グレーの境目
梅雨の境目はわかりずらい。
控えめに振る小さな雨粒は、我慢していた涙がこぼれ落ちた切ない粒。
図々しく振り止まない大きい雨粒は、思い切り泣きじゃくった乱れた粒。
激しい怒ったような雷雨は、感情が爆発したような痛い粒。
そんな梅雨空を私の心と重ねてみた。
今日は、涙を堪えているような灰色の空。
ポツポツと降り出さないうちに忘れてしまおう。
あの時の私と同じ曇り空。
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あれから家にいるのが嫌で、学校に早く行くようになった朱莉。
少しでもいいから距離を置きたかった。
結局幸せな時間は一時だった。昔の方が良かったかもしれない。
ちょっとでも油断してしまうと、溢れてしまいそうな涙。母に心配をかけて必ず問い詰められる。
優しい嘘がつける余裕なんてない朱莉は、きっとポロっと口を開いてしまう。
そして一番はカズから一ミリでも遠く距離を取りたかった。
忘れもできないあの悪魔になった日の事。
思い出す度に、鋭く光る視線がまた後ろにあるんではないかと朱莉は怯える毎日だった。
「バイト始めたいんだけど」
母に相談すると、だめとひとつ返事だった。
「なんでダメなの」
「ダメなものはダメなの」
お願いするように頼み込んでも、怒るように強く言っても、何度聞いてもこのやり取りが続いた。
後ろで関係ないとだんまりを決め込むカズは、優雅に足を組み替えコーヒーを啜っていた。
痺れを切らした朱莉は部活に入ったと嘘をついてアルバイトを始めた。
商店街にある地味な本屋。『柏木書店』
本とは無縁な母に絶対ばれないと踏んだ。
「真帆部活どお?」
「もお、超大変。マネージャーってさ、記録取ったり、タオル渡したりするだけかと思ったら、もお全然違うの」
「そうなの?」
「他にも栄養管理とか、画像の編集っての?ストロークを分析するのに動画撮ったり、大会の準備したり」
「大地はどう?」
「やっぱり凄いわ。大地だけ全然違う。格が違うっていうのかな」
真帆は頬杖をつきながら、大地の泳ぎを思い浮かべている。
「へぇー。真帆って競泳詳しいの?」
朱莉も頬杖をつき真帆と向かい合う。
「全然わかんないけど、大地は凄いのはわかるよ」
真帆の目がキラキラ輝いていた。
「朱莉も見においでよ。二階のギャラリーで観てる子結構いるよ。」
朱莉と真帆の間に挟まれるように居た空は身を乗り出し
「バタバタ働く真帆を見に行こうかな」
「それ、私も観たい。応援行くよ真帆」
朱莉は手を挙げて空の提案に賛成する。
「ええー」
「なんか楽しそうじゃん」
大地が割って入ってきた。
「真帆マネジャーの働きっぷりを応援しようって話してたんだ」
空が立ち上がり、行く人。と周りに呼びかけるとクラメイトが集まってきた。
「ウケる。めちゃくちゃ働いてくれてますよ」
なー真帆。と真帆の肩を大きく叩く大地。ちょっとやめてよと言いながらも嬉しそうな真帆の笑顔に釣られて笑顔になる朱莉達。
いつの間にかに朱莉の机の周りは友達が溢れてくる。
「朱莉、俺の事もちゃんと見てってな。俺メチャクチャ早くなったから」
朱莉の耳元で大地が囁いた。
「きゃー何それ、なんか私が照れるわ」
隣の席の地獄耳と自称する
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大会を何度か応援しに行ったことがあった。
スタート前、大地の名前が呼ばれた時から、朱莉の小さい心臓がバクバク暴れ出して、身体中に激しい濁流が流れる。
スタートの沈黙で朱莉の心臓の音はピークになる。
その音が漏れてしまわないように胸の前で掌を握りしめ、祈るように掌に力を込めた。
真ん中のレーンで泳ぐ大地は、鳥群れのリーダーのように周りを率いて、勢いよく進む。
クイックターンをして折り返し、一位、二位を競り合う大地。
ゴール間際、つい興奮して「いけ、いけ」と飛び跳ねて声を張る。激しい水しぶきで着位が見えない。
『大地は?お願い。一位だよね。神様』
心の中で呟き、息を飲む。
掲示板に反映される時間は一瞬のはずなのに、何度も唾を飲んだような気がする。
大きな電光掲示板に大地の名前が一位と光った時、「きゃーっ、やったー」と嬉しくて叫んだ。
大地はゴーグルと帽子を豪快に脱ぎ捨て、水面を叩いて雄叫びを挙げていた。
その姿はカッコよくて、脳裏に熱く焼き付いている。
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「空、来週観に行ってみようか」
親指を立てて了解と頷く空は屈託なく笑った。
チャイムがなるといつの間にか正樹先生は教壇に立ち、クラスを見守っていた。
いつから立っていたのかも分からないけれど、優しく微笑んでいた。
「ほらー、席につけー」
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