件の場所でした。


だから、先頭集団を、疲れが酷い前半組を先に休ませよう。今回はいつもより寝袋を使う時間が長くなる。

だから、後半組はその間周囲を警戒していてくれ。

そういうことになったんです。


自分は、下っぱの下っぱでしたが他の奴らに比べれば戦闘能力は高い方でした。なにより、変な言い方をすると空気が読める。周りの気配を察知するのに長けていたんです。

だから、寝袋を後で使うつもりで、円陣を組んだ外側を向いたんです。

これから寝袋を使って体力を回復する前半組を守るために。




アイテムボックスから隊長が寝袋を出して、自分達が囲んだ中心に広げました。びらりと広げたそれには、1人づつ寝ることができる袋が繋がっていました。

よし、入るぞ。

誰かの声が後ろで聞こえました。

ああ、安心する。

いつもの匂いだ。

今日は本当に疲れた。

もう少しだから頑張ろう。

眠いなぁ。

長く息を吐き出す音が聞こえました。

そして、後ろの方から声がしなくなりました。




みんな寝入ったな。そう自分達は思い、周囲を警戒しようと気合いを入れました。


その時。


ひい!?

なんだこれ!

足が! 体がぁ!!

後ろから、突然悲鳴があがり始めたんです。何処にもモンスターなんていなかった。いるはずなかった。

それなのに、後ろにいる、安全に眠っていたはずの仲間たちから悲鳴が聞こえ始めたんです。


誰かぁ!

助けてくれ!

イヤだぁ!!


起きていた他の仲間は恐れて誰も振り向かない。隣からガチガチと歯を鳴らす音が聞こえた。歯だけじゃない。せっかく握っていた武器も震えるばかりで役に立たない。


自分は、振り向きました。今思えば、見るべきではなかったかもしれない。


仲間たちは、寝袋に埋まっていました。

そうですよ。彼らは寝袋に入っていたんです。ただ、その寝袋が異常だった。

薄茶色でもこもこした普通の寝袋だったはずの物が、赤黒い肉々しい別の物に変わっていたんです。


それは彼らをゆっくりと呑み込んでいきました。何10人もいた大の男たちを、そいつはゆっくりと。ゆっくりと。その肉の中に、それも生きたまま! 沈めて呑み込んでいきました。

ある人は体を引きずり込まれながら。ある人は逃げようとした体を押さえ込まれて。ある人は視界をそれに被われて。

彼らはゆっくりと自分の体が他の生き物に呑まれていく恐怖に絶望しました。

噛み砕かれるわけでもなく。裂かれるわけでもなく。「食べられる」じゃなくて、「呑み込まれる」んです。


意識がはっきりとある中で、闇に呑み込まれていくんです。


もちろん、その中には自分の慕った先輩もいました。




自分は叫びました。

それに火を点けろ、って。




もう、どうすることもできなかったから。







自分と、そこから生きて帰った仲間たちはそれについて話しました。

ちゃんとそのダンジョンから脱出して。




そのダンジョンには、周りと同化する、もしくは寄生するモンスターがいた。それもかなり大きい。

多分だけど。寝袋を開いた時に同化してそのままアイテムボックスの中に入り込んだんじゃないかって。

そのモンスターはそうやって何かに化けて獲物を油断させていた。油断させて、じわじわと獲物を怯えさせながら呑み込むのが好きらしいんだ。それも、生きたまま丸呑み。

呑まれた獲物は、モンスターの中でじっくりゆっくり消化される。ある程度までは、意識のあるままってことだ。

そんなモンスターがそのダンジョンにはいた。


自分を何かに似せる擬態じゃなくて、基の物と1つになっちゃうから、『アイテムボックス』っていうツールはそのモンスター付きの寝袋を「寝袋」として認識した。

寝袋っていうのはさ。その世界では1番利用頻度が高くて安全地帯だって思われてたんだ。そこに入れば体力が回復する。冒険者の聖域だったんだよ。

だから、それに襲われるなんて考え付かない。

ましてや、あんな風になるなんて。


生き残った仲間のほとんどは冒険をやめて、サポートの方に回った。それで生活していけるならそっちの方がいいよ。

ただ、自分も含めて彼らはベッドの中でうなされる夜は何度もあった。

何度もあの夜の悲鳴が耳に鳴り響いて、生暖かい布団に恐怖を覚える瞬間がある。


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