歪み始めるトライアングル2

「ただいま」

勢いよく玄関を開けた。

「おかえり」

いつもと違う声。母ではなくカズだった。

「お母さんは?」

「買い物に行ったよ。直接店に行くそうだから、朱莉ちゃんはおじさんと一緒に行こう」

初めて二人きりになった。いざ母が居ないとカズを男の人と意識をしてしまう朱莉。いつもと同じ家なのに何だか違う家に来てしまったような不思議な感覚。家の中の空気も、朱莉の胸中も何だか重くなった。


「早速、プレゼントがあるんだ」

2階に上がろうするのを邪魔するように大きな袋を渡された。

「開けてもいい」

戸惑いながらも、笑顔を作った。

「もちろん。朱莉ちゃんに似合うと思って」

お人形に着せるような真っ赤なワンピースだった。

「いいの?こんなに可愛い洋服初めて」

「着て見せて」

「今?」

「早く着替えてきなさい」

ソファーでいつも通りくつろぐカズの目が少し鋭く光った気がした。

急かす口調が少し違和感だった。


脱衣所に入って着てみる。背中部分にファスナーがあるタイプの服は初めてで、もたついていると足音も無く脱衣所の扉が開いた。

驚く朱莉に構いもせずに、近づくカズさん。

「後ろを向いてごらん」

身構えながら背中を隠した。

「まだチャックが閉まんなくて」

「いいから」

太い生暖かい指が背中をゆっくり伝う。鏡に映るカズは無表情で朱莉の背中を見つめていた。


思わず肩を竦める。

『気持ち悪い。やめて。やめて。私に触らないで』

と何度も心の中で叫んだ。


「滑らかな肌だ」

もう一度背中をなぞる指は迷うことなく首元で止まるとファスナーがゆっくり上がった。

「あの、カズさん?」

鳥肌が全身に浮き上がり、怖いと思った。

「ほら、よく似合ってる」

鏡越しににっこりと微笑むカズが悪魔に見えた。

そして何事も無かったかのように、脱衣所を出て行った。


緊張と恐怖で腰が抜け、膝からガクッと座り込んだ。

『何だったの。今の何』

頭の中が整理できない。大きく息を吸うが、中々平常心に戻れなかった。

頬に涙が滴る。自分が泣いている事も気が付かない程、動揺していた。


朱莉の混乱を分かっているのか、否いのか、リビングの方から「そろそろ出かけるよ」とマイペースな声が聞こえた。


はっとし立ち上がる。鏡に映る顔は酷く怯えていて、涙が伝っている。

顔を洗い、涙を冷たい水に流した。そして今の出来事も流れて消えてしまえばいい。


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