グレーの境目2

「そういえば、朱莉。何部に入ったの?」

母が思い出したように尋ねる。

前から朱莉に聞きたかったが、五月に入ってカズの仕事を手伝っていたので家を空ける事が多かった。

この日は久しぶりに朱莉と夕食を取るのを楽しみにしていた。


母の一言で朱莉は嘘をついていた事を思い出した。ただでさえ久しぶりの会話に、目が泳ぎしどろもどろする。

疑われないように母に背を向け、テレビをつけた。

記憶の手前にあった話を思い出した。そして母に向き直ると、

「水泳部のマネージャー」

また嘘を重ねた。真帆との会話がすっと言葉になった。

「へぇー。そうだ大地くんまだ頑張ってるの?」

「頑張ってるよ。」

嘘をついた後ろめたさから、歯切れが悪い。もう寝るっと逃げるようにして部屋に駆け込んだ。


ベッドにダイブした朱莉は枕に顔を埋める。

「嘘、バレちゃうかな」

心配事が増えていくのに誰かに相談しようとしなかった。





「朱莉、ちょっと手伝ってくれるか?」

放課後、先生に呼ばれて、職員室に来ていた。

「実はもう一つお願いがあって。」

「なんですか?」

「生徒会やってみないか?」

「え。嫌です」

真顔で即答する。

「一年から各クラス一人ずつ選出するように言われていて、C組見ればわかるだろう」


朱莉は四月の初め学級委員を決める時ものすごく時間がかかったことを思い出す。


「最初に学級委員を決めちゃおうかな」

と先生が黒板に振り返り学級委員と描いて、振り返った瞬間

途端に笑顔が消え始め、下を向いて誰も先生と目を合わせようとしない。

率先して手を挙げる人が誰もいなくて、

「・・・・・・」

沈黙を守る生徒。呼吸すら止まっているかのように、微動打にしない。

生徒の時計の針は張り詰めた緊張からゆっくりと進む。

『早く終われ、誰かやれよ』と唱える生徒。


チクタク時計の針が教室中に鳴り響く。


「困ったなぁ」

首を捻る先生

「ダンマリを決め込む気だな・・・」

「・・・・・・」

『まずいぞ。今日中に委員会まで決めなくちゃ行けないってのに。根回ししとくんだったな』

先生は焦った。このままでは一時間丸々潰れる。先生の時計の針は焦りから早く進んでいる。

『どうしたものか』


「よし、じゃんけんで行こう」

「異議のない者は立って、先生に負けたら座っていいぞ」

「じゃあ、先生に勝った最後の二人が学級委員になるってことですか?」

「察しがいいじゃないか、夏樹。負けてやるより、勝ってやる方がいいだろう」

「俺は自慢じゃないけど、ジャンケン弱いから大丈夫」と高杉夏樹たかすぎなつきは笑いと共に勢いよく立ち上がった。

「ほら、大地も立てよ」

と夏樹が煽る。

「よし、そうだよな。ほらみんな立つぞ」

ネクタイを締め直し大地が立ち上がった。

「朱莉、私たちもほら」

いつの間にか朱莉の両隣には真帆と空。二人にサンドイッチにされて持ち上げられるようにして立ち上がる。



次々に立ち上がり、みんな立ち上がった。



「行くぞー。文句なしの勝負だ。ジャンケン、、、」


最後は文句なしのジャンケン対決で決まった程、

結局、一番大きな声で賛成した夏樹と、クラス一の美人

三橋葵みつはしあおいが肩を落とし黒いオーラを放ちながら引き受けた。

「夏樹とは嫌だ」

「なんでだよ。失礼だな」

「あんたはうるさいから嫌なの」

昔から腐れ縁のコンビは痴話喧嘩かと揶揄からかわれていた。


「大丈夫。やることは少ないから。それに愉快な仲間達が助けてくれるからな。」

「「はーい」」

クラスメイトが声を合わせると、心強いな。と先生が学級委員二人の肩を喝を入れるように叩いた。


こんな具合で、仲は良いけれど面倒事は苦手な似た者同士の集まりになってしまったC組。

「なんで私なんですか」

「いや、だって帰宅部、朱莉だけだから。気づいてなかったのか」

不覚。こんなところで帰宅部が足枷あしかせになるとは思いもしなかった。

「ううう。項垂れる。」

あからさまに肩を落とし、俯いた。


「あはは。朱莉は可愛いな」

先生の笑顔がキラキラ輝いた。

『え。なにこれ』

朱莉の身体に突風が通り抜けた。



近くで見る笑顔、ふわふわ揺れる髪。

色素の薄い茶色の瞳。

笑った口角に小さな笑窪ができる頬。


「まあ、考えておいて欲しい」

「よし、今日は帰るぞ。雨降りそうだし」

「はい」

上の空で返事をし、職員室を後にした。


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